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第10話:スカートめくりなんです

 第21局に併設されたラウンジは、ランチタイムということもあり賑わっていた。

 基本的には所員のための施設だが、人員がさほど多くないので利益のために一般市民にも開放されている。

 今日はとても天気が良いので、アンナとアビーはオープンテラスの席に着いていた。



「今日のAランチは外れね」



 アンナは根菜メインで肉は申し訳程度しか入っていないクリームシチューをスプーンで軽くかき回しながらぼやいた。

 対面に座るアビーの前にはサンドイッチと紅茶のセットがある。



「『外れ』ってよく言ってますけど、どうしていつもAランチを選ぶんですか?」


「Aランチしかデザートにミニケーキが付かないからよ」


「だったら、普通にパスタとかにしてケーキも頼めばいいのでは?」


「ミニサイズが丁度いいのよ。ランチで普通にケーキを食べて、おやつにもケーキを食べたら、過剰摂取になるじゃない」


「なるほど……」



 「なるほど」とは言ってみたものの納得したわけではない。だが、これ以上、ケーキの話題は生産性がない。

 アビーはなんとなく納得したような返答をして誤魔化した。

 その後、無言で食事を続ける二人。

 と、そこにシノが駆け寄って来た。



「あ、アイス・ボムに、出動要請です!」



 肩で息をするシノに、アビーが空のグラスに水を注いで手渡す。

 シノは頭を小さく動かして礼を告げるとグラスの水を飲み干し、「はー」っと大きく息を吐いた。



「場所はどこですか?」


「西区にある建国記念公園です。」


「どんな召喚者ですか? 被害状況は?」


「召喚者は青年男性。召喚された直後のようで詳しいスキルは不明。被害は女性への痴漢行為です」


「はい? なんて言いました?」


「痴漢行為です」


「これまでたくさんの召喚者を保護してきましたけど、痴漢行為って初めてです」


「私も事務を初めてから、こんな被害は初めてです」



 戸惑いながら、互いを見ているアビーとシノ。

 そこにアンナが口をはさむ。



「で、どんな痴漢行為なの?」


「それが……スカートめくりなんです」


「はぁ? そんなやつ、第1班に任せればいいじゃない。アタシたちの出る幕じゃないわ」


「第1班は先日の任務で重症を負って長期休職中です」


「そうだったわね。ってことは、当分うちの部署に来る任務はアタシたちが全部受けるってこと?」


「いえ、今日付で本部所属のチームが第1班に代理として配属予定ですが、まだ到着しいていなくて」


「わかりました。アンナちゃん、私たちで行きましょう」


「くだらない任務だけど、まあいいわ」



 アンナはミニケーキにフォークを力強く突き刺すと、ひと口でそれを頬張った。

 「紅茶です」とアビーから手渡されたカップを受け取ると、グイッと飲み干す。



「じゃあ、食後の運動がてら、ささっと終わらせましょ」



 アンナはテーブルに立てかけていたホウキに手に取り、いつものように跨った。

 同時にアビーもバズーカを発現させて着席する。



「行ってきます!」


「気をつけてください。民間人を装った所員が召喚者にバレないように利用者の退避と施設封鎖を少しづつ進めています」



 空へと上昇するふたりにシノが叫んだ。

 アンナはリアクションをせず、西に向かってホウキを進める。

 アビーはシノに軽く手を振り、アンナの後を追った。


◆◆◆◆◆◆


 西区の建国記念公園。

 数百年前にエストニアが建国した際に、初代国王がセレモニーを行った場所らしい。その後、円形の公園に整備され、広大な芝生の真ん中に記念碑だけが建つシンプルな施設となっている。

 天気が良い日はその芝生の上で食事や運動を楽しむ家族や恋人などの姿が多く見られるエストニアの人気スポットのひとつだ。


 普段ではありえないほど閑散とした芝生の上を走る青年の姿があった。

 髪は黒の短髪で、ジーンズとジャージのラフな格好。

 年の頃は18歳くらいだろうか。



「なんか人が減ったような気がする。まあ、僕がこんなことしてたら無理もないか。でも、これも世界を救うための使命! 別に僕が変態だからしているわけじゃないんだ! 目標まであとひとり! 頑張るぞ!」



 青年は立ち止まるとキョロキョロと周囲を見渡した。

 彼のターゲットとなる女性の姿がもうどこにもなかった。

 女性だけではない。老若男女がどんどん出口の方へと向かっている。



「あとひとりなのに。外まで追いかけたいけど、この場所じゃないとノーカウントって言われたからなぁ」



 青年はどさっとその場にあぐらをかくと首を垂れた。

 数時間、広い公園を走り回り、見つけた女性のスカートをめくっていた疲労がここに来て体に重くのしかかった。



「こんなことで本当に世界を救えるのかな。いや、ファンタジーものだとよくわかんないスキルで成り上がるのが定番らしい……小説とか読まないから詳しいことは知らないけど」



 手入れの行き届いた芝生を見下ろしながら、青年はひとりぼやいた。


 広場でぽつんと座り込む青年。

 それを遠巻きに見ているふたり。アンナとアビーだ。



「あれが例の召喚者みたいですね。何をしているのでしょうか?」


「女性がいなくなって嘆いてるんじゃない? 大人しくしてるなら好都合よ。さっさと声かけて『保護』しましょ。今から帰ればおやつのケーキに間に合うわ」



 アンナはそう言うと、青年の方へと歩き始めた。



「ちょっと、アンナちゃん。どんなスキルを持っているかわからないので、安易に近づくのは危険です」


「大丈夫よ。スカートめくりしかできないスキルでしょ。大した能力じゃないわ」



 とは言いつつも、アンナは青年から数メートル離れた場所で立ち止まった。

 くだらない任務だわ。

 軽くため息をついた後、雑念を払って青年を見つめた。



「そこの青年! アンタを『保護』しに来たわ! 大人しくこちらの指示に従いなさい!」



 青年はアンナの声にハっと顔を上げた。

 視界に両手を腰にあて仁王立ちするアンナの姿を捉える。



「じょ、じょ、女子だ。これで使命完了だ」



 青年は誰にも聞こえない声量でつぶやくとおもむろに立ち上がる。

 その動作をアンナは自分の指示に従っての行動だと判断した。

 だが、その判断は間違いだった。


 青年は急にアンナの方へ走り出す。

 そしてあと2メートルという距離まで近づくと両手をまるでちゃぶ台をひっくり返すように下から上に大きく振り上げる。



『春風!』



 そして、スキルを発動させる呪文を叫んだ。

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