第2話:いつ見ても悪趣味なスキルね
アンナが唇をはなすと、アビーの手の甲に『300』と数字が浮かぶ。
その数字は1秒間隔で規則正しくカウントダウンを開始した。
自分の手の甲の数字を確認するアビー。
「いきます!」
「はいはい。頑張って~」
自信ありげなアビーに、アンナは興味なさげに応えた。
アンナとしては、自分の魔法を思いっきり使う機会を失ったことが不満だった。
そんな彼女を気にも留めず、アビーは真っすぐ逃走する男を見つめる。
『ファンシーポッド 展開!』
アビーが通る声でそう告げると、彼女の周囲にミサイルポッドがどこからともなく現れた。
ミサイルポットのフォルムは丸みを帯び、色はショッキングピンク。
側面にはハートやクマのシールが貼られている。
これが子供向けの可愛い洋服ダンスだと言われても、多くの人が納得してしまうような外見だった。
ミサイルポッドはアビーに接していないが、疾走する彼女と等速で進行し、彼女との距離を一定に保っていた。
両腕を前方に差し出すアビー。
両手の人差し指と親指でハート型の輪を作ると、その輪の中に逃走男を捕らえる。
『ターゲット、ロックオン!』
疾走する男は全く気が付かなかったが、その背中にハートマークが浮かぶ。
『威力、スタン……ファイア!』
アビーが高らかに号令をすると、ミサイルポッドからいくつものパペットが飛び出した。
パペットは、手を入れる穴から勢いよくピンク色の噴煙をたなびかせている。
「ってたく。いつ見ても悪趣味なスキルね」
「アンナちゃん。ひどいです。あんなに可愛い子たちなのに」
「可愛い子がターゲットを爆撃するのが悪趣味って言ってるの」
「大丈夫です。スキルを展開すればいつでも復活しますから」
「発射した子に愛着はないってことね……」
「愛着はあります。私のためにその身を犠牲にするのが可愛いんです!」
自信満々に言うアビーに、「うへ」っと舌を出して呆れるアンナ。
彼女たちのどうでもいい会話をよそに、パペットたちは男を追尾する。
後方からクマやウサギ、パンダなどの動物のパペットが迫っていることを目視した男は、今まで以上に蛇行を繰り返して往来の人込みの間をすり抜けていく。
パペットのいくつかはそのトリッキーな動きについて行けず、地面や屋台、往来の人に着弾し、ピンク色の爆煙を上げた。
「ちょっとアビー! 全然当たらないじゃない!」
変わらず疾走を続けるアンナは、迫る爆煙を左手の袖でガードする。
「あれは陽動です」
ピンク色の爆煙に突進したアビーとアンナが飛び出す。
『第二射 砲口修正 ファイア!』
アビーの宣誓で、ミサイルポッドの砲口が真上を向き、先ほどと同じようにパペットたちが飛び出す。
飛び出したパペットたちは一定の高度まで上がると、鋭角な方向転換で上空から男に向かって突き進んでいく。
後方のパペットに夢中な男は上空から迫るクマさんたちには気がつかない。
追尾していた最後のパンダが屋台に着弾。
その様子をしたり顔で見ている男。
直後。
上空からの降下するパペットが男に全弾命中。
「これで終わりね」
爆煙を確認したアンナはホウキを減速させてその場に滞空した。
アビーもその横に留まる。
「あれだけ派手にぶちかましても、ターゲット以外は無傷っていうのが意味わかんないわ」
「かわい子ちゃんたちに非道なことはさせられないですから」
「……そのかわい子ちゃんたちを爆発させてるのは、かなり非道なんですけど」
これまでに起こった爆煙が風に流れていく。
すると、着弾した屋台や地面、往来の人は全くの無傷だった。
例外はターゲットに指定した男だけ。
彼は仰向けに倒れ、だらしなく広げた手足をヒクヒクと痙攣させている。
「アンナちゃん。スタンの効果はあまり長くないので『保護』に向かいましょう」
「はいはい。言っとくけど、『保護』はアタシがやるからね」
アビーの返答を待たずに、アンナは再びホウキを走らせる。
「ほらどいて! どいて! 『サモン・ハンターズ』よ! 邪魔する奴は公務執行妨害で問答無用で氷漬けにするわよ!」
「アンナちゃん。私たちにそこまでの権限はないですけど」
「うっさい。そう言っとけば、こいつら逃げてくでしょ」
倒れた男を取り囲んでいた群衆が少し離れていく。
群衆をかき分けて男のもとにたどり着いた2人。
「で、こいつの罪状って何?」
倒れた男の横にしゃがみ込んだアンナがアビーに振り返る。
アビーはハーフパンツのポケットから手配書を取り出す。
「任務前にも説明しましたよね?」
「忘れたから聞いてんの」
「えーっと。名前……この世界ではハリソンと名乗っているようです。スキルは地面を高速で移動する『滑走』。罪状は窃盗です。スキルを使って屋台の物品や通行人の所持品を盗んでいたようです」
「くだらない。バカな神が付与するスキルの中でも、まともな仕事に活かせそうなスキルなのに。元々ダメな人間だったってことね。とっとと『保護』しちゃいましょ」
アンナはベルトに固定していた試験管を取り出すと、コルク栓を抜いた。
「『サモン・ハンターズ』に与えられた権限で、ハリソンを『保護』するわ!」
アンナは気絶しているハリソンの右手首を掴むと、彼の薬指を試験管に差し込む。
『吸引!』
彼女が宣誓すると、ハリソンは一瞬にして試験管の中へと吸い込まれていく。
そして、試験管の中に小さくなった彼が収められた。
アンナはすくっと立ち上がると、試験管をベルトに戻した。
「はい。任務完了!」
「お疲れ様でした。アンナちゃん。それでは事務所に戻りましょう」
「はあ? 何言ってんのよ、アビー。あんた約束を忘れたわけじゃないわよね。任務が終わったら、ガトーショコラ、クリームのトッピング付きで奢ってくれるんでしょ!」
「もしかして、これから行くんですか?」
「当たり前でしょ。爆煙なんて浴びたから喉が渇いてしょうがないわ。それに魔力を使った後は糖分補給しないとね。ほら、行くわよ!」
アビーの返答を聞かず、アンナはホウキを担いで歩き出す。
「待ってください。アンナちゃん」
アビーがバズーカから降りると、バズーカは「ポン!」と音を立てて霧散した。
ホウキを振って群衆を追い払いながら歩くアンナ。
その後ろをアビーは歩き出した。
ふと思いついた設定を膨らませて書き始めたシリーズです。
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