積乱雲
※ギャク待表現あり
その後も彼と話したりして、結局その日は2時頃まで学校に居た。段々と人と話せるようになってきたような気がする。もしかしたら彼以外とは話せないかもしれないが、それでも彼には感謝している。そして今日も、帰る時に彼は
「またね」
と笑顔で手を振ってくれた。なんでか分からないけどそれが凄く嬉しくて、そのせいなのか体温が少し高くなった気がした。高まる気持ちを抑えながら帰路につく。その時僕は明日もまた彼に会いに行きたいと、強く願っていた。
出来れば今日はこのまま、幸せな気持ちのまま過ごしたかったのだが、家に帰るとあるはずの無い母の靴があった。独り言を聞くに、仕事が無くなって早く帰ってきたらしい。母がいる所に帰ってきてしまったものは仕方がないのだから、バレないように気配を消して部屋へ向かう。しかし、途中で肩にかけていたバッグが、廊下の棚の上のものに引っかってしまった。慣性の法則で急には止まることが出来なかった僕は案の定棚の上のものをおっことし、廊下に大きな音が鳴り響いた。幸いそれは割れてはいなかったものの、帰っていることが母に気づかれてしまった。母はこちらに走ってきて、
「なにしてんの!帰ってるなら言いなさい!」
と拳を振り上げる。あぁまただ、と思って間もなく、僕は母の拳に飛ばされその場に尻もちを着く。もはや慣れてしまったので、母が左手に持っている缶を見て、また昼間から飲んでいるのかと思う余裕さえあった。もちろん痛いものは痛い。殴られた右肩が熱くなっているような感じがする。1発殴られるだけで終わればよかったのだが、今日の母は機嫌が悪いらしく、未だ立ち上がれていない僕を続けて蹴り飛ばしてくる。脇腹の辺りを蹴られるのが1番痛いのだが、母はそれを分かっているのか脇腹の辺りばかり狙ってくる。余力を振り絞って脇腹を隠すようにうずくまるが、母の攻撃は止まらない。当の母は
「なんで私ばっかり不幸にならなきゃいけないのよ!」
と叫んでいる。それは僕のセリフだ。そう言いたかった。でも言えるわけがなかった。
目を覚ました時には、既に7時を回っていた。体が痛い。結局あの後も母の暴力は続き、時間にすると20分ほど殴られたり蹴り飛ばされたりしていたのだが、途中で母は飽きたのか、それとも我に返ったのか、唐突に出かけて行ってしまった。どうせまた酒を飲みに行ったのだろうけれど、平和が戻ってきたのだからそれにこしたことはない。そして僕は、恐怖からか眠ってしまっていたようだ。今回は幸いにも軽傷ですんだから良かったが、とりあえず蹴られた所を冷やしたいと思い、重い体を動かして何とかキッチンまでたどり着いた。だが、もちろん家に保冷剤や氷など冷やせるものはなかった。分かってはいたがこういう時に限って、と悲しくなる。仕方なくハンカチを、それほど冷たくもない水で冷やして保冷剤の代わりにした。
母が居ない今、1人で過ごせるのは幸せな事なのだが、1人で傷を冷やしながら、静寂に包まれたこの空間に居るとすごく辛くなる。誰も味方してくれる人は居ないんだ、助けて貰えないんだと改めて実感してしまうから。そこまで求めるのは贅沢だとわかっている。それでも本能には抗えないのだ。泣きそうになって、でも泣いたらいけないと、グッと堪えた。その後僕は、無意識に学校へ向かっていた。何でそんな事をしているのかは、自分でも分からない。誰も助けてはくれないだろうし、そもそもこの時間には誰もいないだろう。分かっていても何故か歩き続けている。
その時、僕の頭の中には彼がいた。