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1.

物語に登場するヒーローになりたい。


小学3年生の頃、そんな夢を持っていた俺、酒井隼人(さかいはやと)は一人の女の子を見つけ心が震えた。


プラチナブロンドの綺麗な長い髪、ぱっちりとした青色の大きな目と長いまつ毛、白い肌。


他のクラスと合同で行われた体育の授業で、初めて彼女を見た瞬間自分の夢が叶うんじゃないかと期待に胸を踊らせた。


だって彼女は、アニメや絵本に登場するお姫様と同じ姿をしていたのだから。




4年生に上がった時のクラス替えで、幸運なことに彼女と同じクラスになった。


進級した登校初日、教室で一人ぽつんと座る彼女を見つけ、同じクラスになったことを知った俺は早速彼女に声をかけた。


「俺、酒井隼人っていうんだ。よろしく!」


「え? あ、わ、私、倉敷(くらしき)マヤって言います。その、よろしく、お願いします......」


倉敷マヤ、そう名乗った彼女はいきなり話しかけられたことに肩をビクッと震わせながら自分の名前を口にした。


当時の俺は、そんな彼女の不安そうな姿にヒーローの助けを待つお姫様の姿を重ね合わせ、彼女は本物のお姫様なんだと本気で思っていた。


そして姫を守るのはヒーローの役目。


「なあ、俺に姫を守らせて欲しいんだけどいいか?」


俺は倉敷マヤを姫を呼び、彼女のことを守らせて欲しいと本人にお願いした。


「え? 姫? ......誰のこと?」


突然姫と呼ばれキョロキョロと左右に首を振ったあと、顔をかしげる姫。


その仕草を見た俺は、姫は自分の正体を隠しているのだと気づき、姫にだけ聞こえるように顔を近づけ小声で話した。


「大丈夫だ。俺は全部分かってるから隠さなくていいぞ」


「っ!?」


俺の言葉で顔が真っ赤になった姫の姿に、図星を付けたとニヤリ笑う。


「それでどうだ? 姫のこと守らせてくれるか?」


姫は少し考える素振りを見せたあと、意を決したように俺へと視線を向けた。


「......私、お姫様じゃない、です。けど、あの、私と友達になってくれますか?」


友達というのは少し違う気がするけど、姫の近くにいれるなら何でもいいと思った。


「いいよ、友達になろう。じゃあ、俺と姫は今日から友達な!」


俺の返事を聞いて姫の顔にパッと笑顔の花が咲いた。


「う、うん! よろしくね!

えっと......ごめんなさい。名前忘れちゃった......」


「酒井隼人だ。隼人でいいよ」


「隼人くん......隼人くん......よし。うん! もう絶対忘れない!」


俺の名前を噛み締めるように繰り返したあと、姫は嬉しそうに満面の笑みでそう言った。





姫と友達になってから一年以上が経った。


最初こそ俺の姫呼びに対して苦言を呈していた姫だけど、無駄とわかったのか、いつからか何も言わなくなった。

俺も5年生になる頃には、倉敷マヤはお姫様じゃないってことはわかっていたけど、今更呼び方変えようなんて思えなくて、姫呼びを続けていた。


「隼人くん、ありがとう」


そんな学校からの帰り道、唐突に姫からお礼を言われた。


「え? いきなりどうした? 俺、何かやったっけ?」


心当たりがない俺は、相当にマヌケな面をしていたのだろう。

俺の顔を見た姫は、ニマニマした笑みを浮かべながら口を開く。


「隼人くんが私にしてくれたこと、全部に対してのお礼だよ」


最初の頃に比べて笑顔をよく見せるようになった姫。

その中でも今俺に向けらている笑顔は夕焼けに照らされていることもあって、普段よりもすごく綺麗で思わず目を奪われてしまった。


だけど、そんな姿を姫に見られたくなくて、誤魔化すようになんでもないフリして会話を続けた。


「......それは俺がヒーローになる為にやったことだよ。姫だって知ってるだろ?」


ヒーローになりたい為に姫に声をかけた。

その辺の話はもう姫に話している。


結果的にそのことで、友達が一人もいなかった姫に沢山の友達ができた訳だけど、それは俺のおかげなんかじゃなくて、姫が頑張った結果だと思う。


「うん、そうなんだけどさ。それでも、私は隼人くんのおかげだと思うんだ。だから、隼人くん、ありがとう」


もう一度お礼を告げた姫の顔はやっぱり綺麗で咄嗟に顔を逸らしてしまう。


「まぁ......姫がそう思うなら好きにしたらいいよ」


「うん!」


そんな俺の行動には一切触れず、姫はただ嬉しそうに頷いた。



姫の周りには4年生になったばかりの時とは比べものにならないくらい、沢山の人が集まるようになった。


姫の日本人離れした容姿に話しかけるのを躊躇していた人達が、俺と会話する姫を見て話しかけてくるようになったからだ。


友達の輪の中で笑い合う姫の姿を見ると、机で一人寂しそうにしていたあの姫がと、感慨深い気持ちになる反面、もう以前のようにずっと一緒にはいられないのだと寂しい気持ちになる。


でもそんな俺の気持ちに気づいているみたいに、姫は友達の誘いを断ってまで俺と2人で過ごす時間を必ず作ってくれた。


そういう姫の優しさに触れるたびに、俺と姫の関係は以前と変わらない特別なものなのだと思えて嬉しい気持ちになった。


俺と姫の関係は少しずつ変化しながらも、このままずっと続いていくものだと思っていた。だけど......


別れは突然やってきた。





小学校も卒業間近の時、父親の転勤で俺は小学校卒業と同時に他県に引っ越すことになった。


姫と同じ中学校に行くことができない。


そのことを伝えた時の姫の顔は、今でも鮮明に覚えている。


「......え? だって、中学校に行っても一緒だって、隼人くんそう言ったじゃん......」


「ごめん。俺も昨日いきなり父さんに言われたんだ。まさかこんなことになるなんて......姫、ホントにごめん」


さっき見た姫の悲痛な表情が目に浮かび、ちゃんと姫の顔を見ることができなくなった俺は、目線を下げながら謝罪の言葉を口にする。


「嫌だよ。私、隼人くんがいてくれないと。

私のこと、置いていかないでよ」


「姫はもう一人じゃない。みんなだっているんだ。大丈夫だよ」


「違うよ。大丈夫なんかじゃないよ。隼人くんがいないと嫌だよ」


こういう時は俺がしっかり支えないと。


そんな気持ちでずっと弱い部分を隠して気丈に振舞ってきた。


だけど青い瞳いっぱいに涙を浮かべた悲しそうな表情を見た時、姫への気持ちを隠しきれなくなって、絶対吐くまいと思っていた弱い本音が零れ出てしまった。


「俺だって......姫と一緒いたい。......離れたくない。

でも、ダメだった。父さんに行きたくないってお願いしたけど、ダメだったんだ......。

姫、ごめん。ずっと一緒にいれなくて......ごめん」


「隼人......くん?」



口に出すと感情が込み上げてきて涙が出そうになる。

でも、姫にそんな姿を見せたくなくて、流すまいと必死に堪える。


姫が驚いた表情でこちらを見ている。

思えば自分の本音、姫への気持ちや弱音を口にするのは初めてだ。

姫には強くて頼りになる男だと思って欲しかったから、そういうことは絶対口にしなかった。

でも、一度口にしてしまった本音を止める術を持っていなかった俺の口からは、姫への想いが次から次へと溢れ出してくる。


「姫と一緒にいるようになって、姫が笑ってくれるのが嬉しかった。


姫にたくさんの友達ができて、姫の喜ぶ姿が見れて嬉しかった。


だけど、姫と一緒にいる時間が少なくなって悲しかった。


だから、姫が俺と離れるのが寂しいって言った時、すげー嬉しかった。


姫も俺と気持ちなんだってわかって、ホントに嬉しかった。


だから......同じなんだ。姫とずっと一緒にいたい。姫と離れたくない......」


途中から流れる涙を止めることができなくなった。

せめて顔を見られないようにと、左腕で視界を隠して想いを告げた。


すると体に軽い衝撃を受け、俺の体を包むように腕が背中に回された。


心地良い締め付け具合に、視界を隠すように押さえていた左腕を外すと、よく見慣れたプラチナブロンドの髪がすぐ近くにあった。


「え? ......姫?」


「嬉しい......。隼人くんも私と同じ気持ちだったんだね。

隼人くん、そういうこと何も言わないから、私だけかもってすっごく不安だったんだよ」


ぎゅっと腕に力を込め、俺の胸へ顔を押し込んだ姫の声からは、さっきまでの悲愴な雰囲気は感じられない。

そんな姫と同じように俺も抱き締めると、姫の髪からシャンプーの香りがした。


「姫の髪、いい匂いだな」


「っ!?」


なにげなく思ったことをそのまま口にして、自分がやらかしたことに気づいた。


「あの、姫、今のは無しで......」


「......ばか」


回した腕に更に力を込め、胸に埋めた頭をぐりぐりと押しつけるように動かす姫。

そんな行動が可愛く思えて、片方の手で髪を優しく撫でる。


「......手紙、書くから」


「うん......私も......」


この後、小学校を卒業した俺は他県の中学校へ。

姫は地元の中学校へとそれぞれ進学していく。


当時は恥ずかしくて言えなかったけど、この時の俺は姫のことが好きだった。

そして姫も、俺のことが好きだったと思う。


もしもこの時、自分の気持ちを姫に伝え、恋人同士になることができていたら、こんな思いを抱くこともなかったのかもしれない。


結局全てがタラレバの話ではあるけど。




他県で始まった中学校生活は、それなりに楽しかった。

馬鹿をやって笑い合える友達もできたし、文化祭、修学旅行とイベントも楽しかった。

だけどどんなイベントよりも姫との手紙のやり取りが一番楽しかった。


月に1、2回程度のやり取り。

毎日のように顔を合わせていた小学校の時と比べると物足りないと感じてしまう。


だけど、手紙には手紙の良さがあった。


毎回丁寧に綴られた手紙には、姫の近況や悩んでいること、感じていることなどが書かれていて、姫の内面を知ることができた。


そしてイベントがある月の手紙には写真が添えられてきた。


クラスマッチや文化祭で撮った写真。

小学校時代の友達や中学校で新しくできた友達と一緒に写る姫は贔屓目抜きで一番可愛かった。


そして姫は月を追うごとにどんどん綺麗になっていった。

それこそ俺となんて不釣り合いと思ってしまう程に。



高校進学を考え始める時期がやってきた。


姫の手紙には英俊高校に行くと書いてあった。

調べてみると、英俊高校はあの辺の地域では有名な進学校で偏差値も結構高い。


姫の手紙には、俺はどこの高校に行くの?という一文があり、俺の地域の英俊高校よりレベルの高い高校の名前を書いた。


見栄を張った訳じゃない。実際に俺の成績はかなり高くなった。

姫と会えない寂しさを埋める為、また、姫に失望されたくないと、空いた時間のほとんどを勉強に費やしていたからだ。


やっぱり隼人くんはすごいね! さすが私のヒーローだよ!


次に届いた手紙には、俺を褒める内容のことが多く書かれていて、中でもこの一文は、俺を更なる勉強漬けの日々へと陥れた。


それからも手紙のやり取りは続き、俺達はお互いの志望校に受かり高校生になった。


高校生になりスマホを手に入れた俺達は、手紙でのやり取りを止めて、メッセージアプリでのやり取りを始めた。


約3年間、月1、2回のだったやり取りが毎日に変わり、手紙のような深さは無くなってしまったけど、他愛のないやり取りに、俺と姫の関係が変わっていないことが感じられて嬉しかった。


俺の突出して語ることのない高校生活と違い、姫は高校でも人気者みたいで新しい友達もたくさんできたようだ。


姫の容姿を鑑みれば当たり前のことだけど、俺と姫の距離がどんどん離れていく気がして、焦りや虚しさが募る日々が増えていった。


俺と姫の関係ってなんだろう?


ふと、そんなことを考えるようになった。


俺は姫が好きだ。

小学校の頃から変わらないこの気持ちが恋なのだと、離れたことで、はっきりと自覚できた。


姫はどう思ってくれているのだろう?


小学校時代の俺と姫は両想いだったと思う。


だけど、中学でも、高校でも、姫の前にはたくさんの男子が現れたはずだ。


その中には、俺なんて霞んでしまう程の男だっていたと思う。


そんな日々を過ごす中で、俺への感情が変化しているかもしれない。

今のメッセージのやり取りだって、友達とやっている感覚なのかもしれない。


恐い。


辛い。


痛い。


苦しい。


でも、この気持ちは表には出せない。

姫を困らせたくないし、姫に嫌われたくないから。



高校1年生の時、再度父親の転勤が決まった。


場所は小学校時代を過ごした地元。


そのことを姫に伝えると、英俊高校に来てほしいと誘われ、転入試験を受けることなった。


結果は合格。


俺は高校2年生の春から英俊高校に通うことが決まった。

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