娼婦の死①
圭亮のマンションに駆けつけると、「西脇さん~」と圭亮が地獄で仏に会ったような、情けない顔で出迎えてくれた。幸い、刑事はまだ着いていなかいと言う。
「良かった。間に合いました」
ほっとしたのも束の間、西脇がソファーに腰を降ろす前にインターホンが来客を告げた。
「来ちゃいました」
「大丈夫です。先生、おどおどしない。怪しまれてしまいますよ」
「そ、そうですね」
二人の刑事が部屋にやって来た。
ガタイの良い刑事が「竹村です」と名乗った。百八十センチを超える身長だが、圭亮は更に背が高い。人に見降ろされることなんてないのだろう。竹村は圭亮を見て、「おわっ!」と小さな悲鳴を上げた。
目が細く、やや額が突き出ているので、一層、目が小さく見える。団ごっ鼻にぶ厚い唇と、いかにも男臭い風貌だ。
もう一人の刑事は「吉田です」と名乗った。竹村より年下だろう。スラリと背が高いが、圭亮、竹村の前では、流石に小さく見えてしまう。細身で目付きが鋭く、見るからに頭が切れそうな面構えだ。一重瞼で、ぐっと吊り上った眉毛がりりしい。
圭亮を見て驚く竹村を楽しそうに眺めていた。笑うと目が線のように細くなった。
「コーヒーでよろしいですか?」と圭亮が尋ねる。
「お気遣いなく」と竹村が答えたが、「すいません。僕が飲みたいので、コーヒーを煎れて来ます」と圭亮が台所に消えた。
圭亮はコーヒー好きだ。コーヒーなら何でもOKで、ドリップコーヒーは勿論、インスタントコーヒー、缶コーヒーからコーヒー牛乳まで、コーヒーと名のつくものに目が無い。
後に残された西脇は「サクラ・テレビの西脇です。鬼牟田先生が出演している番組でプロデューサーをしています。同席してよろしいでしょうか?」
「番組の責任者ですね。結構です。一緒にお話しを聞かせてください」と竹村が言った。
コーヒーの香りと共に圭亮が戻って来た。
とにかく縦に長い圭亮だ。巨大ソファーに腰掛けて事情聴取が始まった。
「先日、テレビ番組での発言ついて、詳しくお聞かせ願えますか? 事件はまだ終わりではない。まだまだ続くとおっしゃられたそうですね」と竹村が尋ねた。
「そのことなのですが――」圭亮は「サタデー・ホットライン」での発言は、単なる推理であり、事件に関して何か知っていた訳ではないことを、くどくどと説明した。
飯尾の生首の顔が品川邸内に向けられていたとすると、犯人は屋敷にいる人間に対して、「どうだ、飯尾を殺害したぞ。次はお前だ!」と恫喝する意味があったのではないかと圭亮は考えた。だから、生首発見時に屋敷にいた人間が、次の犠牲者となる可能性があると思ったと説明した。
「事件を推理しただけで、事件のことは何も知らないとおっしゃるのですね?」
「はい。品川家には行ったこともありません」
「その割には、随分、品川家の内情に詳しいようですね?」
「ああ、それは、テレビでコメンテーターをする前に、商社に勤めていました。物流関係の仕事をしていて、あちこちの会社と取引があったものですから、色々、噂を耳にする機会がありました。自然と会社の情報に詳しくなりました」
「品川ケミカルとも取引があったのですか?」
「ええ、まあ、品川ケミカルさんとは、一緒に仕事をしたことがあります」
「ほう~被害者と面識があったのですね?」
「ええっ! 僕はずっと海外にいましたので、品川ケミカルさんの製品は取り扱ったことがありましたが、社長の飯尾さんには会ったことがありません」
「そうですか。ところで、昨日、日曜日の朝、午前一時から三時の間、どこにいらっしゃいましたか?」と圭亮のアリバイを尋ねた。
来た! 品川邸で起きた新たな事件だ。アリバイを確認しているのだ。
「昨日の一時から三時でしたら、ここで、一人で寝ていました。残念ながら、それを証明してくれる人はいません・・・」
「では、三日の深夜から四日の明け方にかけてはどうです? どこで何をしていらっしゃいましたか?」
今度は飯尾連傑の死亡推定時刻だろう。
「ちょっと待って下さい」と圭亮は携帯電話のスケジュールを確認すると、「ああ、その日も何もありません。一人で、ここで寝ていました」と嘆いた。
独り者の圭亮にはアリバイを証明してくれる者などいない。
「そうですか・・・」と竹村は気の無い返事をしただけだった。
「ところで、品川邸で新たな事件が起きたそうですが」と西脇が口を挟むと、竹村は「流石にマスコミの方は耳が早いですね・・・」言ってから、少し考える振りをした。そして、「まあ、もうマスコミに情報が流れる頃だろう。それに、須磨さんが情報統制をやってくれると聞いたし・・・」と呟いてから、「昨日早朝、品川邸で先代社長、品川高房氏の妻、翔子さんが死んでいるのが発見されました」と言った。
品川翔子が亡くなった! 品川邸で翔子の事件について、捜査を行っていたのだろう。それで、圭亮のマンションに現れるのが遅かった。
「先代の社長夫人が!」
「何故、あなたは社長夫人が殺されることを知っていたのでしょうね?」
「そんな・・・先ほども、申した通り、単なる推理なのです。何も知りませんでした」
「本当ですか?」刑事だ。疑り深いのは仕方ない。
「社長夫人は殺されたのですか?」
「何故、そう思うのです」
「特に理由はありません。遺体が発見された状況を教えてもらえれば、何か分かるかもしれません」