義妹と婚約者がイチャイチャしながら謝ってくるけど、どうぞご勝手に?
「ジュジュお義姉様、ごめんなさぁい」
ご自慢の縦ロールを指にくるっくる巻き付けながら義妹のルミナが謝ってくる。どうしてあなたがここにいるか問いかけたわたくしに対する返事が謝罪とは、すでに会話が嚙み合っていない。
「ルミナは悪くない。ジュジュという婚約者がいるにも関わらず、きみに恋をしてしまった俺が悪いんだ」
わたくしの婚約者であるはずのロイド・マトシカ伯爵令息はルミナの腰に手を回し、彼女を熱く見つめながら語りかけている。
いや、あなたこそこっちを見て謝りなさいよ、と思うが、微笑みを絶やさないよう、顔の筋肉に力を込めた。
「俺がルミナと結婚してハーベスト侯爵家を継ぐから、ジュジュは安心してどこかへ嫁いでくれればいい」
やっとこちらを見たかと思ったら、阿呆な発言に頭が痛くなる。
「これまで後継者教育を受けてきたわたくしを家から追い出して、お金を使うしか能がないようなルミナと結婚したあなたがハーベスト家をお継ぎになると?」
「お姉様、ヒドイですわっ」
ルミナがわっと泣くふりをしながらロイド様の胸に顔を埋める。
「きみがそうやってルミナを虐めるから、彼女は傷ついて俺に助けを求めて来たんだ」
わたくしの悪口を好き放題言って、上目遣いで高級なプレゼントをおねだりしていただけでしょう。
母はわたくしが幼い頃に病気で亡くなり、それから数年後、わたくしが十歳のときに父は今の義母と再婚した。
元は男爵家の娘だったが、裕福な平民に嫁いだことで平民となった彼女もまた病で夫を亡くして一人娘を育てていた。
住み込みメイドとして我が家で働いていた彼女を父が見初め、結婚に至る。
元は男爵家の娘だった彼女は身分制度をよく理解しており、本当に同伴が必要な夜会のみに出席し、表舞台にはほとんど姿を現さない。わたくしとも、本当の母親の様に、とはいかないが良好な関係を築けている。
問題は彼女の娘であるルミナだ。母親がどれだけ言って聞かせても自分が侯爵令嬢になったと思って贅沢三昧をしている。父が義理の娘に嫌われたくないあまり、いずれ理解するだろう、と甘やかしていることも大きな要因の一つだと思うが。
はぁ、と思わずため息が漏れる。ルミナもロイド様も、もうわたくしの手には負えない。擁護する事は諦め、二人で好き勝手してもらおう。もちろん、起こしたことへの贖罪は必要だが。
「わたくしとロイド様の婚約を破棄することは承知いたしました。ちなみに今回の婚約破棄については、マトシカ伯爵家の総意と思ってよろしいですわね?」
「いや、それは……」
ロイド様は言い淀んでいるが、ここは王城の大広間。今は王家主催の今年の締めの大きな夜会の最中だ。
招待されていないはずのルミナを見かけて声を掛けたことから、こんな阿呆な事態になるとは思わなかった。
会場の隅で話をしているとはいえ、近くにいる貴族たちの耳にはもちろん届いているだろう。
一応確認してみたが、たとえ家の許可を得ていないとしても、彼の発言はなかったことには出来ない。我が家からは公共の場で恥をかかされたことに対して抗議するとともに、ロイド様有責での婚約破棄についても条件を詰めなければならない。
「先日、王女殿下が立太子を表明された際に、これまでは男子のみが認められていた爵位継承が、女性にもその権利が得られることになったことはご存じかしら?」
きょとんとした顔の二人は、わたくしが何を言いたいのかわからないらしい。頭がお花畑なのにもほどがある。
「娘しかいない我がハーベスト侯爵家は、縁戚でもあるマトシカ伯爵家のロイド様を我が家の養子として迎え入れてわたくしの婿にする必要があったのですが、此度の法改正でその必要はなくなりましたわ。わたくし本人が侯爵となることが可能になりましたもの。ですから、もうロイド様は我が家に必要なくってよ」
状況が変わったので、こちらの条件を飲むようならば体面を保つためのお飾りの夫でもいいと思っていたけれど。結婚前からこのような騒動を起こす男は不要である。
あとは、婿入り先を自分で失くした上に我が家に泥を塗った男をどう扱うかは、彼の実家次第。
「ルミナはお義母様の娘ですから妹として接してきましたけれど、侯爵令嬢であるわたくしの婚約者にエスコートされて王城の夜会に出席するなど、身分をわきまえないにもほどがあります。今夜一晩猶予をあげますから、荷物をまとめて早急に出て行きなさい」
可愛らしく小首を傾げていたルミナの目がカッと見開く。
「何を言っているの、お義姉様?なぜあたしが家を出て行かないといけないのよ!?婚約者を取られたからって見苦しい嫉妬で変なこと言わないでちょうだい。魅力のないジュジュお義姉様が悪いのに」
残念なことに義妹は何もわかっていないらしい。
「あなたのお母様は確かにうちの父と結婚し、ハーベスト侯爵家の籍に入りました。けれど、娘であるあなたは万が一にも跡目争いを起こさないようにと、我が家の籍には入っていないの。だから、あなたがロイド様と結婚したところでハーベスト侯爵家を継げるわけはないし、今夜の夜会だって、平民のあなたは参加資格すらないのです。無断で平民を夜会に連れ込んだロイド様も罪に問われることになりますわ」
ロイド様がドンっとルミナを突き飛ばす。
「お前、貴族じゃないのか!?しかもハーベスト侯爵家の籍に入っていないって、ただの居候の平民じゃないか!!」
青ざめた顔のロイド様は選民意識が強く、平民を人と認識していないような屑なのだ。
突き飛ばされて尻もちをついて目をぱちくりさせていたルミナは自力で起き上がり、ロイド様の胸倉に掴みかかる。義妹はアグレッシブな性格をしているのだ。
「痛いわ。ロイド様、愛してるって言ったくせに!!」
「うるさい!!俺を騙したくせに、この女狐が!!」
大声を上げてロイド様にしがみつくルミナに、口汚く彼女を罵るロイド様。
会場の隅でひっそりと婚約破棄をしていたはずが、次第にわたくし達の周囲には人だかりが出来ていた。
そこにすっと近づいてきたのはエリアス王子。
「ジュジュ嬢、少しいいかな?」
わたくしより10歳年上の彼は大人の色気を漂わせながら手を差し出してくれる。
「よろこんで」
彼のエスコートで人混みを避けてバルコニーへと出る。背後で「やっぱり俺はきみを愛しているよ、ジュジュー!!」と叫ぶロイド様の声が聞こえた気がするが、気のせいに違いない。
会場のどこかにいるお父様が、早くこの喧騒に気がついて、この場を収めてくれることを祈ろう。
休憩できるようにと椅子の置かれた広いバルコニーで二人、夜空を見上げる。興奮した夜会会場から出ると、すこし冷たい空気が心地よく感じられた。
「先日、姉の立太子が公表された」
「ええ、存じておりますわ。おめでとうございます」
陛下の第一子である姫君、第二子で長男でもあるエリアス様。長らく二人のどちらが次の王位を継ぐのか、問題視されていた。
第一子が優遇される国ではあるが、やはり男性を王位に推す声も根強く、水面下では様々な駆け引きやトラブルもあったことだろう。しかし、先日ついに王女殿下の立太子が表明され、その憂いは払拭された。
彼を敗北者と陰で言う者もいたが、姫様は優秀な方で立派な女王になられるだろうし、聡明だが控えめなエリアス様は支える立場も似合いだと思う。
「まだこれは公にはしていないが、私は臣籍降下する予定だ」
この言葉には驚いた。彼は城に残り、ゆくゆくは女王になる姉を支えるだろうというのが、周囲の見立てだったからだ。
「姉はすでに結婚して、伴侶の方も王配に申し分がない実力をお持ちだし、子も二人いる。私は王位継承権を放棄するつもりだ」
すっと彼は跪いて、わたくしの手を握る。
いつも見上げていた年上の王子様が、上目遣いにわたくしを見つめた。
「どうか、私にきみの夫となる権利をもらえないだろうか?」
突然のことに、言葉を失うわたくしに、彼の瞳が不安そうに揺れる。
「あの晩は、きみにとっては過ちだったかもしれないけれど、私には積年の想いを叶えた夢のような夜だった。どうか、慈悲をくれないだろうか?」
三ヶ月ほど前の夜会で、わたくし達は体を重ねた。
まだ王女様の立太子表明前で、30歳目前になっても結婚していないエリアス様は権力を狙う貴族の格好の餌食で、媚薬を盛られてしまったのだ。
フラフラと貴族女性がいるだろう休憩室から逃げてきたエリアス様を、幼い頃から彼に想いを寄せていたわたくしが捕獲し、美味しく頂いてしまったのだ。
どうせ好きでもない顔だけ男のロイド様と結婚しなければならないのなら、初めてくらい好きな男性に捧げたかったという乙女心の暴走の結果である。
その後わたくし達が言葉を交わしたのは今夜が初めて。お互いの愛情のありかを示したことなどなく、いつもただ遠くから視線を交わしていたわたくし達。
きゅっと彼の指先を握る。
「侯爵となるわたくしを支えてくださる?」
ぱぁとわかりやすく表情を明るくしたエリアス様が大きく頷く。
「もちろん!」
「この子のお父様にも、なってくださるかしら?」
そっとまだ膨らみの目立たないお腹を撫でる。
エリアス様の瞳が大きく見開かれた。
「あの時の?」
こくりと頷くわたくしの腕を引き寄せ、強く抱きしめられる。
「もちろんだ!!ああ、なんて嬉しいんだ」
「泣きそうだ」と言いながら、肩にゴリゴリと顔を押し付けられる。初めて見る彼の子供っぽい動作が可愛くて仕方がない。
まだ正式にロイド様との婚約破棄は整っていないが、今夜の夜会での騒動がすぐに広まり、わたくしの瑕疵になることはないだろう。
貴き方に想いを寄せてしまった自分を戒めていたわたくしに、こんな幸せな未来を思い描ける日が来るとは思わなかった。
早くエリアス様へ愛の言葉を告げたいが、わたくし達の関係を公に出来るその日まで我慢しなくては。今はただ、愛しい彼の身体に腕を回し、強く抱きしめる。
可愛いジュジュは、私の腕の中で幸せそうに笑っている。今まで見たことがない無邪気な顔に、愛しさが込み上げてきた。
彼女は、私がしてきたことを知らない。
何年もかけて、私を王位に押し上げようとする勢力を一つ一つ、足がつかないように潰してきた。姉は王位に就くべき素質を持っている。王配たる実力を持つ男を彼女の伴侶に選別し、彼らの夫婦仲が良好であるよう気を配った。時が満ちて、やっと姉の立太子が決まった。それと同時に私が臣籍降下できるよう、手はずを整える。
愛しいジュジュには婚約者がいたが、結婚する前に準備が整ったことに、心底安堵した。
そうして、あの晩、私が自分で媚薬を飲んでジュジュの前に姿を現したことを、きみは知らない。同情を誘い、誘惑する私に震える手を差し出してくれたきみの華奢な身体を貪った。
生まれた時から皆に愛され、望む物を与えられ、何不自由なく生きてきた私が欲した唯一は、ジュジュ、きみただ一人だった。
きみを永遠に愛し、慈しむことを、私は誓おう。
数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。
ブックマーク、評価、いいね、どれもとても嬉しいです。
ご指摘のありました 姉君→姉 妊娠月数、修正いたしました。