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第11話

 翌日の夕方、拓人たくとが迎えに来て、守流まもるは用水路へ向かった。


 橋の上に着くと、既に一段下の生活道路には町田さんが出て来ていた。

 用水路沿いの道路端に竹細工のモビールや竹とんぼを並べて、喜八きはちと何やら喋っている。

 きっと新作を見せたくて仕方ないのだろう。

 町田さんは案外、子供みたいなところがある。




 ビュンと勢いのついた音を立てて、拓人の手から新作の竹とんぼが飛んだ。


「すげえ! めちゃくちゃ高く飛んだよ、町田さん!」

「そうだろう、そうだろう!」


 感動する拓人を見て、町田さんは大きく頷いた。

 町田さんの新作竹とんぼは、昔ながらの竹とんぼよりも羽が大きくて、角が丸い。

 トンボの羽を幅広くしたみたいに見える。

 逆に持つ部分の竹ひごは、丸くなくて角があった。


 空き地の草むらに落ちた竹とんぼを拾って、拓人がもう一度飛ばす。

 高く飛んだ竹とんぼを、用水路の底に立った喜八も眩しそうに見上げた。

 守流も、飛び上がった竹とんぼを目で追う。


 青空に弧を描いて落ちる竹とんぼに、勘じいちゃんの声が重なった。



『守流、竹とんぼの飛ばし方にはな、コツがあるんだ』



「……拓人さ、それ、飛ばし方が違うよ」

「飛ばし方? 竹とんぼって、手の平で軸を回転させるだけじゃないのか?」


 守流は、道路端に置かれてあった昔ながらの竹とんぼを手に取った。

 左手の平に軸を据え、右手の指先を添える。

 そのまま、やや下方に右手を素早く滑らせれば、竹とんぼは生命を得たように、ピウと空高く飛び上がる。

 その高さは、新作の竹とんぼを拓人が飛ばしたよりも、やや高い。


 拓人は「すげえ!」と叫び、町田さんは驚いて目を高速で瞬いた。


「さすがマモル! やっぱり竹とんぼ名人だ!」


 喜八が嬉しそうに言って、パチパチと手を叩いた。



 “竹とんぼ名人”


 その呼び名、どこかで聞いた…。


 そう思うと同時に、守流の中に、みかん山の懐かしい風景と、小川の香りがいっぱいに広がった―――。






『守流は竹とんぼ名人だなぁ! 勘じいちゃんより上手いぞ!』


 勘じいちゃんが嬉しそうに笑っている。


 竹とんぼの飛ばし方のコツを教わって、今よりもずっと背の低い守流が、小さな手で素早く右手を滑らせる。

 コツさえ掴めば、子供の手でも、力がなくても、竹とんぼは上へ高く飛ぶのだ。

 コツを教えてくれた勘じいちゃんよりも高く飛ばせて、守流はとっても得意気だった。


 ピウと高く飛んだ竹とんぼが、ポチャンと小川に落ちた。


『あっ! 流されちゃう!』と声を上げた守流に、勘じいちゃんは笑って『大丈夫だ』と言った。

 小川の中央に落ちた竹とんぼは、浅いけれども意外に早い水流に流されて、あっという間に守流と勘じいちゃんの前を通過する……、かと思いきや、まるで磁石に砂鉄が吸い寄せられるように、守流の立っている側までスウと流れてきた。


 それは、あまりにも不自然な動きで、守流はとても驚いたのだが、勘じいちゃんはもの凄く楽しそうに笑いながら、岸近くの川面で揺れる竹とんぼを拾う。


『良かったなぁ、守流。川の守り神が拾ってくれたなぁ』


 温かな手の平が頭の上に乗る。

 勘じいちゃんが誰もいない川に向かって、『ありがとうなぁ』と言う。

 守流は、返事をするように僅かに水面が跳ねるのを確かに見た―――。






 守流は、いま目覚めたように瞬いて、手の甲で目をこする。

 何かを期待したような顔で、こちらをじっと見ていた喜八と、目が合った。


 声を掛けようと守流が口を開きかけた時、町田さんが新作竹とんぼをズイッと目の前に差し出してきた。


「守流くん! こっちも飛ばしてみてくれ!」

「えっ!? あ、ハイ」


 勢いに負けて、新作竹とんぼを受け取り、同じように飛ばしてみる。

 それは、昔ながらの竹とんぼよりもずっと高く、優に二階建ての屋根まで届くほど飛ぶ。

 町田さんは大満足だと言うように大きく頷き、拓人はコツを教えろと横で騒いだ。



 拓人にコツを教える間、喜八は楽しそうに笑っていた。

 そして、守流が声をかけるのを待っているようにも見えた。


「……ねえ、喜八。僕、前に山で君に会ったことあったの?」

「姿は、()()見せてなかったよ」

()()?」

「うん、水の中からずっと見てた。今度姿を見せたら、友達になってくれるかしらと思ってた時に、カンシチが死んじゃったんだ」


 守流は記憶を辿る。


 しかし、ザリガニを捕ったことと、さっき思い出した竹とんぼの事以外、勘じいちゃんと遊んでいたことは、ぼんやりとしか思い出せない。

 まるで記憶にもやが掛かっているように、鮮明には浮かんで来なかった。


「……なんで……」


 ポツリと呟いた守流を、用水路から見上げ、喜八は尋ねた。


「ねえ、マモル。カンシチのこと、覚えてる?」


 その声は、なぜか祈るように聞こえた。



 勘じいちゃんとの大切な思い出を、僕は忘れている……。


 そのことを自覚して、守流は以前のように『うん』と軽く肯定出来なかった。



 拓人が竹とんぼを飛ばした。

 ピウと軽く音を立てて、竹とんぼは高く飛んだ。



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