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第8話

 翌朝、守流まもるは、拓人たくとと一緒に学校に向かっていた。

 拓人は午前中は部活の日で、守流はちょうど花壇の水やり担当日だったので、一緒に登校しているのだ。



「じゃあ、喜八きはちは守流のじいちゃんの友達だったのか?」

「そうみたい」


 昨日、喜八から聞いた話をしながら、いつもの道を歩く。

 朝から日差しは強くて、近所の庭木からセミの大合唱が聞こえてくる。

 今日も暑くなりそうだった。



「喜八は偶然こっちの川に来たって言ってたんだろ?」

「うん。山崩れがあったからって」


 勘じいちゃんの住んでいた山は、数年前に集中豪雨で、一部山崩れが起こった。

 みかん畑も被害を受け、川の上流の辺りも崩れたので、流れも随分変わり、従兄弟達と遊んだ細い小川は姿を消してしまった。


 昨日聞いた話では、喜八はその時に濁流に流されて、気づいたらずっと下流の市街地の方にいたという。


「ずっと住処(すみか)にしていた小川が失くなったから、色んな所を転々としてたみたい」

「掃除しながらか?」

「そう。市街地に下りて、川が汚いのにびっくりしたって」


 汚れた川に一人きり。

 その時の喜八の気持ちは、どんなものだったのだろう。

 悲しくなかっただろうか。

 寂しくて、辛くなかっただろうか。




「それにしても、『勘じいちゃん』の名前、久しぶりに聞いたなぁ。前は守流、勘じいちゃん、勘じいちゃんってしょっちゅう話してたのに」


 拓人がそう言うので、守流は驚いて見返した。


「……そうだっけ?」

「そうだよ。忘れたのか? お盆にあれしたとか、正月にこれしたとか、勘じいちゃんの話よくしてたぜ?」


 守流は目を瞬いた。

 勘じいちゃんと過ごすことがとても楽しくて、お盆や正月に山へ行くのが楽しみで堪らなかったことを覚えている。

 それなのに、勘じいちゃんと何をして、何を話したか、殆ど思い出せなかった。


 一昨日、ザリガニを捕まえる事になって、それをきっかけにザリガニ釣りをしたことを思い出したが、他のことはあまり浮かんでこない。


 ……どうして覚えていないのだろう。

 まだ小さかったからだろうか。


 勘じいちゃんが亡くなって、その後山崩れで大変だったから、親戚は以前のようには集まらなくなった。

 思い出の地と縁が薄くなったから、記憶もまた、遠ざかってしまったのだろうか。


 何だか、胸の奥がモヤモヤとした。




 ちょうど橋の上まで来て、二人は足を止めた。

 下を覗くが、そこに喜八の姿はない。


「喜八いないな」

「うん。でも、そういえば夕方以外で見たことないよ」



「おはよう!」


 突然元気な声で挨拶をされて、驚いて視線を戻せば、橋を渡りきった所のゴミ置き場から、町田さんが歩いて来ていた。

 ゴミを出しに行って戻って来るところだろう。

 喜八が用水路から拾い上げるゴミを、町田さんがちゃんと分別して、ゴミの日に出しているのだ。


 挨拶を返し、拓人が用水路を指差した。


「町田さん、喜八は?」

「ああ、別の用水路の掃除をしとるんだろう」

「別の用水路? 他の所も掃除してるの?」

「ずっと同じ所にいたら、不審がる者が出てくるんだと」


 町田さんが言うには、一所ひとところに長くいると、一人で何をしているのだとか、どこの子かだとか、詮索をしてゴミ拾いを止めさせようとするお節介な者が現れるのだという。

 ゴミ拾いをしていることが分かっても、拾ったゴミを放置されては迷惑だと怒る者もいて、ひどい時には、不審な子供だと警察に電話されたこともあるのだとか。

 それで、それを避ける為、一日の内に何ヶ所も短い時間で移動しているらしい。


 水をきれいにするのが河童の役割だと、喜八は言っていた。

 きれいにしたくてもゴミだらけだから、喜八は用水路を自分の手で掃除している。

 それなのに、それもゆっくりさせてやれないなんて…。



「善い行いであっても、おかしな目で見られるのだから、わけの分からん世の中になったもんじゃわい」


 町田さんは、ひとつ溜め息をついて腰を伸ばす。


 守流と拓人は顔を見合わせた。

 町田さんは、誰にでも竹細工を配ることをやめるよう、少し前に保護者会から要請されたらしい。

 誰にでも挨拶をし、児童生徒の登下校をずっと見守ってきたのに、それすらも不審に思う親がいるというから驚きだ。


 喜八のことを度々様子を見守るのは、町田さんなりの気遣いなのかもしれない。




「そんなことより、随分のんびりしているが、学校に間に合うのか?」


 制服と体操服姿の二人を見て、町田さんが言う。


「あっ、やばい! 遅刻する! 走るぞ守流!」


 二人は急いで駆け出す。


 気をつけてな、と後ろから温かな見守りの声が聞こえて、守流も拓人も一度振り向いて手を振った。

 セミの大合唱が、一緒に二人を見送った。




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