彗星
彼は勉強をしていて、僕はただそれを眺めていた。僕も一緒に勉強すればいいのかもしれないが、中学の内容すら覚えきれていない僕には高校の内容はさっぱり分からなかった。途中で彼のお母さんが来て
「湊、お昼ご飯出来たよ。叶人くんもアレルギーとかなければお昼食べてって〜」
と言った。昼頃に押しかけて、ご飯までいただいてはさすがに迷惑になるので帰ろうとしたが、彼に
「大勢で食べた方が楽しいじゃん?」
と純粋な笑顔で言われてしまったため、今更帰ることは出来なくなった。
「沢山食べな〜」
彼のお母さんは言いながらお皿を運んできた。なんやかんやで僕は今、神崎家のダイニングに居る。今日のお昼ご飯のメニューはオムライスらしく、甘酸っぱいトマトの匂いと、香ばしいバターの匂いがした。彼は慣れた手つきでカトラリーケースからスプーンを出して配っている。そして全員が席に着き、
「いただきます」
と手を合わせる。僕は遠慮気味に1口目を口に運んだ。すると、口に入れたとたんフワッとして、甘くて程よく酸っぱくて、上手く言い表せないが本当に美味しかった。僕はちゃんとしたご飯を食べるのも、誰かと食卓を囲むのも久しぶりだったから、温かいオムライスを前に頑張って泣きそうになるのを堪えていた。
「そんなに美味しそうに食べてくれると、こっちまで幸せになるわ〜」
彼のお母さんは感動してうるうるしている僕を見て言った。
「家族以外の誰かとご飯食べるの久しぶりだね〜」
彼も嬉しそうに言った。それはすごく幸せな時間だった。そして間違いなく、今まで食べた中で一番美味しいご飯だった。
みんなでご飯を食べた後、僕はさすがに帰ろうと思い彼に声をかけた。彼は
「えぇー、もう帰っちゃうのー?」
と、少し寂しそうにしていたが、さすがにこれ以上は、という僕の気持ちを察してくれたのか、
「じゃあ明日も来てね!絶対ね!」
と無邪気に言った。彼は本当に優しい。僕は彼のお母さんに今日のお礼をしてからから玄関に向かった。2人は
「またおいでね」
と手を振って見送ってくれた。僕は、"また"と言ってくれたことが嬉しかった。未来に希望を持つことができた。
さっきまで幸せな空間に居たから、自分の家がいつにも増して地獄のように感じる。やっぱり僕は幸せになってはいけない人間なのだ。こんな僕に幸せになっていい資格なんて無いし、だからこそ幸せが当たり前になってしまうと、後で自分が辛くなる。そんなこと分かっていたはずなのに、それなのに僕は彼から離れられなくて、また幸せなあの場所に行きたいと思ってしまう。それが図々しいということは自分でも分かっている。何でもするから、それ以外は何も望まないから。だからまた度彼の元に行かせてくださいと、ただそれだけを願っている。