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とある子爵令息 前編


ディランの物語です。



 自分の顔面に向かって振り抜かれた剣を、ディランはしゃがんで避け、絶好のチャンスを逃すまいと、握り締めていた剣を相手の足目掛けて横に薙ぐ。だが、刃が相手の足を捕らえることはなかった。


「うっ!……そだろぉ!!跳ぶのかよっ!」


「ふん。甘いな」


 空振った剣を咄嗟に斜め上に振り抜いたが、力の乗っていない剣など容易く弾かれる。

 案の定、火花を散らして剣が弾かれ、ビリビリと剣を握る手に衝撃が抜けるが、気合でなんとか手放さなかった。しかし、意識がそちらにいってしまい、瞬く間に着地した相手の膝が顔面に迫る。


(あ……これ…………むりだな)


 ガツン!と痛々しい音を立てて下顎に思いっきり膝蹴りを叩き込まれ、脳みそが大きく揺れる。


 視界が定まらず、平衡感覚を失った体が地面に倒れ込む。


 舌を噛まないように歯を食いしばれた自分を褒めてやりたいと頭の片隅で考えながら、ディランはなんとか体を起こそうと四肢に力を込める。だが、首筋に剣の切っ先を当てられたことに気付き、唇を噛み締めて頭を垂れた。


「…………不合格だ。ディラン」


「……はい」


「最後まで剣を手放さなかったことは評価する」


「毎年そこは褒めてくれますよね」


「魔物との戦いでそれが出来る奴は、案外少ないものだ。特に新米騎士はな」


「なんです?当てつけです?俺、新米騎士じゃないんですけど?それになるために、必死こいてる一般人ですけど?」


「そういえばそうだったな」


「っかー!!…………これが強者の余裕かよぉ……」


「お前……頭ふらついてるのに元気だな」


「元気じゃないですよ!めちゃくちゃ落ち込んでますぅ!!今回はイケると思ったのになぁ……。クソッ!あそこから跳ぶかよ、普通」


「足があって脚力があれば、そりゃあ跳ぶだろう。普通」


「うぬぬ……。確かに、そうなんだけどぉ……っ!」


 地面に倒れたまま、じたばたと手足をばたつかせて悔しがるディランを、鞘に剣を収めたウィンバードが静かに見つめる。


 学校を卒業した年の18歳から、毎年欠かさず辺境騎士団入隊試験を受け続けているディランとの付き合いは、もう5年にもなる。

 そもそも、普通の入隊試験であれば団長であるウィンバードと剣を交えるなど、あるはずがない。だが、ディランには少々事情があり、その事情のせいで、団長直々に剣術試験を行なっているのだ。


 ウィンバードは、つくづく思う。

 なんと惜しい逸材なのだろうか、と。

 そして、惜しい理由は二つある。


 一つは、単純にディランの力量だ。

 ディランには類まれな才能があり、強くなることに貪欲だ。

 ひたすらに強くなることを目標にして、目を輝かせて突き進む純粋な思い。その原動力は、憧れと夢だ。

 ひたむきに鍛錬を続けるその持続力もさることながら、強くなる為なら貪欲に物事を吸収する思考の柔軟さ。そして、抜群の戦闘センス。


 もう一つは、早世しやすいきらいがある事だ。

 恐らく、探求心や好奇心に歯止めが効かなくなるせいなのだろうが、ディランは兎に角好戦的に攻めることを好む。

 なまじ、それが出来るほどの反応速度を肉体が有しているせいで、ディランは夢中で相手に食らいついてしまう。それが一概に悪いというわけではないが、ウィンバードたちが求める騎士たちには、ある程度の慎重さが必要なのだ。


 先程の一戦でもそうだった。


 あの時だって、ディランはあそこで無理に剣を振るべきではなかった。

 ウィンバードが跳んだ時点で素早くその場から離れ、態勢を整えて攻めかかるのが有効打だったはずだ。しかし、ディランは自分の好奇心と探求心に負けて剣を振るった。


 だから、負けたのだ。


 これがただの訓練で、日頃の鍛錬の成果を見せるだけの大会なら、別に問題はない。だが、魔物との戦いの中では駄目なのだ。


 戦場に出てしまえば、目まぐるしく状況が変わる。

 刻一刻と変化し続ける状況下では、優先的に討伐する魔物もどんどんと変わっていく。そんな中で、無理を通そうとする騎士は邪魔でしかない。


 全ての魔物を殲滅出来るほど強い者がいれば、確かに戦況は大きく変わるだろう。

 だが、それは辺境騎士団……特に東の辺境騎士団には、そこまで重要ではない。

 東の辺境騎士団が求め、所属する騎士全てが意識していること。


 それは、生き残ること、だ。


 人間相手の戦いでも、魔物相手の戦いでも、結局のところ生き残ることが全てだ。

 一人で戦況を変えるほどの者がいても、それは変わらない。


 強いからと言って、先陣切って一人で切り込んでいかれても、最終的には数の暴力に負ける。

 これはある種の確約された絶対事項だ。


 何故なら、各辺境騎士団が相手をしているものは、魔物だからだ。


 人間相手ならば、数を減らし続ければいずれ終わりが見えるだろう。かなりの時間と様々な消費があるだろうが……。

 それでも、いずれ終わりがくる。


 対して、魔物相手だと、いずれ来る終わり、は見えない。

 どれだけ倒しても、まるで意味をなさない。

 魔物の種類は豊富で、力も数も未知数。おまけに、人間と違って即時新しい魔物が魔の森から供給されるのだから、戦いに終わりはない。


 そんな魔物相手に、先陣切って突っ込んでいかれても、後を追う者たちが追いつけず、最終的には孤立して、数の暴力に晒されて死ぬだろう。

 そうなった場合、最も最悪なのは後続部隊まで巻き込んでの戦線崩壊だ。こうなってしまったら対応が遅れ、そこを魔物たちに抜かれるだろう。


 魔物は恐ろしく強靭で、力も強く、体力もある。

 それが大型であれば、より最悪だ。

 飛行型であれば、被害が拡散するだろう。


 ウィンバードが考えるに、一人で戦況を変えるほどの者というのは、恐らく人間相手なら絶大な戦果を(もたら)す存在であって、魔物相手には向かない存在だ。

 そもそも、一過性の強さに縋ってしまえば、その者がいなくなった後をどうするのか?という問題が発生する。

 一人が抜けたせいで弱体化する様な騎士団なぞ、直ぐに魔物に(ほふ)られて国が滅ぶに違いない。


 個の強さよりも、集団での強さを求めるのが騎士団である。


 前線に出て戦うウィンバードだからこそ、ディランの才能と能力を正しく評価し、それ故に惜しいと思うのだ。

 ディランが慎重になったなら、即合格させて入団させるのに、と毎回ウィンバードは思っている。


 そんな事など露知らず、ディランは倒れていた体をがばりと起き上がらせ、長年の相棒である剣を鞘に納めて立ち上がる。

 そして、ウィンバードに向かって深々と頭を下げ、そのまま訓練場を出ようとして、他の騎士たちに絡まれる。


「ディラン!惜しかったな!」


「俺、ちょっとだけ今回はディランが勝つかもって思っちゃったわ」


「いやぁ……。毎回毎回、本当お前は団長相手によくやるよ」


「……でも、結局負けてるんですよね……」


 肩を叩かれ、気さくに笑いかけてくれる騎士たちに向かって苦笑するディランに、騎士たちも苦笑してしまう。

 ディランとウィンバードの入隊試験は、毎年騎士団の中でもなかなかの盛り上がりを見せており、非番の者や手が空いている者は嬉々として訓練場に詰めかけるのだ。


 最初の年は、どんな勘違い野郎が挑戦に来たのかと、馬鹿にする気持ちで見に来ていた騎士たちだったが、いざ始めてみればウィンバード相手にかなりの善戦の末に敗れたのを見て、ディランへの認識を改めた。

 翌年からは、いつディランが勝つかという賭けが行われ、5年が経過した今では入隊してないにも関わらず、最早隊員の如く皆ディランの奮闘を褒め称えてくれる。


 ついでに、ディランと騎士たちは大変仲が良く、兄や姉、親戚のおじさんや親友のような関係だ。

 ウィンバードから1本をとって入隊出来るのが一番だが、それが無理でもなんかしら理由をつけて入隊するだろうと、騎士たちは考えている。

 なので、いずれ入ってくるならと、遠慮なく騎士たちはディランを可愛がっているのだ。


「そりゃ、お前が相手してんの、あのウィンバード団長だからな」


「ウィンバード団長と互角に戦える人なんているのか?いなくね?俺は知らねぇぞ」


「北、南、西の各騎士団長ならいけるんじゃないのか?」


「いやぁ……?」


「どうだろうなぁ?」


 東を除いた各辺境騎士団団長も、それぞれ群を抜いた傑物ばかりだ。

 それでも、ウィンバードが負ける姿が想像出来ず、騎士たちは皆首を傾げる。そもそも、あの団長たちがウィンバードとやり合う姿も想像しにくい。

 全員、団長たちの超絶嫌そうな表情と拒絶をする姿しか想像できない。


「大体、お前らなんで真剣でやり合ってんのよ。普通に死ぬぞ」


「緊張感を持つ、ため……?」


「嘘つけ。絶対理由ないだろ」


「……たはは……」


 照れくさそうに頭を掻きながら笑っているディランを見つつ、騎士たちはやっぱりコイツも大概頭がぶっ飛んでるなと、しみじみと感じてしまう。


 見ているこっちが悲鳴を上げそうなくらい、二人はかなりギリギリを攻めている。むしろ、お互い()りにいってる感が否めない。

 先程の一戦でもそうだったが、顔面目掛けて剣を振るうわ、足の切断を狙って剣を振るうわ……。完全に致命傷を狙っている。

 ようやる……と言うのが、満場一致の気持ちである。


「そういや、ディラン。顎大丈夫か?」


「たぶん、大丈夫ですね。舌も噛んでないし、歯も割れてなさそうだし、骨も大丈夫です!」


「マジで強いな。お前……」


「ウィンバード団長、ちゃんと手加減してくれてますから!」


「それはそうだけど……。そう、かなぁ?」


「俺は無理。血ぃ吐くわ」


「俺は最初で死んでるな」


「わかるわぁ。あんなん無理だって」


 口々に無理死ぬと言っている騎士たちを見ながら、ディランは顎に青痣が出来てないかを考える。

 痣があったとしても、ネルのデビュタントの日まではまだ2週間あるので、その日までには痣も消えているだろう。

 そんな事を考えながら、ディランは日が傾きだした空を見上げるのだった。






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