第9話:こんなコードネームは絶対に嫌よ!
テーブルに置かれたそれぞれのメモ。
身を乗り出して見つめるアンナとアビー。
「ちょっと何よ、これ!」
「どうかしました?」
「どうかしました? じゃないわよ! こんなコードネームは絶対に嫌よ!」
アビーのメモを掴み、アンナはアビーの眼前に突き付けた。
そのメモにはアビーらしい3つの名前が書かれている。
・不思議の森のくまさん
・ピンキーファンシー
・ハチミツとシュガー
「どれも可愛いじゃないですか! 強いて選ぶなら『ハチミツとシュガー』かと。音読したときの響きが良いと思うんです」
「ちょっと。なんでこの3つから選ぶのが前提になってるのよ。アタシが考えた案もあるでしょ!」
「……却下です。アンナちゃんの考えた案は可愛くないです」
アンナのメモにはこう書かれていた。
・創造神ぶん殴り隊
・氷と爆弾
・最強ハンターズ
「どれも良い名前でしょ。アタシは『創造神ぶん殴り隊』が良いと思うわ!」
どちらもお互いの案が良いと主張して一歩も譲らない。
無駄な主張合戦が続き、一向に意見はまとまらなかった。
「一方通行な議論を続けても埒が明かないので、コイントスで勝った方が好きな名前を付けられるっていうのはどうでしょう?」
「いいわね! じゃあ、アタシがコインを投げるから裏か表か言って。アビーが当てたら好きな名前を選ぶといいわ。もし外れたら、アタシが選ぶから」
「わかりました」
アビーが同意したところで、アンナがジャケットのポケットから銀貨を取り出した。
そして、それを親指で上に弾くと右手の甲と左手で瞬時に挟んだ。
「裏? 表?」
「……裏、いえ、表で!」
アビーが左手を上げると銀貨の裏が見えた。
うなだれるアビー。
両手を上げてガッツポーズをするアンナ。
「じゃあ、アタシたちのコードネームは『創造神ぶん殴り隊』で決まりね!」
「……わかりました」
不服そうなアビーだが、勝負に負けたのだからしょうがない。
肩を落としつつ、書類を手にする。
「あ、いたいた。書類は書けましたか?」
ラウンジに入って来たシノが手を振りながらアンナとアビーのもとへ歩いてきた。
シノは第2班で事務員として働く召喚者。
年齢はアンナとより3つ上の23歳だが、しっかり者だからか実年齢以上に見られることが多い。
「シノさん。遅くなってすみません。今書いているので……」
「私はもう勤務終了時間なので、夜勤の事務員に渡していただければ本日中に手続きできますよ」
「アンナちゃん。私が書類を提出しておきますから、シノさんと出かけてください」
「あら、いいの? っていうか、アビーも一緒に飲みに行きましょうよ。最近、女子寮の近くに召喚者が経営している美味しい居酒屋ができたのよ」
「いえ、私はまだお酒が飲めない年齢なので」
「それってアビーの世界での法律でしょ? この世界だと18歳から飲酒できるんだから、アビーが飲んでも問題ないわよ」
「あと数か月で20歳ですから、20歳になったら飲むことにします」
「変な意地張っちゃって。まあいいわ。そのときはぱーっと飲みましょ」
「わかりました。シノさん、アンナちゃんをお願いします。泥酔しないように見張っておいてくださいね」
「はい。いつものようにしっかりと監視しておきます」
ビシッと敬礼するシノ。
アビーのほうが年下なのに保護者みたい。
シノはそう思ったが、言うとアンナが激しく否定すると思って言わずにおいた。
「それじゃ、行きましょ、シノ」
アンナはそういうとシノを連れてラウンジを出ていった。
姿が見えなくなるまでその後姿を見ていたアビー。
ふっと小さく息を吐くと再度書類に目を向ける。
「あら、これって……」
書類を凝視するアビー。
どうしたものかとしばし思案すると、「今日中に提出しないといけないから」とペンを走らせた。
◆◆◆◆◆◆
第21局、第2班事務室。
いつものようにアンナとアビーが班長の前に立っている。
「コードネームの件だが、上層部から連絡がきた」
「そういえば、そんな制度あったわね」
種類の提出から10日が経った。
アンナは日々の出動に追われ、コードネームのことなどすっかり忘れていた。
「言うまでもないと思うが、第一希望は却下された」
「なんでよ! 良いネーミングだったじゃない!」
「迷惑な存在ではあるが、一応はこの世界の神だ。いたずらに神を刺激するような名前はダメだと判断された」
「ちょっと待って、第一希望って言わなかった?」
「ああ、書類には他のチームと同じ名前が申請されたときのために、第3希望まで記入するように書かれていただろう」
班長の説明を受けて驚くアンナ。
何か言いたげに口をパクパクさせながら、アビーを見る。
アビーは少しも動じずにアンナを見た。
「あ、言うの忘れてました。アンナちゃんがシノさんと出かけた後に気が付いたので、私の方で残りふたつを記入しておいたんですよ」
「そんなの聞いてないわよ!」
「だから、言うの忘れたと言ってるじゃないですか」
ふたりのやり取りを制するように班長がひとつ咳ばらいをした。
「ちなみに第2希望も却下された」
「なんでですか!」
「あきらかにふざけていると判断されたようだ。私も同意見だ」
明らかに不服そうな顔のアビー。
「ちなみになんて名前で提出したのよ?」
「『不思議の森のくまさん』ですけど」
「……今回ばかりは上層部の判断に感謝だわ」
ふーっと顎の汗を手の甲で拭うようなリアクションをとるアンナ。
「それで結局、私たちのコードネームはどうなったんですか?」
「第3希望が通った」
「アビーの考えた案じゃ期待できそうにないわね……」
アンナが絶望的な表情で班長を見た。
班長はお構いなしに話を続ける。
「今日からお前たちのコードネームは『アイス・ボム』だ。とはいえ、第2班はお前たちしか実戦部隊はいないからな。任務はこれまで通りだ」
班長がアビーに任命書を手渡すと、ふたりの存在を認知していないかのように書類に目を通し始めた。
「アンナちゃん? 怒ってますか? 勝手に残りふたつを申請してしまって」
「『アイス・ボム』ならまあ良いんじゃない? アイスはアタシのことで、ボムはアビーのことでしょ? ふたりの特徴がわかる名前になっているから悪くはないわね」
「よかったです! じゃあ、これからもふたりで頑張りましょうね!」
キラキラしたアビーの微笑みに、気恥ずかしくなるアンナ。
ふんと顔を振って誤魔化した。
「ほら、次の任務に行くわよ!」
アンナは返事を待たずにスタスタを歩き出す。
アビーはいつものようにその後を追った。
『創造神ぶん殴り隊』と『不思議の森のくまさん』にならなくて本当に良かった。
デスクワークするシノをはじめとした事務員たちは心からそう思った。