第6話:嫁に仕返しできるわ!
「おばあさん、聞こえる? クマの無線機を拾って!」
上空からではおばあさんが無線機を拾ったか目視できない。
アンナは何度も呼びかけるしかなかった。
何度目の呼びかけだろうか。
アンナの耳元に女性の声が聞こえてきた。
「もしもし? あなたはどなたかしら? ここはどこなの?」
どうやらおばあさんが無線機を拾ったようだ。
アンナは少し安堵し、また話を続ける。
「ここはあなたの住んでいた世界とは別の世界なの! 神が勝手に連れてきたのよ」
「ほかの世界? 何を言ってるの?」
「いいから信じて!」
「そんな話が信じられるわけないでしょ。きっと私が寝ている間にこんなところに連れ出して置き去りにしたのね」
信じないのも無理はないかとアンナは思った。
もし、自分がアビーのいた世界に急に召喚されたとしても、その事実をすぐには受け止められないだろう。
アンナは「ここが違う世界」ということを認識させることは諦めた。
それより優先させることがある。
「おばあさん! 後ろを見て!」
「後ろ? キャ! なにこれ?」
「それはあなたのスキルよ!」
「すきる?」
「スキルじゃわからないか……。そう、あなたに神が与えた新しい力よ! それのせいでたくさんの人が苦しめられてるの!」
「あら、植物に捕まってるわね。みなさん、大丈夫かしら?」
このおばあさんは案外肝が据わってるわね。
アンナはそう思うと同時にこれはうまく収拾できるのではと思った。
「自動発動型は不安や恐怖、怒りなんかの強い感情が引き金になる場合が多いの! こんな状況で無理なこと頼むけど、落ち着いて、平常心を取り戻すの。そうね、深呼吸とかしてみて」
「これが私の力なの?」
「そうよ。いきなりこんなことになって混乱してるのはわかるわ!」
「私がこんなことを……」
「あなたのせいじゃないわ! 全部、神が悪いのよ!」
「こんなことって……」
「ちょっと、おばあさん? 大丈夫?」
老婆からの返答はそこで途絶えてしまった。
無理もないことだ。
巨大で異形のスキルほど、それを自分のものだと認識するのは時間がかかるし、恐怖心で冷静でいられなくなる。
もともと交渉ごとは苦手なアンナだ。
これ以上は誠心誠意、お願いするしかない。
「おばあさん! お願い! アタシのことを信じて!」
まだおばあさんからの返答はない。
これはダメかと思ったその時。
「どなたか知らないけど。これが私の力なのね?」
おばあさんが答えた。
「そうよ! さっきも言ったように……」
「これが私の力……」
「ちょっと、おばあさん! 落ち着いて」
「ふふふふふふふ。これがあれば……」
「おばあさん?」
「これがあれば、あの憎ったらしい嫁に……嫁に仕返しできるわ!」
「え? 嫁?」
「そうよ! 嫁よ! いつもネチネチと私に嫌がらせする、あの嫁よ!」
おばあさんの感情に呼応するようにツルが次々と生えてくる。
安全圏内だったアンナのいる場所にも迫ってきていた。
「ちょっと落ち着いて! ここに嫁はいないわ!」
「よ、嫁~!」
「このままだと、この広場どころか、この都市がツルで崩壊するかもしれないわね……。しょうがないわ! 説得がきかない場合は次の手段よ!」
アンナは意を決すると、ホウキを走らせた。
基本的に実力行使にほとんど抵抗はないが、相手が高齢の、しかも女性だと、さすがのアンナも楽しめる状況ではなかった。
できれば被害は最小限にとどめたい。
アンナはツルを躱しながら、老婆に可能な限り接近する。
そして老婆に向かって右手をかざす。
『凍てつく 巨人の掌握!』
アンナが呪文を唱えると、ツルの根元の左右に2本の巨大な氷の腕が現れた。
その手がツルの根元をぎゅっと握りしめる。
掴まれたツルはそこから凍り始めた。だが、ツルは長く、被害者がいる先端まで凍ることはなかった。
「な、なに? 私の力が!」
「欲が出過ぎたようね。ここは気が動転して暴走したってことにしてあげる」
「何を言ってるの? あなたも私をいじめるつもり?」
老婆が叫ぶと、違う場所から新たなツルが伸び始める。
「ちょっ! まだやる気? しょうがない!」
アンナは右手を老婆の少し上に向ける。
『凍てつく 鶏の卵!』
パキパキと氷が軋むような音とともに、老婆の頭上に拳サイズの氷ができる。
滞空能力を持たない氷はそのまま老婆の頭に落下。
老婆はその衝撃で気を失った。
すると、思うがままに伸びていたツルが逆再生のように縮んでいった。
その様子を見たアンナは短くため息をついた。
「アンナちゃん……結局、実力行使でしたね」
「しょうがないでしょ。このおばあさん、自分のスキルを自覚した途端に暴走し始めたんだから。私は女子供でも暴走して人に迷惑かける奴には情けをかけない主義なの! 異論は認めないわ!」
「いえ、実力行使は別にいいんですけど……」
「なによ?」
「アンナちゃんって眠りの魔法も使えましたよね? おばあさんの頭に氷をぶつけて失神させる必要はなかったのでは?」
アビーの指摘に、ハッとするアンナ。
「これでまた報酬は減額ですね」
「うっさい! おばあさんの『保護』をしたら、被害者の救助に行くわよ! 観衆がアタシたちの行動に納得してくれてれば、おばあさんを失神させたことも正当化できるはずよ!」
「……すごい開き直り」
アビーの指摘を聞き流し、アンナは倒れている老婆のもとへと歩き出した。
アビーはいつものように、その後を追いかけるように歩き始めた。