第12話
夕飯の後、守流が二階の自分の部屋に戻ってぼんやり考え事をしていると、扉がノックされた。
「守流、スイカ食べない?」
「あ、うん、食べる」
部屋に入ってきた母さんの手には、三角に切られたスイカが乗った盆がある。
普段なら、食べるかどうか聞きに来て、食べると答えれば居間に降りておいでと言われるのに、部屋に持って来てくれるなんて珍しい。
「望果は?」
「下でお父さんとテレビゲームしてるわよ」
それで一人分持って上がってくれたのだろうか。
そう思いながら、守流はスイカの尖った先にかぶり付いた。
溢れ出る甘い汁は、変わらない夏の味だ。
「ねえ、守流、母さんに何か話でもあった?」
「え?」
「お父さんが、『守流が何か話したそうに見えたから行ってあげなさい』って言うから」
守流はゴクリとスイカを飲み込む。
夕飯の時、勘じいちゃんのことを母さんに聞こうか迷っていた。
しかし、望果のいるところで母さんと話すと、必ず横から口を挟まれるので、それが嫌でやめたのだ。
父さんは何も言わずに食事をしていたのに、守流が何か言いたそうにしていたのを気付いていたらしい。
「……えっと、勘じいちゃんのことを聞きたくて……」
勘じいちゃんのことを、たくさん忘れている気がする。
それをどう説明すれば良いのか、守流が考えながら口を開けば、母さんはパッと嬉しそうな顔をした。
「やっぱり守流、お祖父ちゃんのこと思い出したのね?」
「え? 思い出した?」
「違うの? この前もお祖父ちゃんのことを聞いてたから、てっきり思い出したのかと……」
「そうじゃなくて。僕が勘じいちゃんのことを忘れてるって、母さんは知ってたの? それって何で?」
やっぱり僕は勘じいちゃんのことを忘れているんだ。
守流はそう思った。
そして、その事実を母さんは知っていたのだ。
母さんは少しだけ困ったような顔になって、珍しく言いづらそうに口を開いた。
「うーん、……お祖父ちゃんが亡くなった時ね、守流、『ごめんなさい』って大泣きしたのよ」
「……え…?」
守流の母方の親戚はとても仲が良く、毎年正月やお盆には、たくさんの親戚が勘じいちゃんの家に集まっていた。
父方の親戚達は疎遠で、祖父母が既に亡くなっていることもあって、正月とお盆に挨拶程度に顔を合わすだけだ。
それで親戚の家と言えば、守流が想像するのは勘じいちゃんの家だった。
毎年お盆でも正月でも、数日泊まって過ごす間、守流はほとんど勘じいちゃんにくっついていた。
下に妹の望果が生まれてからは、特にべったりなのだ。
母さんはどうしたって小さな妹の世話が優先になるし、父さんは毎年正月もお盆も仕事で、母さんと子供達を連れて来た日に一泊だけして帰ってしまう。
それで守流は、従兄弟達と遊ぶ以外はほとんど勘じいちゃんと一緒にいた。
勘じいちゃんも、守流が『勘じいちゃん、勘じいちゃん』と慕ってくれるので、自然と孫の中でも守流を可愛がっていたようだった。
寝る時も隣の布団で寝ていて、早朝に目を覚ます勘じいちゃんの気配で守流が起きると、一緒に畑まで行く。
それこそ、朝から晩までくっついていた。
そんな風に過ごす二人を、親戚も皆、微笑ましく見ていた。
六年前。
守流がまだ小学校二年生の頃だ。
楽しくお盆を過ごし、夕方には父さんが迎えに来て、家に帰るという最終日。
勘じいちゃんとみかん山の小川に行っていた守流は、ぷっくり頬を膨らまして、拗ねて帰って来た。
母さんが理由を聞いても、口を利かない。
こうなると守流が頑ななのを母さんは知っていたので、勘じいちゃんに理由を聞くと、『いらんことを言い過ぎて、怒らせてしまったわい』と、ちょっと困ったように笑っていたという。
結局、仲直りをしないまま、守流達は家に帰った。
そして、その三日後に、勘じいちゃんは亡くなったのだった。
「お祖父ちゃんは持病が悪化してたから、元々お盆の前に入院する予定だったの。でも、お盆の後が良いって言い張ってね」
お盆の後、親戚が皆帰ってから入院した勘じいちゃんは、そのまま調子を悪くして亡くなった。
守流は、自分がひどいことを言ったから、勘じいちゃんは元気がなくなったのだと大泣きしたらしい。
「そうじゃないって、お父さんともちゃんと説明したの。勘じいちゃんは病気でなくなったんだよって。そこは分かってくれたけど、ケンカしてごめんなさいも言ってないって、また泣いて……」
葬式の時には、それこそ伯父や従兄弟も慰めてくれたが、守流はずっと落ち込んだままだった。
一時は体調を崩してしまい、学校を続けて休ませることになった程だ。
心配して、病院に行ったり保健師さんに相談したりしたが、守流は一向に立ち直れなかった。
しかし、四十九日を過ぎた頃、守流の調子は突然上向きになった。
周りが安心した頃、母さんは守流が勘じいちゃんの話を一切しなくなったことに気付いた。
母さんは、スイカの入った皿の横に置いていたおしぼりを手に取って、畳み直した。
「守流はどうも、お祖父ちゃんのことをほとんど忘れてしまったみたいだった」
「……何で」
「分からないわ。もしかしたら、あまりにも辛くて、自衛本能が働いたのかもしれないって保健師さんは言ってた。大切な人を突然亡くしたら、大人だって病んでしまうことがあるって。いつか自然に思い出すことがあるかもしれない、そう言われたから、黙って見守ることにしようって、お父さんと決めたの」
母さんにおしぼりを渡されて、守流は持ったままのスイカから、腕に汁が垂れていることに気付いた。
白いおしぼりに、赤い汁が滲む。
この前、母さんが見せてくれたアルバムの一枚には、従兄弟達とスイカを食べている写真もあった。
きっと、勘じいちゃんともスイカを食べただろう。
それを思い出せないことがひどく悲しくて、守流はスイカの味がする唇を噛んだ。