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とある子爵令嬢 後編


 ネルはディランのアドバイスを心掛けて、飲み物を出来るだけレモン水に切り替え、適度な運動とバランスのとれた食事を意識し、外を歩く時はディランが作ってくれた日傘を愛用した。

 それ以外にも、ディランがお勧めしてくれた商会で作っているアロエのシロップ漬けを愛食し、お茶は生姜とローズヒップのブレンドティーを愛飲した。

 スキンケアは肌に良いものを使い、髪も自分の髪質に合ったオイルやクリームを使った事で艷やかに変わった。顔のそばかすもすっかり薄くなり、姉に習って薄く化粧をすればそばかすなど気にもならなくなった。

 ディラン曰く、若いのでケアさえきちんとすれば直ぐに美しくなるものらしい。


 母と姉もネルと同じ美容方法を実践し、その健康的な美しさは社交界で噂されるほどだ。

 それに、ディランが教えてくれた商会は様々な分野で有名らしく、王族の耳にも聞こえるほどなのだそう。

 まさか、そんな有名な商会の商品をぽんっと手土産代わりに渡されているとは思わなかったネルは、デビュタントに胸をときめかせる華の16歳になっていた。


「ディラン様、私全然知らなかったのですが……この商品って物凄く高価なものなんですよね?」


「ん?あー……普通に買えばね」


「と、言いますと?」


「訳ありだから、大して高くないよ」


「訳あり?」


「あー……えーと……。商品を作る段階で、どうしても出てくる端数みたいな部分だから、格安で買えるんだよ」


「なるほど」


「あ!商品に問題はないからね?そこは大丈夫だから!」


「それは心配しておりません。効果は十分過ぎるほど実感しておりますから」


「あー良かった。ネルは可愛いまま美人になったよなぁ。日々の頑張りが、美しさに表れてる証拠だな」


 相変わらずアンダーソン家に遊びに来るディランは、昔と変わらずいつも明るく笑っている人だ。

 本人曰く、プー太郎?と言う無職らしいが、相変わらず夢を追いかけているそうだ。


 そんなディランをずっと見てきたネルは、ディランが本当の無職ではない事も分かっているし、アンダーソン家に遊びに来る理由も息抜きなのだと言うことに気付いている。

 そうでなければ、子爵家の三男が無職のまま家にいるはずがない。普通はとっくに家を出されている歳だし、家族だっていい顔をしないはずだ。


「ネルもお嫁にいく歳になったんだなぁ」


「ディラン様ったら、まるでお父様みたいですよ」


「だって、ネルのことは小さな頃から知ってるし……。俺もずっと身を固めろって家族が煩くてさ」


「……そうなんですか」


「そうなんです。はぁ……約束の25までまだ2年あるじゃんか……。憂鬱だなぁ」


「25歳になったら、何かあるんですか?」


「ん?あぁ、俺って三男だろ?25になったら貴族籍を抜いて平民になるんだよ」


「え!?わざわざ平民になるんですか?」


「そうそう。それが苦労するだろうからって、親はどっかの貴族のお嬢さんと結婚して欲しいわけよ」


「なるほど……」


「けど、俺は平民になっても良いって思ってるし、むしろなりたいのよ。実際、今も平民と同じ暮らしをしてるからさ。苦労ってほどじゃないんだよね」


「すみません。てっきり、ご実家で暮らしてるものだと思っていました」


「あははは!謝んなくて良いよ。言ってないから知らなくて当然だし、べらべら言うもんでもないからな」


「家を出た後は、どうされるおつもりなんですか?」


「んー……やっぱ夢を追いかけるな!!遠慮なく押し掛けちまえば、向こうも文句出ないだろ!実は、この時を待ってたりするんだよねぇ」


 明るく笑っているディランを見て、ネルは頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 ディランの言葉をそのまま受け取るならば、彼は夢を追いかけて遠くへ行き、そして帰るつもりがないということだ。


 この時、ネルは初めてディランへの想いを自覚した。

 そして、それは恋の域をとっくに超えており、我ながら良くぞここまで育てたものだと感心したくらいだ。


 ネルは用心深い性格だからか、学校での成績もそこそこに良いところをずっとキープし続けていた。それは、卒業後に少しでも良い条件で嫁いだり、仕事に就いたり出来るようにと安全牌(あんぜんぱい)を取っていたが故だ。


 しかし、ここにきてネルは上位成績に食い込む必要が出てきた。


 何故なら、もしもディランが25歳になって夢を追いかけて遠くへ行ってしまうなら、ディランを追いかける為にも何がなんでも、()の地で職に就くために成績優秀者である必要があるのだ。

 幸い、勉学の基礎はしっかり覚えているので、あとはひたすら予習復習を怠らずにやり続ければ、きっと結果はついてくるに違いない。


 ネルは慎重に、しっかりと地に足をつけて焦らずに勉学し続けた。

 その結果、ネルは半年で見事上位成績に食い込むことが出来た。後は、この成績を卒業までキープし続ける事が当面の目標だ。

 それと同時進行で、ネルはシーカー子爵家と手紙のやりとりをし続けた。そして、ディランにも精一杯のアピールをし続けた。


 苦節2年の結果が、今日分かる。


 朝からそわそわと落ち着きなく家の中を彷徨いていたネルを、両親や兄と姉が苦笑しながら見つめていた。

 そうして、待ちに待った来客に胸を高鳴らせたのだが、なんとそこに現れたのはサンド伯爵家であった。


 お呼びじゃない。これっぽっちもお呼びじゃない。帰れ。


 塩どころか石を投げたい気持ちを顔面にありありと浮かべたネルを見て、サンド伯爵と夫人は本当に困った表情をしていた。それとは対照的に、何故かヘンリーは自信満々に胸を張っている。

 そして、全員で客室に向かったあと、冒頭の結婚話がサンド伯爵家から持ちかけられたのだ。


「一応聞きますが、何故こんな馬鹿げた話を持ってきたのですか?」


「いや、それが……。ヘンリーが言うには、ネル嬢は求婚されることを望んでいるそうじゃないか」


「……サンド卿、それは別にネルに限らず、世の多くの女性の望みでは?」


「そうだな。確かにそうだ。私もそう思う。ただ、ヘンリーから求婚されることをネル嬢が望んでいる……、らしいな?」


「サンド卿……。語尾が問いかけている時点で分かっているでしょう」


「うむ。分かっているし、確信もしているのだが……。此奴(こやつ)が納得せんでな……」


「申し訳ないわ……」


 父と話しているサンド伯爵夫妻は、よくよく見れば何処か草臥(くたび)れた様子で、息子に振り回されて疲れているらしい。

 どうやらサンド伯爵夫妻は、比較的まともな部類の人間だったようだ。

 そして、まともとは程遠いヘンリーが自信満々にネルを見つめ、気障(きざ)ったらしく笑って話しかける。


「ネル、私のために美しくなったな」


「……………………」


 コイツ、頭に(うじ)でもわいているのだろうか?

 もしくは、麻薬(まやく)か何かに手を出しているとか?


 ネルが一生懸命自分を磨いたのはディランの隣に立ちたいからであって、お前のためではない。

 時間と労力の無駄でしかないのに、何故そんなことをしなくてはならないのか。


 きっとコイツの頭の中には、生まれた時から芥子畑(けしばたけ)が広がっていて、重度の中毒に陥っている傍迷惑(はためいわく)極まりないクソ野郎に違いない。


 もうすっかりディランの口の悪さに毒されているネルが、内心でヘンリーをボロカスに(ののし)っている間にも、ヘンリーは芝居がかった素振りで何かをほざく。


「私のために美しくなり、私のために賢くあり続けた。そんなネルに、私は求婚したいと思う」


「黙れゴミカス」


「は?」


「あら、失礼。わたくしったら、ついつい本音が出てしまいましたわ」


「ネルぅ!!」


 ネルの隣で肩を震わせて笑っているルシータとは逆に、キースはすっかりディランに毒されてしまったネルに頭を抱える。

 なんてこった。あの野郎、可愛い妹にしっかり悪影響を及ぼしているじゃないか。……まぁ確かに、ヘンリーについては同じ事を考えていたので、お互い様ではあるが……。

 こほん、とわざとらしく咳をしたルシータが、仕切り直すようにヘンリーに問いかける。


「ヘンリー様、貴方は妹に数々の酷い仕打ちを行ってきましたね。それにも関わらず、よくもまぁそんなトンチキ……頭のおかしい事を言えますね」


「お前もか、ルシータ……」


 妹二人が既に毒されている事に、再度頭を抱えるキースを横に、ヘンリーは気を取り直して話し始める。

 何かよくわからん自分理論を話し始めたヘンリーを無視して、ネルは自分の爪を見る。他の貴族令嬢だったら爪を綺麗に伸ばしているだろうが、ネルの爪は短く切り揃えられている。

 それもこれも、全部ディランの傍にいるためだ。


「つまり、ヘンリー様はネルを(しつけ)けて正しているつもりだった、と言うことかしら?」


「その通りです。姉上!」


「黙りなさいっ!貴様に姉などと呼ばれたくないっ!虫酸(むしず)が走る!!」


「よく言った。ルシータ」


 うむうむと腕を組んで頷いている兄の横では、両親も激しく同意している。

 誰が、頭のおかしいラリパッパ野郎に家族と思われたいものか。金を積まれてもお断り案件である。

 向かいに座るサンド夫妻は最早ぐったりとしており、これまでの苦労が(しの)ばれる。


「ネル!お前は私のお陰で美しくなったのだろう?」


「違いますけど?」


「成績を上げたのだって、私を支えるためだろう?」


「違いますね」


「私の、この整った顔が好きなのだろう!!」


「驚いた。貴方、もしかしてご自分の姿を鏡でご覧になった事がないの?それとも、目の病気にかかっているのでは?もしくは、頭かしら?」


 ネルは本気で驚いて、少しだけ整った容姿でありながら、滲み出る性格の悪さのせいで台無しになっているヘンリーを見つめる。

 それに、こう言ってはなんだが世の中には本当に美しい人がいて、彼らに比べれば自分たちなど足元にも及ばない。あと、本当に美しい人は自称しない。


「だから言ったじゃないか、ヘンリー。お前の容姿は普通だと」


「そうよ、ヘンリー。貴方、どう見てもちょっと整ってるくらいで、端正な顔立ちとは違うわよ」


「なっ!父様、母様!貴方たちだって、何度も格好いいと褒めてくれたじゃないですか!!」


「それはお前……」


「私達は親ですもの。親の贔屓目(ひいきめ)で見てしまうわよ」


「ひ、贔屓目……?」


「お前、さては社交辞令を真に受ける奴だな?」


 盛大なため息をついてソファに沈むサンド伯爵の背を、夫人は労わるように撫でている。

 その様子を見ても、ヘンリーは眉を顰めて納得していない様子だ。


 この結婚話には裏があると思っていたが、どうやら裏は無かったらしい。

 ただただ、ひたすらに勘違いをして思い込んでいるだけの、頭のおかしい男のイカれた主張があるだけだ。


 さて、どうやって追い出すべきか?と、ネルが頭を回している間に客室のドアがノックされ、執事が顔を出す。


「ネルお嬢様、待ち人が来られましたよ」


「本当っ!?今行くわ!」


「まぁ、ネルったら!走っては駄目よ!」


 サンド伯爵家の事など頭からすっぽ抜け、ネルは輝くような笑顔を浮かべて客室を出ていく。

 そんなキラキラとしたネルを、ヘンリーは口を開けて見つめていた。今まで見たことがないネルのその姿に、何故自分にはその表情を見せないのかと疑問に思う。


「もしやネル嬢は、心待ちにしていた方がいらっしゃるのか?」


「えぇ、そうなんです。サンド伯爵閣下」


「あら、まぁ……。それは、何とも申し訳ないことをしてしまったわ」


「平気ですよ、サンド伯爵夫人。あの子ったら、今ごろディランに抱きついて、私たちの事なんて忘れてるに決まってますわ」


「ん?ディラン?もしや、シーカー子爵家の三男か?」


「そうです。あの、ディラン・シーカーです。あぁ、もうただのディランですがね」


「なるほど、ネル嬢は素晴らしい人を射止めたようだ」


「見ているこちらがやきもきするような、そんな射止め方でしたけどね」


「あらあら、まあまあ!!是非お話を聞きたいわ!」


「ふふ、えぇ。構いませんよ。是非、今度お茶会をしましょう」


「分かったわ!張り切って準備をするわね!」


 きゃっきゃと盛り上がる両親たちを横目に、ヘンリーは拳を握りしめて認められない!と叫ぶ。

 お前の許可なんかいらんだろ……と、誰もが白けた目でヘンリーを見つめ、その視線の冷たさに思わずヘンリーは息を呑む。

 しかし、ここで自分こそが間違いを正さねば!と、無駄なやる気を出したヘンリーが喋る。


「アンダーソン卿!先ほど聞き捨てならないことを仰っていましたが、ただのディランと言うことはその男は平民になったと言うことでしょう?」


「そうだ。彼は貴族籍を抜けて、平民になった」


「貴族と平民は結婚など出来ない!まさか貴方は、ネルを平民にするおつもりか!」


「あぁ、その通りだ。ネルは貴族籍を抜け、ディランと共に東の辺境へ向かう」


「なんて馬鹿なことを!それにディランと言えば、騎士団入隊試験に毎回落ちている愚物(ぐぶつ)ではありませんか!」


「あ゛ぁ?お前、今なんつった。頭潰すぞ、クソガキが!」


「お兄様、落ち着いてくださいまし!」


 ボキバキと指の関節を鳴らしながら、握り締めた(こぶし)を手のひらに叩きつけるキースを、ルシータが慌てて抑えにかかる。

 滅多に怒ることがないキースだが、ゴリゴリの武闘派なので、たかだか王都騎士団に合格した程度のヘンリーくらいなら、軽くボコすくらい朝飯前だ。

 何せキースは、ディランに付き合ってより実戦に近い剣術と体術を会得しているのだ。おまけに年季だって違う。

 10年以上も共に鍛錬(たんれん)に励んでいたのだから、キースの腕前も相当なものなのだ。


「ヘンリー。ディラン殿は、ただの騎士団入隊試験を受けていたわけではないぞ」


「何を言っているんです?父様」


「彼が受けていたのは、東の辺境騎士団……通称、黒騎士団だ。しかも、魔物との激戦区である最前線部隊への入隊希望だ」


「え」


 東西南北に存在する、魔の森から出てくる魔物を倒す事を主な任務としている辺境騎士団については、座学が最底辺だったヘンリーでさえ知っている。

 辺境騎士団は正しく猛者(もさ)の集まりで、その中でも東の辺境騎士団は群を抜いている。一人一人が一騎当千の力を持つと言われ、昼夜問わず魔物を討伐する実戦のエキスパートだ。

 その中でも更に選りすぐりのエリート猛者が所属しているのが、東の魔の森の最前線部隊である辺境騎士団第二部隊である。

 東を除いた各辺境騎士団でも、一度は所属してみたいと憧れる部隊だ。


「そ……んな……」


「元々、あの部隊に所属するためには貴族籍は抜いていないと駄目なんだ。……激戦区だから、いつ死んでもおかしくないからな。逆を言えば、貴族籍から抜けているか、その予定がなければ合格しにくい」


「………………」


 サンド伯爵の後を引き継いで話し出したキースの言葉を聞きながら、ヘンリーは予想外の事に頭が真っ白になっていた。


 王都騎士団は確かに花形だ。けれども、魔物相手の実戦は殆ど無い。

 王都騎士団の相手は人間で、それ故に無難に一生を終えれる騎士団でもある。そして、比較的入団しやすい事でも有名だ。


 どちらが強いと言う話ではなく、ただお互いの専門が違うだけなのだが、花形とは言え同じ騎士団の中でも下に見られるのが王都騎士団だ。


「シーカー卿はディランに諦めてもらいたくて、使える伝手(つて)を全部使って、ディランの合格条件を跳ね上げた」


 分かる人が聞けば、無理難題を押し付けられていると分かるほどに、ディランの合格条件は厳しかった。

 何せ、辺境騎士団団長ウィンバードから1本を取ると言う、凄まじく難しい条件だったのだ。


 ウィンバードを知っている騎士全てに尋ねてみても、満場一致で「化け物」と口を揃えて言うであろう怪物から、1本を取るなど夢のまた夢だ。

 普通ならば、多少の座学と実技で合否を決めるし、団長と剣を交えるなど、あるはずがない試験だ。


 そして更に、シーカー子爵はディラン自身の個人資産を使って、一生遊んで暮らせれるくらいの財産を築くことを追加条件とした。


 いくらなんでもやり過ぎだと思われたが、親からすれば可愛い我が子が死地に飛び込むつもりなのだから、あの手この手で止めるに決まっている。

 すわ自殺志願者かと両親が頭を抱える一方で、ディランだって夢を諦めたくなくて条件を出した。それが、25歳になったら問答無用で貴族籍を抜けると言う条件だった。

 しかも、しっかりと法務省に確約書として提出してあったので、時間が来ればディランは自動的に平民となり、心置きなく東の辺境へと向かうことが出来る。


 どう転んでも、結局のところディランが自らの夢を諦めることは無い。ただ、25歳と言うのは入隊資格の上限の歳でもある。そして、入隊試験は年一回だけ。


 つまり、平民になったとしても合格出来なければ、入隊資格を失う可能性があったのだ。


 その場合でも、きっとディランは東の辺境騎士団へ向かっただろう。

 それくらい、ディランは東の辺境騎士団に憧れているのだ。


「一カ月ほど前に、ディランは25になった。その時点で、ディランは平民になっている。そして、昨日が入隊試験最終日だった」


「…………」


「不合格なら、ネルを迎えに来ない。だけど、ディランが迎えに来たということは、合格したと言うことだ」


 心から親友を誇らしいと思っているキースの表情を見て、ヘンリーは唇を噛みしめる。

 超最難関である辺境騎士団へ入隊するなど、ヘンリーには到底考えられないことだ。文武がとれた強者が受ける試験であり、更にそこから切磋琢磨してエリートへと駆け上がる。その過程で死ぬ可能性だってある。

 そんな場所に自ら飛び込む勇気は、ヘンリーにはなかった。

 それが無性に、ヘンリーは情けなく感じて、このまま王都騎士団に入隊しても良いのだろうかと考える。


「ヘンリー。王都騎士団を辞めるなよ」


「う……」


「せめて3年は勤めろ。お前に足りないのは、自らを良くしようとする努力の欠如だ」


 まるでヘンリーの心を見透かしたようなキースの言葉に、ヘンリーはバツの悪そうな顔をして、しかし最後には小さく頷いた。

 思えば、兄であるトマスにも同じ事を言われ続けていた。

 お前は周りを変える事ばかりを考えて、自らを変える努力をしない。そんなんじゃ、誰もお前を助けてくれなくなるぞ、と兄が口酸っぱく言い続けていた事が、ヘンリーはようやく理解できた。


 ふ、と自分の隣を見れば、少し草臥れた様子の両親がいる。そんな両親の中に老いを感じ、ヘンリーは猛烈に自分を恥じた。

 自分を変えることは急には出来ない。最初は苦労の連続だろうが、それでも頑張ってみようとヘンリーは手を握り込んだ。





「ディラン様っ!!」


「ネル!」


 数日前に見送った時の姿のまま、どこにも大きな怪我のないディランを見て、ネルは安堵と嬉しさと愛しさが爆発して、その勢いのままディランの胸に飛び込んだ。

 ネルが飛び込んでもびくともしないディランに、ネルはディランの胸元でクスクスと笑う。

 そんなネルに、ディランは嬉しそうにしながらもどこか困ったような表情で問いかける。


「これから先、二度と言わないから、最後に聞いてもいいかい?」


「なんでしょう?」


「ネルは、俺と一緒に平民になって後悔しない?」


「……それは、分かりません」


「だよな……」


「でも、これだけは分かります。ディラン様の隣に立てない方が、絶対に後悔します」


「ははっ!そっか……。じゃあ、お互い後悔しないように二人で頑張ろうな!」


「はい!」


 2週間後には、ディランとネルは東の辺境へ向かう。

 その前に、小さな結婚式を挙げる予定だ。

 ディランは両親との約束を守って、本当に一生遊んで暮らせるだけの財産を持っている。だから、結婚式を豪華にしても大丈夫だと言われたけれど、ネルは慎重で臆病な性格なので、彼の地で困らないように出来るだけ出費を抑えることを選んだ。

 そんなネルを、ディランは大切そうに抱きしめる。


「ウィンバード団長が言ってた通りだな」


「?」


「俺はネルのお陰で、弱くなって強くなったなって思ってさ」


「どういう意味ですか?」


「内緒」


「えぇ?どうして?教えてくださいな、ディラン様」


「いつかね」


 抜けるような青空の下、ひたむきな二人の門出を祝うように、柔らかな風が吹き抜けていった。






・ネル(18)

慎重で臆病で性格がひねくれている、と思い込んでいる、ひたむきで真っ直ぐな女性。

毒されている認識有り。

東の辺境騎士団の財務課に文官として在籍することが決まっている。


・ディラン(25)

しれっと転生者。

俺TUEEEE!!をガチでやりたくて、夢の最前線部隊に入隊した頭のイカれた男。たぶん、コイツが一番ヤバい。

奥さんのお陰で生存率が爆上がりしてる。


・ヘンリー・サンド(18)

幼い頃のネルに言われた「好ましいお顔」という社交辞令を、ドストレートに受け取ったまま成長してしまった人。物事を都合よく解釈できるポンコツな頭を持つ稀有な存在。

方向さえ間違えなければ、正義感の強い真っ直ぐな性格の良い奴。……たぶん。

現在、方向修正中。


・キース・アンダーソン(25)

実はゴリゴリの武闘派。煩い奴は拳で黙らせたい人。

一番ディランに毒されてる人。


・ルシータ・アンダーソン(20)

しれっと毒されている人。

完全犯罪によるヘンリー殺害計画を授業中に練るお嬢様。


・サンド伯爵夫妻

夫人は恋愛小説を愛読しているため少々夢見がちであったが、ネルの手紙を読んで息子のヤバさに夫妻揃って頭を抱えた。まともではある。


・アンダーソン子爵夫妻

かなりまともな夫妻。

爵位の違いはあれど、不服としたことは譲らない。

子供たちが順調に毒されているが、まぁ良いかと目を瞑れる大らかさも持っている。


・シーカー子爵家

末息子の自殺志願ともとれる夢を聞き、夫妻揃って卒倒した。そりゃそうだ。

なんとか諦めさせようと、伝手を辿ってウィンバード団長へ直談判し、どうか息子を合格させないでくださいと頭を下げた。

思いつきで個人資産を増やしてみろと言ってみたら、本当に増やしやがったので、夫妻揃って顔を引き攣らせた。

息子嫁になってくれたネルのお陰で、安心して夜寝れる。


・辺境騎士団団長ウィンバード

毎年、頭のイカれた男の試験を引き受けていた怪物。

怪物がヤバいと思うほどに強いイカレポンチ野郎を、毎年楽しみにしていた怪物。

直ぐ入隊させたかったけど、ご両親との約束やイカレポンチが直ぐ死にそうだったから延長し続けていた。

嫁というストッパーをイカレポンチが得たので、合格ぅ!!



だらだら長い話にお付き合いくださり、ありがとうございました。

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