第4話
拓人と二人でキハチと話してから、二週間ほど経った。
一学期が終わり、夏休みに入ったところだ。
あの時、キハチの頭に本当に皿がくっついていて、守流と拓人はびっくりした。
頭頂が禿げているのではない。
緑白色の丸く平たい皿が、頭の上に盛り上がってくっついているのだ。
その手触りはつるりとした陶器の皿そのものだが、触れた指先からほんのりと温かみを感じることが、実際に身体の一部である証拠だった。
そして、薄い水の膜があるように湿っていた。
キハチが河童だという事実は衝撃的だったが、守流も拓人も、二人一緒だった為にその場で大騒ぎすることはなかった。
何しろ河童だと告白したキハチが、その後も二人にあれこれ話し掛けながら、当たり前にゴミ拾いを続けるので、毒気を抜かれたのだ。
守流の家の前で別れ際に、『アイツ本当に河童だと思うか?』と拓人に尋ねられ、守流は曖昧な返事しか出来なかった。
その場を離れてしまえば、狐につままれた気分だった。
それで、それから拓人の部活が休みの間、二人は学校の帰り道に用水路に通った。
キハチは毎日そこにいて、二人に嬉しそうに手を振る。
近くに行けば、何気ない会話をせがみ、くだらないことでケタケタと大笑いする。
頭の皿さえ見なければ、キハチは気のいい陽気な少年で、守流も拓人も彼に好意を持った。
そしてその内、キハチが河童であることはどうでも良いことのように思えてきたのだった。
守流は拓人に誘われて、夏休みの三日目の今日、用水路までザリガニを捕りに行く。
夏休み直前に、下校中キハチと話していたら、水の中にザリガニを発見したのだ。
「なあ、本当に行くの?」
「あったりまえじゃん。ザリガニは正義だぜ」
拓人は家から持ってきた虫取り網を振り回す。
何が正義なのか良くわからないが、小学校の頃から変わらず、拓人は虫捕りが好きらしい。
ザリガニは虫ではないが。
前を行く拓人が、チラッと振り返って口を尖らせる。
「それにさ、知らない間に俺より仲のいい友達が出来てるなんて、イヤじゃんか」
「え? 友達って?」
「バカ、守流に俺より仲いい友達ができたら嫌だって言ってんの! キハチのことだよ」
守流はあんぐりと口を開けた。
どこをどう突っ込んでいいのか分からない。
「まったく。俺が部活頑張ってる間に、面白い友達作ってるんだから、ズルいよな」
「べ、別にキハチは友達ってわけじゃ…。それに、拓人だって、部活仲間で仲いい奴出来ただろ」
「そりゃそうだけど、親友は守流だけだし」
守流は何だか、急に体温が上がった気がした。
言った拓人は、足下に落ちている小石を蹴った。
カツ、と軽快な音が響く。
「まあいいや。二学期になったら行事が多くて忙しくなるし、夏休み中にいっぱい遊ぼうぜ」
「……ザリガニ捕りとか、虫捕りとか?」
「公園でサッカーとかな!」
拓人が再び小石を蹴ったので、守流は走って拓人を追い抜き、転がって止まった小石を蹴った。
なんだ、自分だけ子供みたいで置いて行かれたような気がしていたけれど、そうじゃなかったんだ。
皆、急に変わったわけじゃない。
少しずつ変わっていくけれど、それが見えていなかっただけだ。
別に、焦らなくても良かったんだ。
そう思うと、守流の気持ちは晴れて、身体も軽くなった気がした。
用水路では、キハチが今日もゴミ拾いをしていた。
守流達が来たのを見て、嬉しそうに大きく手を振る。
その頭には、今日も古ぼけた麦わら帽子があったが、服装は小綺麗な白のTシャツと青い半ズボンに変わっている。
「あれ? キハチ、それ小学校の体操服じゃんか」
「そうなのか? 町田のじいちゃんが、古着だって言ってくれたんだ」
へへへと笑って、キハチは胸を張って見せる。
町田さんの孫は確か、守流が小学校に入学した時に登校班の班長だった。
あの班長が使っていた体操服をおいてあったのだろうか。
「町田のじいちゃん、『ゴミ拾いして偉いな』って、色んなものくれるんだ」
「町田のじいちゃん、キハチが河童って知ってるのか?」
「うん。見せたもん」
キハチが頭を指差すので、守流と拓人は顔を見合わせた。
「……信じてるのかな?」
「さあ……」
町田さんはしょっちゅう、登下校中の児童を外で見守って挨拶をする。
そのおかげで、この辺りの子供は皆、町田さんを覚えている。
だから竹細工を突然渡してきても、不審者扱いされないのだ。
キハチに古着の体操服をくれたのも、竹細工くらいのつもりなのかもしれない。
この間お茶を差し入れていたこともあり、河童であることを信じているかどうかは別として、キハチに好意的であることは確かなようだ。
少し雑談を交わしたら、拓人はすぐにザリガニを探し始めた。
用水路の中に下りて、この間姿を見た所を中心にそっと近付いて探し始める。
「網じゃなくて、タコ糸とスルメの方が良かったんじゃないかな」
ずっと前に祖父とザリガニを捕ったことを思い出し、守流が思わず呟いた時、キハチと目が合った。
キハチは細い目を、更に糸のように細めて、ニイと口角を上げる。
「マモル、何だか嬉しそうだな」
「え? そうかな…」
「うん! 嬉しそうだ!」
へへへ、とキハチが嬉しそうに笑う。
なんで僕が嬉しそうだとキハチまで嬉しそうにするのだろう。
そんなことをチラリと思ったが、キハチがあんまり嬉しそうに笑うものだから、守流もつられて微笑んだのだった。