こんにちは、あのときのたまごです。
「こんにちは、あのときのたまごです」
訪ねてきた少女はそう言った。
「なんのこと?」
「黄金野原で死にかけのたまごを拾って、マフラーにくるんで隠してくれましたよね」
少女が嬉しそうに巻き直したマフラーは季節外れなもので、見覚えがあった。
四か月くらい前だったか。薬草採りに出かけた先で、たまごを見つけたのは。
「あれは確か、ジシー鳥の卵だったな」
人懐こくて鈍くさいジシー鳥の天敵は密猟者だ。巣は荒らされたあとで、泥まみれのたまごが一つ落ちていた。
「私です。おかげさまで無事に生まれ、大きくなりました。お礼をしたくて探しました」
「どういう趣旨の悪戯かな?」
「イタズラじゃありません。恩返しです。私こう見えて、料理洗濯掃除できます。薬師さん、一人暮らしですよね。私がいると便利ですよ」
鼻息荒く売り込む少女をまじまじと見た。栗色の長い髪、肌つやの良さや洋服の上等さからも、暮らしぶりがうかがえた。家なき子ではなさそうだ。
「お礼なら言葉で十分。わざわざありがとう。じゃあこれで」
「待ってください。せめて今日だけお料理を。材料持ってきました」
提げているバスケットを得意げに見せた。
「いま仕事が立て込んでるんだ」
「だからお手伝いを」
「ありがた迷惑です」
「ひどい。たまごを助けてくれた優しい人だと思ったのに」
「気まぐれだよ。あのたまご、もう孵らないって分かってたし。ごめんね」
「孵りました、私です」
まだ言い張るか。
「哺乳類でしょ、君は。たまごから生まれない。お家の人が心配してるよ、帰りなさい。送ってくから」
少女は慌てて転びそうになった。咄嗟に手を伸ばして受け止めた。
「あ、あの……」
青くした顔を今度は赤くして、少女は自分のお腹に添えられている手にモジモジした。
「君、やっぱりニセモノだね。おヘソがある」
小さな窪みを指でなぞると、少女はひゃうっと変な声を上げた。
脱兎のごとく飛び帰った少女は翌日、哺乳類の父親と謝りにきた。
「薬師さま、娘がご迷惑をおかけしました」
少女が保護した『あのときのたまご』は結局孵ることがなかったそうだ。
「それじゃ薬師さまが悲しむんじゃないかと思ったようで」
「そうでしたか。優しい子ですね」
たまごのことなどすっかり忘れていた私とは大違いだ。苦笑して、ありがとうと言うと少女は泣きそうな顔をした。