最終話
年が明けて、三学期が始まった。
新学期早々に職員室に呼ばれた守流が、呆然とした様子で教室に帰ってきたので、守流の机の側で立ち話をしていた原田と朝美が声を掛ける。
「門脇くん、永井先生の話って何だったの?」
「………立志式で、学年代表で作文発表しろって……」
「え!? すごいな!」
席替えして席が離れたのに、何故か守流の所によく来るようになった原田が、大袈裟に手を叩く。
「書くのあんなに手こずってたのに! それで、どんな壮大な夢を書いたんだ?」
「……夢はまだないから、これから探していくって書いたんだけど」
「へえ?」
原田は不思議そうな顔をしたが、朝美は笑って頷いた。
「なんか門脇くんらしいかも。文集読むのが楽しみ。発表も頑張ってね!」
「う、うん……」
部活なしの日だった拓人と一緒の帰り道、代表になったことを話すと、拓人は手袋をした手の平で、守流の肩をバシバシと叩いた。
「すごいじゃん、守流!」
「イテッ。でも僕、ステージで発表なんてしたことないよ」
「俺だってないよ。やったなー、頑張れよ!」
何が『やったなー』なのか分からないが、拓人はとても嬉しそうで、そんな風に頑張れと応援されると、守流も嬉しくなる。
橋の上に差し掛かり、拓人が思いついた様にガードレールの切れ目から生活道路に降りた。
喜八と一緒に掃除をした用水路は、上部分をアスファルトで蓋をして道路を広げるための工事中だ。
今は鉄筋が格子状に組まれている途中で、その下を水が流れていくのが見える。
年度末には、全て覆われて見えなくなるだろう。
「喜八ー! 守流が学年代表で作文発表するってさー!」
「わあっ! 拓人、何やってんの!」
用水路に向かって叫んだ拓人を、守流は急いで引っ張る。
離れた所で工事をしているおじさん達が怪訝そうに見たので、守流は急いで頭を下げた。
「コラ! 近所迷惑だぞ、何騒いどる!」
「あ、町田さん。聞いてよ、守流がさぁ、今度の立志式で……」
「ちょっと! 誰にでも言わないでよ!」
玄関から出てきた町田さんにも話そうとする拓人を、守流は慌てて引き止めた。
用水路の水は、サラサラと楽し気な音を立てて流れている。
夕飯時、家族四人で鍋を囲みながら、母さんが言った。
「みかん山の小川ね、前とは流れが変わったけど、今は川辺りまで降りられる所もあるみたいよ」
「本当に? じゃあお盆の時に行ってみる」
今年は勘じいちゃんの七周忌で、お盆に合わせて、久しぶりに親戚が集まることになっている。
今は伯父さんが住んでいる勘じいちゃんの家で、皆で勘じいちゃんの思い出を話して、きっとたくさん笑い合うだろう。
勘じいちゃんのことを思い出した今、そこに自分か加われることが、とても嬉しい。
そして、きっと勘じいちゃんも喜んでくれるに違いない。
「みかん山の小川って?」
口をモグモグさせながら望果が尋ねる。
守流は少し考えてから言った。
「従兄弟や勘じいちゃんと遊んだ所。兄ちゃんの大好きな場所なんだ。お盆に、望果も一緒に行くか?」
「うん! うん、行くっ!」
ものすごく嬉しそうに望果が笑って、母さんと父さんも笑った。
二月某日、晴天。
守流の中学校では、立志式が行われた。
二年生二百人余りと、その保護者達が集まり、体育館は厳かな雰囲気で包まれている。
原稿用紙を持ってステージ脇に控えた守流は、ガチガチに緊張していた。
何度か練習はしたが、何せこんなに大勢に注目されて発表するようなことは初めてなのだ。
「門脇、緊張してるな」
「は、はい……」
担任の永井先生が側に来て、守流の顔を覗き込む。
正直、返事をしただけで吐きそうなくらい緊張していた。
「大丈夫だ。間違えても、詰まっても構わない。最後まで一生懸命読んでこい」
力強くそう言われた時、マイクで体育館中に紹介の声が響いた。
「『僕、私の将来の夢』の作文発表。二年生代表、門脇守流」
永井先生が守流の背中を優しく押す。
守流が足を一歩踏み出すと、「頑張れ」と先生の小さな声が聞こえた。
『頑張れ』と、今まで何度応援されたことだろう。
その度に、その応援に応えられない自分が情けなく感じた。
失敗ばかりで、上手く出来ない。
頑張ろうと思っても、どう頑張れば良いか分からない。
どうすれば皆みたいに出来るのか。
どうすれば皆みたいに決められるのか。
自分には何もかも難しくて、毎日がしんどいことばかりだった。
それでも、僕は生きている。
生きていれば、昨日知らなかったことを知り、出来ることを増やし、新しい何かを手に入れることが出来る。
例え、どんなにゆっくりでも。
どれほど失敗しても、他の人と違っても。
自分なりの速さで、やり方で、見つけ、進める。
『マモルは、それでいいよ。大丈夫だよ』
喜八の声が聞こえる。
『守流は、守流でいいんだよ』
勘じいちゃんの声も。
うん。
僕は、僕のまま、頑張るよ。
まだまだ夢は見つからない。
やりたいことがどんなことなのか分からない。
それでも、目の前のことを一生懸命やって、僕は歩いて行く。
失敗しても、上手く出来なくても、僕の生きる力を信じて、僕を応援してくれている人に、「頑張ったよ」と胸を張って言えるように。
そしていつか見つける。
例え他の人から見て、取るに足らないものだったとしても、僕だけの、夢を。
―――僕の進む先に、きっと。
ステージに踏み出した足は震えている。
緊張に喉はカラカラで、口を開いても声を出せる自信はない。
それでも、守流は演台の前に立って、大きく息を吸い、出せるだけの勇気を振り絞って口を開く。
「二年生代表 二年三組 門脇守流
『僕の進む先には』―――」
《 終 》
最後まで読んで下さった皆様にお礼申し上げます。
ありがとうございました!




