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第18話

「お兄ちゃん、一緒にゲームしてよ」


 日曜日、守流まもるの部屋に入ってくるなり望果みかが言った。


「やることあるから、無理」

「え〜! やることって?」

「宿題もあるし、色々……。父さんとやればいいだろ?」


 むう、と望果が口を尖らせた。


「お父さんとやるのつまらないんだもん。お兄ちゃん、最近ちっとも遊んでくれないじゃん。夏休みだって、一緒にプール行ってくれなかったし」


 守流は軽く顔をしかめた。

 確かに去年の夏は、まだ小学生の気分の延長で、母さんと望果と市民プールへ行った。

 しかし、今年はもう小学生の妹と一緒に水遊びする気持ちにはなれなかった。



「中学生は小学生よりもやること多いんだから、忙しいんだよ」

「そんなこと言って、また用水路に行くんでしょ。友達とばっかり遊ばずに、たまには望果とも遊んでよ」

「無理。望果こそ友達と公園にでも行けばいいだろ」

「もう、お兄ちゃんのケチ!」


 言い捨てて、望果はプンスカ怒って部屋を出て行った。


 兄妹仲は悪い方ではないと思うし、それなりにかわいい妹だと思っているが、いつまでも『遊んで』と言われるのは困ったものだ。

 自分でもよく分からないが、以前のようにくっついて遊びたいとは思えない。


 ……望果には理解して(わかって)もらえないが。





 体育大会まで、あと数日というある日。

 体育の授業中、クラス対抗の団体競技の練習をしていた。

 団体競技は長縄で、クラス全員で何回跳べるかを競うものだったが、守流のクラスはなかなか息が合わずに回数が伸びなかった。


「掛け声がバラバラで、タイミングが合わせ辛いんだよ」


 中央に立つ一人が言った。

 せーので全員が声を出していたが、跳ぶ間にズレてくるらしい。

 担任の永井先生が頷いて守流を見た。


「じゃあ、門脇、代表で声掛けしてくれるか」

「えっ! 僕がですか?」

「うん。大きな声で頼むよ」


 突然振られて驚いたが、どうも体育大会実行委員だからという指名らしい。

 戸惑って、並んだクラスメイトを見ると、朝美ともみと目が合った。

 少し心配そうな顔で、こちらを見ている。


 そうだ、そういう役を自分で引き受けたのだと思い至り、守流は気合を入れる。

 大きく息を吸った。


「せーのっ! イチ! ニ! サン!……」


 中学校に入学して、こんなに大きな声を出したのは初めてかもしれない。

 少し恥ずかしかったけど、その後最高記録が出て、何だかクラスが盛り上がった。


 やけにお腹が空いて、その日は給食をおかわりした。




 体育大会二日前。

 放課後、実行委員は運動場に日除けテントを張る手伝いに駆り出された。


 先生の指示通り動いていた守流は、離れた所で入場門を設置しているのに目を止める。

 作業しているのは先生達と、数人の生徒だ。


 入場門には、赤を基調とした大きな鳥が描かれている。

 炎をまとってあるので、鳳凰だろうか。

 そこで守流は、ふと去年と絵が違うことに気付いた。


木戸きどさん、去年って、ドラゴンじゃなかった?」


 入場門を指差して朝美に聞くと、彼女は嬉しそうに頷いた。


「うん、そう。毎年美術部の三年生が描くことになってるんだ。私も美術部だから、来年描くと思う」

「へえ、知らなかった」


 三年美術部の全員で協力して描いたというその絵は、とても迫力があった。

 去年のドラゴンも格好良かったから覚えていたのだ。



 ふと、作業をしている生徒の中に、クラスメイトの原田がいるのに気付いた。

 どうやら生徒達は、生徒会メンバーらしい。

 放課後もこうやって色々仕事をしているのなら、それはクラスの実行委員を兼任するのは大変だっただろう。


 よく見れば、運動場だけでなく、校舎の方でも窓から垂れ幕を垂らす作業をしている。

 プールの方では、立入禁止のコーンを設置したり、トイレへの順路を示す矢印を貼っている生徒もいた。



 何かの行事の度、誰かがこうやって多くの準備を整えていたのかもしれないと、守流は初めて気付いた。

 実行委員を引き受けなければ、今も気付いていなかったかもしれない。




「門脇、最近色んなことを積極的に頑張っているなぁ」


 教室で下校準備をしていると、永井先生が言った。

 朝美は設置された入場門を見に行ったので、教室には守流と先生の二人だけだ。


「そうですか?」

「うん、そう思うよ」

「………今までが色々やらなさすぎたのかも。部活も結局決められなかったし……」


 守流の言葉は尻すぼみになったが、先生は笑顔のままだった。


「人それぞれのペースがあるんだ。門脇は()、色々頑張ってるんだろ。凄いじゃないか」

「僕のペース……」

「門脇は門脇のペースでいいんだ。本番も頑張ろうな」


 言って、永井先生は守流の頭を軽く撫でた。




『守流は守流でいいんだよ』




 頭の中で、勘じいちゃんの声がする。


『誰がなんて言ったって、守流は守流のペースで成長出来る。勘じいちゃんはちゃぁんと知ってるんだ』


 目尻にシワを寄せ、勘じいちゃんはニカッと笑う。


『守流はがんばり屋で、優しい子だ。守流は守流でいいんだよ』



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