あのギターは私のもの②
番組放送中から、報道内容がネットで拡散していることを知った西脇は圭亮に向かって「先生、ネットで評判になっています」と喜色満面で言った。
「サタデー・ホットライン」は、「まるで犯罪現場に居合わせて、犯罪を目撃したかのようだ」と言われる圭亮の出色の推理で視聴率を稼いでいると言える。
放送が終了し、圭亮のもとに歩み寄った西脇に、圭亮が焦り顔で言った。「すいません。何だか、余計なことを言っちゃって・・・宮崎さんがニュースを締めることができないまま、コマーシャルに行っちゃいましたね」
「なあに、お陰で世間の注目を集めることできました。先生、もっと積極的に、ばんばん言ってもらって構いません」
西脇は満面の笑顔だ。
「そんな無責任な・・・」
「良いんですよ、先生は。コメンテーターなんですから、波風立てて一人前です」
「波風立てずに、西脇さんの顔を立てることができるように頑張ります!」
「下手な駄洒落ですね。そんなつまらないこと考える必要はありません」
「あ、じゃあ、波風立てずに、家を建てることができるよう頑張ります」
「先生、もういいです。面白くないから――」
番組終了から大評判となった。
他局で追随するものが現れ、新聞や雑誌でも、番組の内容に言及するものが後を絶たなかった。
週明けには、総合司会の宮崎が西脇を訪ねて来て、「西脇さん、もの凄い反響ですね。僕のもとにも、祝電やら何やら、大量に来ました」とご機嫌な様子で尋ねて来た。
「宮崎ちゃんのお陰だよ~」西脇は如才がない。
宮崎は顔を西脇に寄せ、声を潜めて言う。「あっちこっちから寄せられた中に、面白い情報がいくつかありました」
野心満々で将来、サクラ・テレビからの独立を考えていると噂されている宮崎は、ニュース番組の総合司会を勤めるだけでは満足せず、事件の情報収集にも熱心だ。時に、番組で使えそうな情報を仕入れてくることがある。番組が大反響だったことから、積極的に聞いて回ったのだろう。
「何々? 面白い情報? ちょっと、こっちに来て」
西脇は宮崎の腕を取って近くの会議室へ連れ込んだ。どこから情報が漏れるか分からない。職場であっても気が抜けないのだ。
会議室の椅子に腰を降ろすと、「で、宮崎ちゃん。どういう特ダネを仕入れて来てくれたの?」と話を促した。
「いくつかあるのですけど、先ずは、亡くなった先代、品川高房社長の妻、翔子についてです。彼女――」と宮崎が説明を始めた。
品川翔子の旧姓は三浦で、品川ケミカルの株主である三浦化学の創業者一族の娘のようだ。一年前に三浦化学は社長が病死し、子供が娘ばかりだったので、社長の弟の三男坊が跡を継いでいる。次男は何故か社長を継いでおらず、翔子はこの次男の娘だ。
どうやら、翔子の父親は性格に問題の多い人物だったようで、周囲の猛反対によって社長候補の座から引きずりおろされたというのが真相らしい。
「どうやら親父さんの父親の遺伝子を強く受け継いでしまったようです」と宮崎は言う。
高房に翔子を紹介したのが、三浦化学との交渉を任されていた飯尾だ。今時、古風な政略結婚だった。
「良家の子女と聞いて、品の良さそうな優雅な女性を想像するかもしれませんが、翔子はまるでイメージの違う女性のようです」と言って、宮崎は苦笑いをした。そして、身を震わせる仕草をすると、「彼女については、怖い話を聞きました」と言った。
「怖い話? 何?」
「小学校の頃から彼女を知っていると言う友人から聞いた話のようです。子供の頃の話だそうですが、ほら、誰でも経験あると思いますけど、学校の帰り道に子犬を拾って、飼いたいと親にゴネたことがあったでしょう。彼女にもそういうことがあったそうです」
「確かに。うちは団地暮らしだったので、犬は飼えなかったけどね」
「裕福な家庭の子供ですから、子犬の一匹や二匹、飼ってもどうってこともなかったでしょうが、子犬を飼い始めて直ぐに、世話をするのが面倒臭くなったみたいです。生き物を飼うのって大変ですからね」
「可愛いがるだけじゃ、飼い主は務まらないからね」
「それで、親からこっぴどく叱られたそうです。責任を持って飼うって言ったでしょうって。そしたら彼女、子犬を庭の池にぶくぶくと沈めて、溺死させたそうです。この子がいるから、怒られたんだって。怖い話でしょう。家政婦がネズミ捕りのネズミを池に沈めて殺すのを見て、一度、やってみたかったんだそうです」
「怖い女だね。でも、庭に池があって、家には家政婦がいるって、そっちの方が驚きかも。典型的なセレブの家庭だよね」
「はは。西脇さん・・・庶民的ですね」
「僕は庶民の代表だよ」
「品川翔子については、両家の子女なのですが、品の無い、まるで娼婦のような女性。そう評する声がありました」
「へえ~」
「一方、高房はと言うと、これがもう、ファッション雑誌から抜け出して来たような男振りで、誰もが二人が不釣合いだと思っていたようです。結婚後、程なくして夫婦関係が崩壊したみたいですが、驚いた人間は少なかったでしょう」
「夫婦関係は崩壊していたの?」
「みたいですよ」
「他にもあるの?」
「ありますよ。西脇さん。これ特ダネだと思うのですけど、被害者である飯尾連傑が、品川ケミカルの社長一族の一人と、トラブルになっていたようです」
「品川ケミカルの社長一族? 一体、誰とトラブルになっていたの?」
「二代目、高憲社長の弟、正憲という人物です。品川正憲と言う人物は――」宮崎が説明を始めた。




