プロローグ
名探偵・鬼牟田圭亮シリーズの第二弾。なんでも盛る癖があって、密室殺人をやってみようと思った時、どうせならと三つ、密室殺人を用意してみた。
まるで気配を消すように、屋敷は佇んでいた。
品川区の戸越公園のほど近く、緑の多い住宅街に、その屋敷は建っていた。品川邸だ。豊かな木々に覆われた庭の中に、役所や図書館を思わせるヨーロッパ風の二階建ての西洋館が忽然と佇んでいる。
歴史の古さを感じさせた。
屋敷の周りは高い塀で覆われ、正門は表通りからやや奥まったところにある。
正門は観音開きの鉄柵の槍門となっており、鋭い槍先が天を向き、屋敷への侵入者を拒んでいた。車が出入りする時以外は閉じられており、屋敷の住人は正門横のくぐり戸から出入りすることができた。
屋敷には、高い技術力で中堅ながらLED業界で隠然たる勢力を持つ品川ケミカルという化学会社の創業者一族が暮らしている。
世が白々と明けようとしていた。
品川ケミカルのお抱え運転手、野村修一は何時も通り、品川邸へやって来た。野村は四十代、細身で手足が長い。顔が細く、頭髪を短く刈り上げているので、細くて長い印象を人に与える。太い眉毛と窪んだ眼窩が小さな目を一層、小さく見せていた。
今日も暑くなりそうだ。夜明け前だと言うのに、車の中はもうエイアコンが必要な暑さだった。
朝晩、送り迎えをしている社長の飯尾連傑はでっぷりと肥満しており、暑がりのため、野村には少々、肌寒かったが、車内はエイアコンを効かせてあった。今朝は品川邸から、川崎にある工場まで飯尾を送って行く予定になっていた。
正門の前で一旦、車を停めた。持っていたリモコンで正門の槍門を開閉しようとして、野村はぎょっとした。「何だ!? あれは・・・」
槍門の中央、一際高い門柱の上に、黒い物体が突き刺さっていた。丸い物体で、まるでスイカが突き刺さっているかのように見えた。
朝焼けが空を染め、周囲は色彩を取り戻しつつあった。野村はドアを開けて車を出ると、門柱の先に突き刺さったものを確かめようとした。
「うげぇえええ――!」
沈着冷静にハンドルを握ることがモットーだが、日頃の寡黙さが嘘のような悲鳴を上げると、野村はへなへなとその場に座り込んだ。
槍門の先に突き刺さっていたのは、生首だった。
切断された生首が槍門の先に、突き刺さっていた。野村の場所からは、後ろ頭しか見えず、生首の主が誰なのか分からなかった。だが、正面に回り込んで、生首の主を確認する勇気はなかった。
朝陽を浴びて、槍門に刺さった生首の切り口が妙にどす黒く見えた。そのグロテスクさに気が遠くなってしまいそうだった。野村は思わず目を逸らした。
「あわわわ・・・」と呻きながら、アスファルトを這って車に戻ると、クラクションを何度も鳴らした。「大変だ! 誰か、誰か、出て来てくれー!」
クラクションのけたたましい音が、夜明け前の閑静な住宅街に響き渡った。