第3話:この報告書はなんだ
異世界『ガルド』を創造した神は気まぐれ。
聡明な魔法使いは歴史書にそう記した。
神が平穏な世界にふと思いついたように異物を投げ込み続けるからだ。
ここ数十年は別の世界の住人にスキルに付与して『ガルド』に投じている。
今から30年前、ある召喚者が『ガルド』に大規模な災害をもたらした。
『ガルド』の国々は「神の気まぐれ」に対抗するため、『サモン・ハンターズ』を設立。
召喚者の保護・管理を始めた。
東方の国。イストニア。
そこには比較的新しい『サモン・ハンターズ』の支部・第21局があった。
「この報告書はなんだ。ふざけているのか?」
第21局。第2班事務室。
班長がデスクに置かれた書類を人差し指でトントンと強く叩きながら、アンナとアビーを見上げる。
班長のデスクの前に立つふたり。
アンナは小指で耳をかきながら、明後日の方を見ている。
一方のアビーは行儀よく立ってはいるが、反省の色はなかった。
「別にふざけていませんけど。起こった事実を可愛らしく表現しただけです」
「アビー。それがふざけているんだ」
「心外です。報告書なんて読むのが苦痛なものを楽しく読めるように工夫する。業務上の努力です」
アビーはあからさまに嫌そうな顔をして抗議した。
それを見て、長い溜息をつく班長。
「報告書は俺が整え直して上に提出した。何度も言っているが、これからは普通の報告書を提出するように。そんなことよりも、今回の件でも市民から苦情が届いている。市街地の屋台の破損、住民の負傷は避けろと毎回言っているだろう!」
「班長。お言葉ですが、その件はアンナちゃんの魔法によるものです。私のスキルはターゲット以外に影響は与えません」
「ちょっと、アビー! パートナーのアタシに全責任を押しつける気!?」
「押しつけるも何も事実ですよ、アンナちゃん。だから、班長。私の報酬を減額するのはお門違いもいいところです」
「アビー! アタシの報酬だけ減額させるつもり!」
騒ぎ立てるアンナと冷静に言い返すアビー。
無謀なやり取りが班長の存在を無視して続けられる。
それをこめかみをヒクつかせて聞いている班長。
「いい加減にしろ!」
班長がドンと勢いよくデスクに拳を振り下ろす。
特に驚いた素振りは見せなかったが、ふたりの言い合いは止まった。
「お前たちの使命はなんだ?」
「報酬をもらうこと」
「思いっきり魔法を使うこと」
アビーとアンナが即答するが、どれも班長の望む答えではない。
「違う! お前たちの使命は、創造神が気まぐれに召喚してきた者を保護することだ。創造神はこちらの都合はお構いなしに、変なスキルを付与した者をこの世界に投入し続けている。それがこの世界の秩序を乱すことになんら懸念を示さない。世界の秩序を守り、住民の安全を確保することが我々の使命だ!」
「アビー、変なスキルって言われてるわよ」
「えー私のスキルは可愛いです。それに秩序の混乱だって起こしていません。班長、私のようにこの世界に貢献する召喚者に対して、この世界の国々は差別や偏見を禁止しているはずです。今の発言は法律を犯しているのではないですか? 今の班長の失言は私の胸に収めておきます。その分、今回の任務の報酬を上げていただければと思います」
「……もういい。それともうひとつ。いつも言っていることだが、お前たちのその恰好はどうにかならんか? 他の所員に示しがつかん」
班長がふたりの服装に目を向ける。
アンナは制服である深い紫のジャケットを着ているが、その下はオーバーサイズのTシャツをワンピースのように着用し、腰には例の試験管を収めたベルトを緩く巻いていた。
一方のアビーはジャケットとワイシャツは支給の制服だが、既定のレザーパンツではなくキュロットを履いていた。
「だって、制服だと動きにくいんだもん」
「レザーパンツって動きづらいですし、動くと汗でべっとりして気持ち悪いんです」
「そうそう! あんなの履いて動き回ったら、アタシの脚が汗疹だらけになっちゃうわ。あんなのを制服に指定したやつは、絶対、実戦に出たことないわよね。アタシたちの恰好に不満があるなら、班長から上に言ってよ。もっとマシな制服にしろって」
「あら、アビーちゃん。それはさすがに言い過ぎでは? 上に異を唱えるなんてこと、班長にできるわけないじゃないですか~」
「なによ。アタシは言いたいことは言う主義なの。異論は認めないわ」
アンナたちの不満に、班長はわなわなと肩を震わせた。
「お前たち! いい加減に……」
「はいはい。そこまでにしなさい」
老齢の女性がアンナとアビーの間からデスクに歩み寄る。
彼女は第21局の所長。この事務所の最高責任者だ。
「所長! だってこいつらときたら」
「この不毛な会話は聞き空きました。なんだかんだ言っても、彼女たちは結果を出しています。まあ、同じくらい問題も起こしていますけど。でも、今はこの東方で増えている召喚者の対策が第一優先です」
「むう……」
押し黙る班長に、「ふん」っと勝ち誇ったように鼻を鳴らすアンナ。
「だからと言って、行動のすべてが許されるわけではないのも事実」
「うう……」
「おふたりはもっとスマートに任務を遂行する術を身に付けなさい。くだらない減点評価はいざというときに自分の首を絞めることになりますから。制服の件は私から上に進言しておきます。他の所員の目もありますので、みなさん、実務に戻ってください」
所長はにこやかに笑ってはいるが、目の奥は違っていた。
アビーは所長のことが好きだったが、それと同じくらい怖いと思っていた。
この人を敵に回すと、自分がどんなにスキルを使っても敵わないのではないかと思わせる何かを感じるのだ。
「班長。このふたりに次の任務は?」
「いえ、まだ要請はありません」
「でしたら、アンナとアビーは自宅で待機。班長は実務に戻ってください」
3人は所長の命令にそれぞれ答えた。
「あ、シノさーん。私のデスクにいつもお茶、お願いね」
所長は少し離れた席で事務作業を行っている若い所員に声をかけ、来たときと同じようにアンナとアビーの間を抜けて部屋を出ていった。