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第1話

 重い足取りの帰り道。


 中学校の通学路は、途中まで小学校の通学路と被っているので、中学二年に進級した今では、目を瞑っていても歩ける程通い慣れている。

 だからどんなに重い足取りでも、何も考えずに足を動かしてさえいれば、家まで帰り着ける。


 両肩には、無駄に重い通学カバン。

 母さんは、『昔は斜め掛けカバンだったから、片方の肩ばっかり痛くなって大変だったのよ』と言うけれど、母さんが中学の時よりも、教科ごとの参考書や問題集が増えていて、今の方が絶対重いはずだ。



 守流(まもる)は溜め息をついた。

 中学生になってから、急にみんな部活やら塾やらで忙しくなって、放課後公園に集まることがなくなってしまった。

 小学校の時は、日が暮れるまで泥だらけで走り回ってボールを蹴っていたのに。

 今では、たまに帰り道一緒になった時に誘っても、『もうそんな遊び方しないだろ』って鼻で笑われる。


 小学生と中学生で、そんなに違うものなんだろうか。

 守流は曇り空を睨む。


 今でも友達と外で遊びたいと思うのは、おかしいだろうか。

 何だか、自分だけ子供だと言われているようで、恥ずかしいような、情けないような。

 それでいて、別におかしいわけじゃないって、強く反論したいような、モヤモヤとした気分だった。




 足を一歩出した時、アスファルトの上に転がっていた小石に靴の爪先が当たった。

 小石は、カツンと乾いた音を立てて三歩先へ転がる。


 小学校の下校中によく小石を蹴って、友達の拓人(たくと)と、どっちが遠くへ蹴れるか競争した。

 前を歩く女子に怒られても、無視して二人で蹴っていた。


 守流は小石に追いつくと、今度はちゃんと狙って蹴った。

 再びカツンと音を立てて、さっきよりも遠くへ転がる。


 一緒に小石を蹴っていた拓人も、バスケットボールの中学総体に向けて練習に励むとかで、今では毎日部活漬けだ。

 クラスも違って、帰宅部の守流とは全く関わることがない。




 何だか更にむしゃくしゃしてきて、守流は追い付いた小石を三度目蹴った。


 苛立ちを込めたからか、小石はアスファルトを転がらず、カッと高く飛んだ。

 ガードレールを飛び越して、下の川へと消える。



「いてっ!!」



 下から声が聞こえて、守流はドキリとした。

 直後にサァと血の気が引く。


 今歩いていたアスファルトの道路は、幅2メートル程の大きめの用水路の上を、垂直に掛かる橋の部分だ。

 まさか、下の用水路に人がいるなんて思わなかった。


「すみません! 大丈夫ですか!?」

 狙って蹴ったわけではなかったし、走って逃げようかという考えが一瞬頭をよぎったが、それに従うには守流の性分が正直すぎた。


 守流はガードレールから僅かに乗り出すようにして、下を通る用水路を覗いた。




 用水路の中央に、小柄な少年が一人立っていた。




 シミのある白い半袖Tシャツに、ほつれた短パン。

 そこから伸びた白い足は、お世辞にもきれいとは言えない川の水に、ふくら脛まで浸っている。

 どこかで見たことがあるような古い麦わら帽子には、紺色の縁が付いていて、彼はその麦わら帽子の上から両手で頭を押さえていた。



 小さく「いてて…」と呟く声が聞こえて、呆然と見ていた守流は我に返った。

 急いでガードレールの端を擦り抜け、一段下がった用水路に沿った生活道に下りる。


 少年の側の道路の端には、用水路から拾い上げたのであろうゴミが小山を作っていた。

 潰れた空き缶、緑色の藻に染まったペットボトル、伸び放題の雑草に、泥だらけのレジ袋…。

 どうやら少年は、用水路のゴミ拾いをしているらしい。


「ごめん、小石、僕が蹴ったんだ。頭に当たった?」


 年下の少年のようだったので、砕けた口調になって謝った。

 数歩近付くと、鼻を摘みたくなるようなヘドロ臭がした。


「皿、ヒビ入ってないか、見てくれる?」


 大人の身長程ある深さの用水路から、突然少年がそう言って顔を上げる。

 守流を見上げた少年は、垂れた細目で色白なのに、どこか活発そうな雰囲気を持っていた。


「え? 皿?」


 頭を押さえているのに、割れ物なんかどこに持っていたのだろうか。

 怪訝けげんに思った守流の前で、少年は麦わら帽子を取った。


 暫く切り揃えていないようなザンバラ髪の、耳から上の部分をちょんまげに括った少年は、明らかに輪ゴムであろう茶色のゴムを苦労して引っ張った。



 守流はあんぐりと口を開けた。

 頭頂にまとまっていた髪がバラけると、そこには野球ボールくらいの直径の、緑白色の丸く平たい皿が乗っていた。



「ねえ、ヒビ入ってる?」


 麦わら帽子片手に、少年は顎を引き、守流に向かって頭の上を指差して聞いた。




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