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2.

高校2年生の春、登校初日。


在校生や新入生に紛れ満開の桜が並ぶ通学路を歩き英俊高校に登校した俺は、職員室に直行した。


昨日、親と挨拶に来た時にそのように言われたからだ。


そして今、2年5組の教室の前で転校生として朝のホームルームで紹介されるのを待っている。

この手の行事は中学時代に似たことがあったから、特に不安や緊張はない。


姫には俺が入るクラスを伝えていない。

俺も朝、職員室で聞かされたばかりだからだ。

もしかしたら、姫と同じクラスかもしれない。

そう思うと自然と身が強ばった。


「それでは、入ってきてください」


担任の教師の声が教室の中から聞こえ、それに応えるように扉を開ける。

全員の視線が俺に集まるのを感じた。ちなみに姫の姿はなかった。


クラスメイトの反応は普通といった感じ。

全員が可もなく不可もなくという印象を抱いてそう。

それとは別に、多くの男子生徒からは落胆の雰囲気が感じ取れるけど、それは俺が男である限りどうしようもないことだ。


担任からの紹介の受け、無難な挨拶をする。

姫から聞いていた通り、学力が高い高校だけあって、飛び抜けておかしな生徒はいなさそうだ。


自己紹介が無事に終わると、担任に促され空いている席へと腰を下ろし、近くのクラスメイトと軽い挨拶を交わし、担任の話に耳を傾ける。


話の内容は、新学年の新学期が始まったばかりとあって、クラス委員長や委員会を決める時間を近々設けるといったことで、特に聞き逃しても大丈夫そうだった。


ホームルームが終わると、1限目までに少し時間があったから、鞄に入れてあった教科書を机の中に移す。


机の上に置いた鞄から机の引き出しへ、無心になって教科書を移していると、机に影が落ちた。


「ねえねえ、酒井くんだよね?」


「え?」


気安い感じにかけられた声に視線を上げると、物腰が柔らかそうな男子生徒が笑みを浮かべながらこちらを見ていた。


「あ、もしかして、ナベか?」


「そうそう。覚えててくれたんだね。久しぶり」


ナベは、俺が覚えていたことが嬉しかったらしく、屈託のない笑顔になる。


渡辺拓史(わたなべたくし)、小学校時代のクラスメイトでそんなに絡みはなかったけど、普通に話もしていた良い奴って印象の生徒だ。


「ナベ、久しぶりだな。ここで会うなんて思ってなかったよ」


「僕もだよ。転校生が来るって聞いていたけど、まさか酒井くんだなんて思わなかった」


旧友との再開に、口調も自然なものへと変わる。


「それにしてもよく俺だってわかったな。

まぁ俺もナベだってすぐ気づいたし、お互い様だけど」


「いやいや、僕らの学年で酒井くんを忘れる人なんていないよ。それに、中学の時だって酒井くんの名前は結構耳にしてたからね」


ん? 中学の時?


「マジ? そんな語られるほど悪いことしてないと思うんだけどな。

うちのクラス、結構治安良かったし。

隣のクラスの荒井や高野の方がヤバかったぞ」


「え? ああ、うん。

あの人達は中学でも、先生達に目を付けられていたよ」


「はは。やっぱそうだよな。

ところで、ナベ以外にもこの学校に来てる同じ小学校の奴っているのか?」


久しぶりの同級生との会話に胸が弾むのを感じた。

やっぱ地元っていいなと実感する。

もしかしたら、姫やナベ以外にも知り合いがいるかもしれない。


「うーん。同じ中学出身なら何人もいるけど、小学校からってなると、僕と倉敷さんだけじゃないかな。

あれ? 酒井くん、倉敷さんがこの学校にいること知らない?

酒井くんがこの学校に来たのって、倉敷さんがいるからでしょ?」


ナベの質問の聞き方が気になった。

なんでナベは俺がこの学校を選んだ理由を知ってるんだ?


「......なあナベ、なんで俺がこの学校に姫がいるって知ってると思ったんだ?」


「その姫って呼び方変えてないんだね。久しぶりに聞いたよ。懐かしいな......」


過去を思い出して笑うナベの姿に、むず痒い気持ちになる。


小学校以来姫呼びを口にしたのは姫と電話する時だけで、その姫も普通に受け入れていたから大丈夫だと思っていたけど、どうやら認識を変える必要がありそうだ。

と言っても、今更姫呼びを変えるつもりはないけど。


「それよりも、なんで姫がこの学校にいるのを俺が知ってると思ったんだよ?」


話が脱線しそうだったから、念を押すようにもう一度同じ質問を繰り返す。


「だって、倉敷さんとずっと手紙のやり取りしてたんでしょ?」


「な!? ......なんでそれを......姫か。あいつ......」


そういうのは内緒でやるもんじゃないのかよ。


「あ、でも、たぶん倉敷さんが広めたんじゃないと思うよ」


広まってるのかよ!


「......じゃあ、誰が広めたんだよ?」


「誰っていうか噂話として流れてきたんだよ。

小学校の時から倉敷さん人気あったからね。

たぶん倉敷さんも、最初は友達と内緒話のつもりでしたんだと思うよ」


......それが一番有り得るか。

姫はそういうの言いふらすタイプじゃないし。

でもちょっと迂闊過ぎだろ。


「でも、結果的にその話が倉敷さんの男避けになったんだよ」


「男避け?手紙のやり取りがか?」


「うん。倉敷さん、人気あるって言ったでしょ?

中学入って結構告白されたんだよ。酒井くん知らなかった?」


想像はしてたけど、そんなこと一言も書いてなかったぞ。


「......初めて聞いた」


「じゃあ、酒井くんに心配かけたくなくて、あえて書かなかったんだろうね」


「......まぁ、そうだろうな」


ナベの俺に対して気を使うような言葉の選び方から、俺が姫を好きなことにはすでに気づいてそうだ。

まぁ姫と同じ高校に来たって時点で、好きだって言ってるようなもんだけど。


「それで、倉敷さんは全部の告白を断ったんだよ。

好きな人がいるからって」


「............」


姫に好きな人がいる。


ナベが発した言葉に体が強ばった。


いるだろうとは思っていた。


でも事実として言葉にされると、その相手は誰なのかと知りたい気持ちと不安な気持ちが押し寄せてくる。


俺だったら嬉しい。


でも、そうじゃなかったら......


「ねえ、酒井くん聞いてる?」


ナベの呼びかけで、沈みかけていた意識が浮上する。


「......悪い、考え事してた。それでどうなった?

姫の好きな人探しでも始まったとか?」


ちゃんとナベの話を聞いてるアピールをしつつ、話の先を促す。


「そうそう。だけど、それって倉敷さんが教えてくれないとわからないじゃん。

だからヒントが欲しいってお願いしたら、渋々だけど教えてくれたんだって」


「へぇ。そのヒントってなんだったんだ?」


内心ドキドキが止まらいけど、顔に出さないように平常心を意識する。


その際なんとなく周りを見たら、聞き耳を立ててるクラスメイトが結構いることに気づいた。


姫が人気だからか単に恋愛話に興味があるからかはわからないけど、当事者としては何ともむず痒い状況だ。それにしても......


ナベのやつ、楽しんでるな。


語り手であるナベも今の状況に気づいているようで、あえて焦らすような話し方をして聞き手の気を引いているようだ。


「ヒントは『この学校にはいない』だったらしいよ」


姫の好きな相手は、姫の通う中学校にはいない?


「え?それって......」


「いいね。その反応が見たかったよ」


ナベのしたり顔を見て、一瞬浮つきかけた気持ちを引き戻す。


「......茶化すなよ」


「ごめんごめん。それで倉敷さんの出したヒントを聞いた人の反応がおもしろいように2つに分かれたんだよね」


「......それってどんな反応だったんだ?」


「『倉敷さんの出したヒントは嘘だ』という反応と、『倉敷さんの好きな相手がわかった』っていう反応だよ。


ちなみに、酒井くんがさっきした反応は、後者のわかった人達と同じ反応だね。


そして、後者の人達に共通しているのは、倉敷さんと同じ小学校の出身者」


「......なるほどな」


ここまで言われればさすがに理解する。

語るナベのニヤついた表情は癪だけど、俺の知らない姫の話には興味があるし、なにより楽しい。


まぁそう思えるのも、姫の好きな相手が誰かわかったからなんだけどさ。


うん。聞いておいてとてもむず痒い。


「そして、駄目押しとばかりに出た噂話が、最初に話した手紙のやり取りの話ってわけ。

好きな相手が中学校にいないっていう話に信憑性を持たせたんだよ」


「そういうことか......」


ナベの言っていた。俺のいない中学校で俺の名前をよく耳にした理由は、姫の好きな相手が......ってことか。


「その話が出た時、僕らの小学校出身で倉敷さんに好意を持ってた人達はみんな諦めたんだよ。無理だって思ったんじゃないかな」


「なんで諦めたんだ? いや、諦めてくれてよかったけどさ......」


ただ、純粋な好奇心で聞いてみたけど、ナベの表情が呆れの混じったものになる。


「いやいや無理でしょ。毎日あんな空気撒き散らしておいて自覚なかったの?

離れても手紙のやり取りしてるなんて知ったら誰だって諦めると思うよ」


「......え。なんか、ごめん」


「あ、僕こそごめん。

えっと、それくらい二人の間に入るのは無理だって、みんな思ってたんだよ」


「そっか。そんなことがあったんだな......」


ん? その話の流れだと......


「なあ、ナベ。もしかして、姫は手紙のやり取りをしていた相手の名前って言ってないんじゃないか?」


「え? うん、確か言ってないよ」


「でもお前、俺と姫がやり取りしてるって......おい、騙したな?」


ナベの口元がニヤリと上がる。


「予想はついてたからね。ただ裏付けを取っただけだよ。

酒井くんは倉敷さんの好きな相手がわかって、僕は話の確証が取れた。それでいいじゃん?」


「まぁ確かに......。

でもナベも見ない間に随分としたたかになったよな」


小学校の時はただ物腰の柔らかい男子ってイメージだった。


「僕は元々こういう性格だよ。酒井くんが知らなかっただけさ」


「はっきり言ったな。なんか怖いぞ」


おいおい、ナベって実はヤバいやつなんじゃないのか?

悪いやつじゃないのはわかるけど。


「大丈夫。僕は酒井くんの味方だよ。

 厳密にいうと倉敷さんの味方だけどね」


「え? それってどういう意味だ?」


「そのままの意味だよ。あ、そろそろ授業始まるね。じゃあ酒井くん、これからよろしくね」


色々含みを持たせたまま、ナベは笑顔で自分の席へ戻っていった。


転校初日の朝から、新しく知った情報が多すぎて頭がうまく回らなし、会話を聞いていたクラスメイトからは好奇の目を向けられている。


それでも悪い気分じゃないのは、さっきナベから聞いた中学校時代の姫の話のおかげだろう。



1限目の終わりからクラスメイトからの質問攻めにあうことになった。

内容のほとんどが姫関係の話。

やはり高校でも姫の人気は高いようだ。


俺と姫の関係について、取り調べのように追求してくるクラスメイトをはぐらかしながら会話している姿を、ナベが自分の席からニコニコしながら眺めていたのが無性に腹立たしかった。


「ねえ酒井くん、お昼どうするの?」


午前の授業が全て終わると、朝のことなんて何もなかったかのようにナベが話しかけてきた。


「弁当持ってきてないから食堂に行くつもりだけど、ナベは?」


「僕は弁当だけど、せっかくだし酒井くんと食堂で食べるよ」


「いいのか? いつも一緒に食べてるやつがいるんだろ?」


「また連絡しとくから大丈夫だよ。じゃあ、行こっか」


「わかった」


連絡しとくってことは、ナベはいつも他のクラスのやつと食べてるってことか?


「酒井くんは明日からもずっと食堂いくの?」


「ん? ああ。前行ってた高校は食堂がなかったんだよ。だからしばらくは食堂を使う予定だな」


「ふぅん。そうなんだね」


「おい。聞いといて反応薄過ぎじゃないか?」


「ははは。酒井くんから突っ込まれるなんて光栄だなぁ」


「......ホントいい性格してるよ」



2年の教室は校舎の2階、西側から1組2組と始まり直線に6組まで並んでいる。

食堂への道は3組と4組の間にある連絡通路を使うのが一番早い。

だから4組の角を連絡通路の方へ曲がろうとしたら、ナベに腕を掴まれた。


「ん? どうした? こっち行くんだろ?」


「酒井くん、せっかくだし倉敷さんに会いに行こうよ」


「はい?」


ナベからの突然の申し出に困惑する。

確か姫のクラスは2組だ。

顔を合わせるくらいならそんな時間は掛からないけど......


「......嫌だよ」


だって、そんな急に......まだ心の準備ができてない。


「なんでさ? 感動の再会に僕も立ち会わせてよ」


こいつ......


「......絶対嫌だ。ほら、さっさと行くぞ」


ナベの腕を掴み、無理矢理にでも引っ張っていこうと力を込める。

だけど天はナベに味方したようだ。


「あ、ほら! 酒井くん、倉敷さんが出てきたよ」


ナベが嬉しそうな顔で俺の腕をくいくいと引っ張ってくる。


「っ!?」


それにつられて顔を上げた瞬間、視界に映ったその姿に息を飲んだ。


サラサラの長いプラチナブロンドの髪、クリっとした大きく可愛らしい青色の瞳、透き通るような白く綺麗な肌。


数年間ずっと写真の姿だけを眺めてきた。

だけど写真とは比べようがないほど可憐で、可愛いく、魅力的な女の子がそこにいた。


「ちょっと酒井くん。見惚れてないで、ほら、行くよ」


「あ、ああ」


茶化されてるとわかっていても上手く返すことができない。

ナベに手を引かれるまま連れて行かれる姿は、さぞ情けなく映っているだろう。


だけどそれ程までに俺は、一瞬にして姫のその姿に心を奪われてしまったのだ。


しかし数歩進んだ先で、俺はその足を止めることになった。


視線の先、目に映った光景に心が、体が、そこに近づくことを拒否したからだ。


姫が教室から出てきてすぐ、連なるように出てきた男子が姫に声を掛け、振り返った姫はそれに笑顔で応じ笑い合った。


久しぶりに見た姫の笑顔は、目を奪われるくらい可愛くて、魅力的で......

だけどそれは俺じゃない誰かに向けられたものだった。


正直お似合いだと思った。思ってしまった。


イケメンと美少女、2人は悔しいくらい絵になっていた。


無理だ。俺はあそこへは行けない。行きたくない。


「......ナベ、悪い。やっぱ行くのは無しだ。食堂に行こう」


「え? 今さら何言ってるの? 往生際が悪いよ。ほら」


ナベが俺の腕を引っ張って連れて行こうとするのを、腕を掴み返し抵抗する。

ふざけ合いのフリなんかじゃない本気の抵抗で。


「ナベ、本当に無しだ。頼む」


「酒井くん......うん。ごめん、わかったよ。食堂に行こう」


ナベは俺の顔を見ると何かを察し力を緩め、諦めの意を示してくれた。

どうやら今の俺はナベが気を遣ってくれるほど酷い顔をしているらしい。


「悪い、助かるよ。じゃあ、行こう」


「うん。そうだね」


掴んでいたナベの腕を離し、2人で来た道を引き返し、連絡通路へと歩を進める。



俺はバカだ。


ナベの話を聞いて完全に浮かれていた。


ナベの話は中学時代のものだ。


だけど俺達はもう高校生だ。


環境も人も変わっている。


それなのに、なんで姫の気持ちは変わってないと思っていたんだ。

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