新しい婚約者が欲しがりの妹に実はめちゃくちゃキレていた件について
「ミリア!返しなさい!」
「ちょっと借りるだけだってば〜」
そう言って返したことがあっただろうか。
私がいくら怒鳴ってもミリアはへらへらとして、堪えた様子はない。
私はラント伯爵家の娘のエレーナ。黒い髪と緑の目をしている。
私が先ほどから叱っているのは妹のミリア。彼女は赤い髪と緑の目をしていて、身内のひいき目なしに可愛らしく魅力的な容姿をしている。しかし、やたらと人の物を欲しがるという悪癖があった。
その一番の被害者は姉である私で、ドレスやぬいぐるみ、部屋に飾られた花までも彼女は私のものを欲しがった。その度に両親は妹を諌めてくれたけれど、それはまったくと言っていいほど直らず、年齢を重ねるほど酷くなっていくばかり。
今、彼女の首元を飾っている緑の宝石がついたネックレス。
それは私が婚約者から贈られたもので、これから行く予定のパーティーにつけていく予定だったものだ。なくなったと思って探していたら、ネックレスを装着したミリアが意気揚々と現れて私は愕然としてしまった。
今から同じパーティーに出席する予定ではあるが、ミリアはなんとそれをつけて行くと言うのだ。当然許せるはずもない。
「何をやっているんですか」
声をかけたのは私の婚約者のジーン・ハイド。
言い合いをしながら私達はエントランスまでやって来ており、そこにジーンが私を迎えに現れて、その言い合いを見てしまったのである。
婚約者のジーンは茶髪に青い目をした男性で、いつも笑顔を浮かべている穏やかな人だけど、今は不愉快そうに顔を歪めていた。彼の視線はミリアの首にあるネックレスに向かっている。
「それは私がエレーナ゙に贈ったものですよ。なぜあなたがつけているんですか」
「だぁって、お姉様が付けるよりもあたしが付けたほうが似合うもの」
「理由になっていません。返さないとどうなっても知りませんよ」
「生意気!平民風情が私に指図するつもり!?」
そう言い捨ててミリアは外にいた自身の婚約者の腕に抱きつく。その婚約者はイアン・ロージー。ロージー公爵の次男で、私の婚約者だった男だ。
娘しかいない我が家では、私が婿を取って伯爵家を継ぐことになっていた。その婿がイアン。
嫌な予感はしていた。イアンは金色の髪をした女の子が色めき立つような派手な顔立ちの美男子で、ミリアの悪癖が刺激されるのは明らかだったからだ。
そして嫌な予感は的中するもので、イアンはいつの間にかミリアに首ったけになっていて、結婚するのはミリアじゃないと嫌だと言い出した。
イアンは公爵家の人間で、うちは伯爵家。しかもこちらから願って婚約者になってもらったところを誑かしたのはうちの娘と来た。どう考えてもうちの分が悪すぎた。
そうして、父は苦渋の決断で私とミリアを入れ替えることに決めたのだった。
それで、私はもう結婚なんてするもんかと一人で生きていくことを決意。事務官として登城して働き始め、そこでジーンと出会った。
魔法に入れ込みすぎて侵食をおろそかにする彼を見かねて、世話を焼き始めたのが交際のきっかけだったと思う。
ジーンは国直属の魔法士団の副団長で、生まれは平民だけれど魔法の腕一本で今の地位まで登りつめたすごい人だ。私は彼のことを異性として好ましく思いながらも、純粋に尊敬していた。
妹たちが馬車に乗り込んでから、私は隣のジーンに頭を下げる。妹の態度がひたすらに申し訳なかった。
「妹が失礼なことを言ってごめんなさい」
「君のせいではないからそんな顔をしないで。……それより、パーティーに行くのは少し物足りない格好だね」
「あ、何か代わりのアクセサリーを……」
「これをつけてくれないかな」
私の言葉を遮って差し出されたのはミリアに取られたものよりずっと豪華なネックレス。青い宝石がいくつもついていて、思わずため息の出る美しさだ。
「これは……。どうしてこんなものがここに?」
「こんなこともあろうかと思ってね。用意していたんだ」
「素敵!あなたの瞳の色ね」
私は感極まってジーンに抱きつく。彼はびくともしないで受け止めてくれた。
「早くパーティーに行きましょう!遅刻しちゃうわ」
「いや、少し遅れて行こう。面白いものが見られるよ」
「面白いもの……?」
「ああ、とても面白いものだよ」
ジーンは意味深なことを言って笑う。
なにか余興でもあるのかしら。
そんな事を考えていた私はまさかあんなことが起こるなんてちっとも思わなかったのだ。まさか、
「これはいったいどういうことでヤンス!?」
……まさか、妹の語尾が『ヤンス』になってるだなんて。
今日のパーティーはジーンの王妃の誕生祝いだ。そのパーティー会場であるお城の広間に入ったところ、待ち構えていたのは目を血走らせた妹だった。
いや、待って?むしろ私がどういうことなのかお尋ねしたい。淑女には似つかわしくない言葉遣いをするミリアに私はもう理解が追いつかなかった。
ちなみに、私の元婚約者はひたすらあたふたとしている。気持ちはわからなくもない。
混乱をする私をよそに、ミリアはジーンに唾を飛ばしながら食ってかかった。ジーンは魔法で盾を張っている。
「あんたがなんかしたんでヤンスね!?」
「どうなっても知らない。そう私はお伝えしましたよ」
指を突きつけて怒鳴るミリアにジーンは笑顔すら浮かべてしれっと返す。どうやら本当に彼が何かしたらしかった。
「防犯魔法です。そのネックレスを本人の許可なく一時間以上着用したら、語尾がヤンスになる魔法をかけていました」
「はあ!?早く魔法を解きなさいでヤンス!!」
「人から取ったものかそれと同程度のものを返し、そして自分の行いを心から悔やみ、反省したら解けますよ」
「今すぐ解きなさいって言ってるでヤンス!あんたに魔法をかけられたって言いふらすでヤンスよ!」
「そんな口調で言われても全然怖くないですねえ」
「ふざけてるんじゃないでヤンス!」
「ふざけていませんよ。屋敷でのやりとりは魔法で記録していますから、言いふらされたとしても誤解は訂正できますし。あと、お父上とお母上もこのことは了承なさっています。きつい灸をすえてやってくれと頼まれましたよ」
「な、」
「むしろ、言いふらして立場が悪くなるのはあなたでは?」
子猫でも見ているかのように微笑ましい顔で返すジーン。
様子を見ていた周囲からは、ミリアの悪癖を知っている人もいたのだろう。くすくすと嘲るような笑い声が聞こえてきていて、ミリアの顔がますます赤く染まる。
「あ、」
「なによでヤンス!」
「そこの彼は返さなくていいですよ。エレーナ゙は私と結婚しますから」
私の肩を抱き寄せてジーンはにっこりと笑ってみせる。清々しいほど晴れやかな笑みで、なんだか私も笑えてきてしまった。
思わず抱きつき返すと彼は驚いた顔をして、それから照れ笑いを浮かべていた。