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第11話:命が惜しくないんですか?

 青年が『春風!』と唱えると、アンナの足元から強風が上空へと吹き荒れた。

 少し冷気を帯びた春一番のような風は、アンナのオーバーサイズのTシャツの裾を大きくめくり上げる。



「ちょ、なによ、これ!? イヤー!」



 アンナは慌ててTシャツの裾を押さえるが、風の勢いが強くて手が添えられない箇所が大きくめくれ上がる。



「やった! これで使命は果たされた!」



 青年は満ち足りた表情で、両手の拳を握りしめてガッツポーズ!

 青年もアンナも気が付いていなかったが、青年の頭上に一瞬だけ「ランクアップ」という文字が浮かんでいた。


 ちなみにアンナのTシャツの下はキャミソールと黒いホットパンツを身に着けているので、下着を晒すことはなかった。

 ホウキに跨り移動をするので、さすがにTシャツの中は下着ということはない。


 風は十数秒で急速に勢いを失っていき、Tシャツのはためきも落ち着いていった。

 下着を晒すことはなかったが、こんな辱めを受けて笑って許せるアンナではない。

 両肩をわなわなと震わせ、顔を真っ赤にしている。

 恥ずかしいのか、怒っているのか、いや、その両方だ。



「ちょっとアンタ! アタシにこんな仕打ちをしてタダで済むと思って……」



 アンナが鋭い目つきで啖呵を切っている途中で、背後から彼女の横をものすごい勢いで横切るなにかがあった。

 アビーだ。


 アビーはその勢いのままに青年を仰向けに転倒させると、彼の胸元を左足で踏みつけた。

 行為はかなり乱暴だが、一連の所作がスムーズで、踏みつける体勢も綺麗な直立の姿勢であった。

 青年は転倒した時に「ぐえ」と情けない声を上げただけで、想定外の出来事にそれ以上のリアクションは取れないようだ。

 だらしなく四肢を芝生に投げ出し、大の字に倒れたままだ。



「お兄さん。私のアンナちゃんになんてことしてくれたんですか? 命が惜しくないんですか?」



 アビーの声色はとても優しいが、青年を見下ろす瞳は輝きを失っていた。

 そんなアビーの所作に青年は恐怖を感じ、パクパクと口を動かすのが精いっぱいだ。


 アビーと青年を少し離れた場所から見ているアンナ。

 いつもは冷静なアビーだけど、キレるとアタシより厄介なのよね……。

 アビーの突飛な行動を目にしたアンナは自分が怒るタイミングを逃してしまい、冷静さを取り戻していた。



「ちょっと、アビー! 召喚者にはまず交渉が鉄則でしょ!?」


「これは正当防衛です。アンナちゃんにあんな下品なことをして、生きていられると思われたら困ります。今ここにいる私たちだけ。報告書をうまく書けば、なんとでも言い訳ができます。もし、このお兄さんが証言したとしても、犯罪者の声を真に受ける者はいません。だから、ここで仕留めるのが良いかと思います」


「アタシは大丈夫だから、下はちゃんとホットパンツを履いてるから。見られても大丈夫だから」



 なんで被害を受けたアタシが、この男のフォローに回ってるんだ?

 別に見られて良いようにホットパンツを履いてるわけじゃないし。

 アンナは疑問に感じたが、ここでアビーをなだめないと事態が進まないと思った。

 いつもは逆の立場なのに、キレる側の方が楽でいいわ。

 アンナは小さくため息をついた。



「アンナちゃんがそう言うなら……。命拾いしましたね、お兄さん。アンナちゃんの寛大な判断に感謝しなさい」



 アビーはしぶしぶとアンナの言うことに従った。

 ただ、踏みつけた足をどかす前に、一瞬だけ強く踏み込んだりはしたが。



「ほら青年! 起き上がりなさい」



 アビーが青年から離れたのを見届けて、アンナが青年に声をかけた。

 青年はアビーを警戒しながら、恐る恐る立ち上がった。

 その様子と身なりを見定めるように見ているアンナ。

 いつもの若い召喚者ね。でも、行動が不可解だから、警戒を緩めるつもりはないけど。


 アンナは小さく『凍てつく、曲芸師の剣』と唱えると、背中に小さな氷の短剣を作り出した。

 万が一、青年が変な行動をした場合に備えるためだ。



「それじゃあ、アビー。いつもの手順で進めましょうか」


「わかりました」



 アンナに促され、アビーが青年にこの状況を説明し始めた。

 青年が異世界に召喚されたこと。

 自分たちの名前、所属している組織のこと。

 そして、青年を『保護』しに来たこと。


 青年は多少驚いていたが、すんなりと現実として受け止めていた。



「やっぱり僕は異世界転移したのか! すげぇ!」


 

 よくいる『異世界妄想家』か。

 青年の反応に、アンナは一瞬だけ嫌そうな顔をした。



「……で、アンタ、名前は?」


「あ、五十嵐次郎って言います」


「いがらしじろう? 長い名前ね」


「五十嵐は苗字ですけど……」


「次郎さん。この世界では苗字を名乗れるのは王族や貴族だけなんです。なので、召喚者として登録する際は名前だけになります」



 アビーが微笑みながら、さりげなくフォローを入れる。

 アビーの丁寧な対応に驚く次郎。

 先ほどの冷酷な表情の人物と同一人物とは思えないのだろう。

 アンナとしては、いつも通りのアビーに戻ってひと安心だった。



「これからはジローって呼ぶわ。それで、ジローはこの公園でなんでスカートめくりなんて、くだらないことしてたのよ?」


「それはこの世界の神様に言われたから」



 ジローの返答に、アンナとアビーは目を丸くしてお互いを見た。

 


「アンタ、神の声を聞いたの?」

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