第13話
守流は道を歩きながら、喜八に何と話をしようか考えていた。
勘じいちゃんのことを、たくさん忘れていること。
勘じいちゃんとケンカをしたまま、仲直りもせずに逝かせてしまったということ。
喜八は勘じいちゃんのことを今でも大切に思っているのに、こんなことを話したら、がっかりしないだろうか……。
「あなたまだ小学生でしょう!」
女の人の大きな声が聞こえて、守流は我に返った。
気が付けば、もう橋のそばまで来ていた。
用水路を見下ろせば、生活道路の端に立ったおばさんが、用水路の底で立ち尽くす喜八に、ゴミ拾いをやめて上に上がるようまくし立てていた。
「あの! ゴミ拾いしてるだけなんですけど!」
ガードレールの端から、急いで生活道路に下りた守流は、喜八を見下ろしているおばさんの側へ走った。
「あなた、この子と知り合い? 小学生だけで用水路に入っちゃ駄目だって、ちゃんと学校から注意されてるでしょう!?」
どうもこのおばさんは、喜八が川を掃除している時に湧く、余計な心配や口出しをしてくる大人の一人のようだった。
「僕は中学生だし、一緒にいるから大丈夫です」
「でもあなた、さっきまでこの子一人だったでしょう。ドブ掃除したらこの辺は臭くなるし、ゴミだって、気まぐれに拾って置いておかれちゃ迷惑よ。いつも中途半端で……」
おばさんは近所に住んでいる人なのだろう。
守流は、お腹の底がぐっと押されたような気分になった。
喜八が少しずつしか掃除できないのは、こうやってやめさせようとする大人がいるからだ。
拾ったゴミは、町田さんがちゃんと分別して捨ててくれている。
喜八は、曇りのない善意で川をきれいにしようとしているのに、なんで……。
モヤモヤして、ぐるぐるして、でも守流の思考は定まらなくて、思うように言葉が出ない。
「ちゃんとゴミは私が出しとる」
いつの間にか近くに来ていた町田さんが、おばさんに向って言った。
町田さんとおばさんは顔見知りだったようで、おばさんは町田さんに向かって話し始めた。
「でも、ほら、小学生だけじゃ危ないし、遊びみたいにちょっとずつゴミ拾われちゃあねぇ……」
「私も時々様子を見てるし、奉仕活動なんだから」
二人が話していることを聞きながら、守流は視線を落とした。
ふと、用水路から見上げている喜八と目が合う。
喜八は、『仕方ないよね』というように、ちょっと寂しそうに笑った。
いやだ。
守流はそう感じた。
喜八にあんな顔させるのは嫌だ。
あんな風に、諦めたような顔をさせて。
そしてまた、喜八は一人で黙って何処かに行ってしまうのかも―――。
『守流は、守流でいいんだよ』
風が吹いて、勘じいちゃんの麦わら帽子が揺れた。
『上手く言えなくても、守流が思うように言っていいんだよ……』
「僕が一緒にやる!」
突然、守流は言った。
自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
町田さんとおばさんも、驚いたように守流の方を振り返る。
視線が集まって、一瞬怯んだが、守流はギュウと拳を握る。
「僕が毎日一緒にやります。あっちから、こっちまで」
守流は、上流の水門がある所から、下流の橋の下に柵がある所までを指で示した。
「それから、ゴミの分別も。ドブさらいしたら、ちゃんと放置せずに片付けます。終わるまで、毎日ちゃんとやるし、遊びなんかじゃなくて、えっと……」
言葉に詰まって、目線が泳ぐ。
でも、喜八が見上げているのが分かって、守流は再び口を開く。
「そうだ! これは、学校の宿題でもあって! えと、SDGsに関連することを実践してレポートを書くんだ。環境保全の! だから必要なことで!……中途半端にやめたりしないし、だからっ」
守流は顔をしっかり上げて、おばさんを見た。
「だから、頑張るから、やらせて下さい!」
頭の中に浮かんだことを、勢いで全部言い切った。
血が巡って身体がカッカしたが、言い切ったら頭の中は真っ白になった気がした。
呆然とするおばさんの横で、町田さんがニンマリと笑った。
「責任持って、私も見るから。子供がこんなに頑張るって言ってるんだ。反対する理由があるかね?」
「え?……ああ、まあ、町田さんがそこまで言うなら……」
おばさんは毒気を抜かれたみたいに、小さく首を振りながら歩いて行った。
「マモル」
下から名前を呼ばれて、ぼんやりと立ち尽くしていた守流は目を瞬いた。
視線を落とせば、用水路から見上げる喜八は満面の笑顔だ。
「掃除、これから一緒にやってくれるの?」
「…………うん。宣言しちゃったもん」
「うんっ! 聞いた! 全部聞いた!」
へへへ、と喜八が笑う。
守流はようやく身体の力が抜けて、一緒に笑った。