表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/26

第14話

 夕方、守流まもるが玄関を入ってサンダルを脱ぐなり、居間から顔を出した望果みかが言った。


「お兄ちゃん、臭い!」


 守流は顔をしかめた。

 帰る時に、掃除中に履いている古い靴は履き替えているし、家の中に入る前に外の水道で手足の泥は落としている。

 それでも、用水路の掃除をして帰ると、すぐに分かるくらい臭いらしい。


「望果、そんなこと言わないの! 守流、お風呂沸かしてあるから、ご飯の前に入ってらっしゃい」

「うん」


 口を尖らせる望果の背を押して、母さんが言う。

 守流は風呂場に直行して、汗と汚れを落とした。




 喜八の前で宣言してから、守流は約束通り、天気の悪い日以外は毎日用水路の掃除に通っている。


 五十メートルそこそこの用水路の掃除なんて、二、三日で出来るだろうと思っていたが、全くもって甘かった。

 用水路の左右の壁際には、背の高い雑草が山と生えていて、それを除去するだけで一苦労だった。

 苦労して引っこ抜けば、底のヘドロと一体化するように沈んでいた、様々なゴミが悪臭と共に浮かび上がってくる。

 最初は、それを拾うのも随分勇気がいった。


 嬉しかったのは、掃除を手伝い始めた日に、部活帰りの拓人たくとが守流を見つけ、「何だよ、俺も誘えよ!」と言って参加を宣言したことだ。


 部活や塾がない日は一緒に掃除をして、喜八と三人で何やら話しては大笑いしている。

 そうすると、いつの間にかこの時間が楽しいものになってきた。

 更に、きれいになった部分を見ると、達成感と共に、不思議と胸の内が晴れるような、清々しい気分を味わえた。

 面倒だと思っていた夏休みの課題も、上手くまとめられそうな気がした。




「掃除、終わりそうなの?」

「うん、明日には終わると思う。母さん、おかわりしていい?」


 守流が茶碗を持って立ち上がると、望果が不思議そうに首を傾げる。


「お兄ちゃん、最近よく食べるね」

「……お腹空くんだ」


 用水路の掃除は意外に肉体労働で、夕飯前にはお腹ペコペコになるのだ。


「成長期だもの。いっぱい食べなさいよ〜」


 茶碗にご飯をよそう守流を見て、母さんは笑ってお茶を注ぐ。


 用水路の掃除をすると話した時、てっきり嫌な顔をされるかと思ったが、母さんは軽く理由を聞いただけで少しも反対しなかった。

 怪我をしないよう、気をつけるように言われただけだ。


 実際、掃除を初めて今日で十日経ったが、臭いと文句を言うのは望果だけで、母さんは毎日当たり前に泥で汚れた服を洗ってくれていた。

 嫌がるどころか、なぜか嬉しそうにも見える。


 守流は二杯目のご飯を頬張りながら、やはり親は、子供が家でゴロゴロしているよりも、目標を持って動いている方が嬉しいのかもしれないと思った。





 翌日、喜八と、部活が休みの拓人と三人で、最後の用水路掃除をした。

 町田さんも、道路端でゴミの分別をしてくれている。


「ここが終わったらどうするんだ?」

「別の川を掃除するよ」


 拓人の質問に、喜八は当たり前に答える。



 守流たちは、別の用水路までは手伝いに行かない。

 町田さんにも止められたのだ。

 守流達はまだ義務教育中の未成年で、何をするにも親や大人の理解や助けが必要だ。

 ここの用水路掃除は、校区内で家からも近く、町田さんが活動を助けてくれているから出来た。

 しかし、別の場所へ行けば、また別の大人の理解を得なくてはならなくなる。


 清掃活動が楽しくなっていた守流は、少し腑に落ちないような気持ちにもなった。

 しかし、確かに夏休みに清掃こればかりしているわけにもいかず、上手く活動を続ける方法も思いつかなかったので、ひとまず今回は、この用水路の清掃が完了した時点でやめることにした。



「別の川に行っても、夏休みが終わっても、マモルとタクトがここを通る時は、遊びに来るよ!」


 へへへ、と喜八が笑う。

 守流もホッとして笑った。



 用水路の掃除を手伝うと決めた日、勘じいちゃんのことを忘れていると、守流は正直に喜八に告白した。

 しかし、守流が想像していたように、喜八はがっかりはしなかった。

 ただ『うん、そっか』と答えただけだ。


 告白ついでに、勘じいちゃんのことを教えてもらおうと思ったのだが、喜八は何も教えてくれなかった。


『マモルが自分で思い出して』


 喜八はそう言った。


『でも、……思い出せないかもしれない』

『それでも、オレは教えられない』

『……何で?』


 古ぼけた麦わら帽子を大事そうに撫でて、喜八は笑って言った。


『カンシチの夢だもん』




 勘じいちゃんの夢って、どういうことなんだろう。

 聞きたくても、それ以上はどうしても喜八は教えてくれないのだった。


 いつか思い出せるのだろうか。

 守流がぼんやりと考えた時だった。


「お兄ちゃーん!」

「あれ、望果みか。母さんも……」


 橋の上から母さんと望果が手を振っていた。


「きゃっ!」


 ……え? 『きゃっ』?

 ぱしゃんと水の音がして、守流と拓人は振り返った。

 しかし、さっきまで喜八が立っていた所には誰もいない。


「あれ? 喜八?」


 周りを見ても喜八はいない。

 水の中に姿を消したらしい。



「あら? 拓人くんだけ? 三人って聞いてたけど……」

「え?……あ、ちょっと用があって家に帰ってる……」


 母さん達が近くまで来て聞くので、そう答えて誤魔化した。

 どうやら出掛けていた帰りに寄ったらしい。

 差し入れだと冷たい飲み物を渡して、町田さんと少し話すと、母さん達はすぐに帰って行った。



「び、びっくりしたぁ……」


 いつの間にか戻って来ていた喜八は、胸を押さえている。


「何だよ喜八、何で消えたんだ?」

「だって、チヤコいたもん」

「え? 母さん?」


 喜八は顔を赤くして、にへっと笑った。


「チヤコ、オレの()()()()だもんね」

「「はあぁ~!?」」


 守流と拓人の声が同時に響いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ