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とある子爵令嬢 前編

初めて書いたお話です。

頭を空っぽにして、海よりも広い心で読んでください。

読んだ後の苦情は受け付けませんので、あしからず。


 その結婚話が持ち掛けられたとき、ネルは絶対に裏があるだろうと予感していた。むしろ、決めつけていたと言っても過言ではない。

 なにせこちらはしがない子爵令嬢だ。対する相手は、伯爵令息。しかも、そこそこ裕福ときた。


 そんな伯爵家から持ち込まれた結婚話に、裏がないなど誰が思うものか。ネルのことを、純粋無垢な頭ラリパッパお嬢様だと思ったら大間違いだ。

 ネルは非常に用心深い性格をしており、ちょっとやそっとじゃ心を開く事など出来やしない、超絶慎重で厄介な性格のお嬢様なのだ。


 とくに、この結婚話を持ち掛けてきた伯爵令息には、髪の毛一本ほども心を開くつもりはない。

 何故なら、ネルにとってこの伯爵令息は敵だからだ。

 この男だけは、天地がひっくり返っても、ない。


 ネルの家であるアンダーソン子爵家と結婚話を持ち掛けてきたサンド伯爵家は、お互いの領地が近く、昔から程よいお付き合いのある家同士である。

 お互いの子供の歳が近いこともあり、昔はそれなりに交流があったが、今では新年の挨拶程度の付き合いしかない。


 アンダーソン子爵家には三人の子供がおり、長男は既に結婚し、問題なく家を継ぐことが決まっている。そして、姉妹の姉の方も縁あって遠方の伯爵家との縁談がまとまり、恙無(つつがな)く嫁いでいくことが決まっている。

 今のところ、何も決まっていないのは末娘のネルだけだ。


 そこに声をかけてきたのがサンド伯爵家である。


 サンド伯爵家には二人の子供がおり、兄のトマスは去年結婚して父親と共に領地を切り盛りしているらしい。弟のヘンリーは婚約者もおらず、花形である王都騎士団の騎士として所属することが決まっているそうだ。

 ヘンリーの性格を知っているネルからすれば、あんな性格破綻者に婚約者なんか出来るはずがないと、納得する部分がある。ついでに、サンド伯爵夫人は少々夢見がちな部分が抜け切らない、お茶目でクソ迷惑な性格をしているので、どのご令嬢もちょっと二の足を踏むだろう。


 ネルとヘンリーは同い年だ。

 それもあって、昔は親睦を兼ねて月1回のお茶会を開いており、お互いの家ともそこそこやり取りがあったのだが、ネルとヘンリーは驚くほど相性が悪かった。

 幼い頃から慎重だったネルと、猪突猛進で考え無しのヘンリーでは、仲良くなるという方が難しい。


 そもそも、ネルとヘンリーの仲が極端に悪くなってしまったのは、間違いなくヘンリーのデリカシーのなさが招いたことだ。

 事の発端は、幼かったネルの顔にあったそばかすだ。そのそばかすの散ったネルの顔を指さして、ヘンリーは「お前、不細工だな!」と笑いながら言ったのだ。

 幼いからこそ、同年代の男の子に言われた暴言は、酷くネルの心を傷付けた。しかし、ネルは負けず嫌いでもあったため、泣いて逃げるなどと言うことはしなかった。

 ネルは不機嫌を隠しもせず、ヘンリーを指さして「貴方、大馬鹿者ですね」と言い返したのだ。


 ヘンリーはそこそこ甘やかされて育ってきたため、この様に露骨に文句を言う者が周りにはいなかった。故に、ヘンリーはネルに馬鹿にされたことに腹を立て、怒りに任せてネルの体を突き飛ばしてしまったのだ。

 尻餅をついて痛みを耐えるネルを見て、まずいと思ったヘンリーが慌てて片手を差し出したものの、その手をネルに思いっきり叩き返されて、ヘンリーはあまりの痛みに涙目になってしまった。

 それと同時に、ヘンリーの中でネルをどうにかして負かしてやりたいという、はた迷惑な気持ちが生まれてしまった。


 それからは、まぁ大変だ。


 ヘンリーと関わると不愉快になるため、極力関わりたくないネルに対して、ヘンリーは執拗にネルにちょっかいを出してくるのだ。

 お気に入りのリボンで髪を結べば髪型を馬鹿にされ、好きな色のドレスを着れば似合わないと笑われ、毎回顔を指さされて不細工と言われ続けた。

 その度にネルも言い返してきたのだが、だからといって心の傷が浅くなるかと言えばそんなことはなくて、むしろどんどん傷付けられていく現状に、ネルは次第に酷く落ち込むようになってしまった。


 サンド伯爵家との月1回のお茶会は、ネルにとって憂鬱であった。

 両親もネルの嫌がりようを見て、遠回しにご遠慮したい(むね)を伝えているのだが、サンド伯爵夫人にはまったく通じないようで、毎回母が頭を抱えていた。

 どちらかと言えば母は物事をはっきりと言う性格なので、サンド伯爵夫人がニコニコと笑いながら「まだ子供ですもの」と言う度に、「子供だから、で全部許されると思ってます?」と聞き返したくてたまらなかったそうだ。


 しかし、苦行と化していた月1のお茶会が終わりを告げる日は、あっさりとやってきた。


 その日もネルは、苦行のお茶会でどうにか気を紛らわそうと、四阿(あずまや)でひとり大好きな本を読んでいた。それは、兄の友人であるシーカー子爵家の三男であるディランが貸してくれた4部作の冒険譚だった。

 大きくなって考えてみれば、大切な物をあの男に見せる行為が悪手(あくしゅ)であったと理解しているが、当時のネルには嫌なことから逃げる方が重要で、それ以外のことはあまり考えていなかった。

 当然、四阿で読書をしていたネルを放っておくヘンリーではないので、読書に夢中になっていたネルの手から分厚い本を無理やり取り上げると、その本を遠くへ投げ捨てたのだ。


 あまりの事に呆気に取られて立ち尽くすネルだったが、ハッとして慌てて本を探しに向かえば、美しく整えられた庭園の奥で本は見つかった。

 ただし、丁度植え替えのために土を掘り起こして肥料を混ぜ込み、軽く水をかけて落ち着かせていた、ふかふかの土に埋もれた状態だったが……。

 ネルがそっと土に埋もれた本を取り上げると、水を含んだ土が本にしっかりと付着しており、とてもじゃないが読める状態ではなかった。

 そんな本を持ったまま立ち尽くしていたネルは、今にも死んでしまいそうな表情と顔色だったらしく、お付きの侍女は慌てて母たちを呼びに走ってくれた。


 その間、ネルの頭の中を目まぐるしく駆け回っていたのは、どうしよう……と言う言葉のみだ。

 本は高い。

 しかも、この本は大変人気のためなかなか手に入らないことで有名だ。そんな本を読めない状態にしてしまった事に、ネルは文字通り震えた。

 気前よく貸してくれたディランになんと言って詫びれば良いのか、そもそも詫びる程度で済むのかもわからない。弁償するにしても、手に入りにくい本のために一体どれくらいで購入できるのかも見当がつかない。

 震えるネルの元に小走りで来てくれた母に、ネルは半泣きで事の顛末を伝えると、母は盛大なため息をついて振り返り、後からついてきていたサンド伯爵夫人にはっきりと物申した。


「サンド夫人、当家とのお茶会は金輪際無しにしましょう。いえ、無しにします」


「え?え?なぜ?」


「どうにもヘンリー様とネルは相性が悪いようですし、これ以上無意味な時間を費やすのは子供たちにとって悪影響です」


「そんなことないわ。まだ子供だもの、間違うことだって沢山あるわ。そんなに目くじらを立てないでちょうだいな」


「子供が間違うのは当然です。ですが、その間違いを大人が正し、より良い方向へ導くのが親であり大人の役割です。その認識が、当家とサンド伯爵家では随分と違うようですので、これ以上はお互いに苦痛しかありません」


「でもね……」


「サンド夫人。今回、ヘンリー様は当家に負債を負わせました。それは分かりますわね?」


「本のこと?だったら当家が払えば……」


「この本は、シーカー子爵家の者が当家に貸してくださったものです。ですから、当家がその負債を負うのは当然のこと。例えそれが、娘のしたことではなくてもです」


「…………」


「それを踏まえたうえで、改めて申し上げますが、ヘンリー様とネルは相性が悪いようですので、今日を最後のお茶会にしましょう。よろしいですわね?」


「……そう、ね……わかったわ」


 ここにきてようやく、本気で母が怒っていることを理解したらしいサンド伯爵夫人は、しゅんと肩を落として頷くと、そう間を置かずに当家を去っていった。


 母は、父が仕事から帰って来るなり飛びつくようにして謝り倒し、伯爵家に噛みついてしまったと頭を抱えていたが、父は朗らかに笑って大丈夫だと言って母を宥めていた。

 実際、サンド伯爵はヘンリーとネルの相性の悪さが壊滅的だと分かっていたらしく、月1回のお茶会も夫人が張り切っているだけで、いつかガツンと言われるだろうと予想していたそうだ。なので、これと言ったお咎めはないし、別に隣り合っている領地でもないので、お互いに困るようなこともない。


 だったら、もっと早く夫人を止めてくれても良いのでは?と思ったけれど、ネルはぐっと我慢した。けれども、隣にいた姉のルシータがネルの心を代弁するようにボヤいたので、幾分か気持ちがスッキリしたのは言うまでもない。


 こうして、苦行と化していた月1のお茶会はあっさりと無くなったのだ。


 ちなみに、本については後日母と共に誠心誠意謝って弁償を申し出たのだが、ディランは汚れた本などちっとも興味がなさそうで、明るく笑ってサンド伯爵家とのお茶会がなくなったことを喜んでくれた。


 兄のキースからお茶会の様子を聞き及んでいたらしいディランは、自分が貸した本が役に立ったのならそれで良いと言ってくれて、その言葉にネルはみっともなくグスグスと泣いてしまった。

 そんなネルを、ディランは良く頑張ったと言って(ねぎら)ってくれて、大きな手でネルの肩を優しく叩いてくれたのだ。



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