第1話:細々したやり方は好きじゃないのよ!
「ちょこまかと逃げんじゃないわよ!」
魔法使い・アンナが武骨なホウキにまたがり、地面すれすれを疾走している。
街道は左右に市場の屋台が並び、人の往来もそこそこ多い。
「アンナちゃん、落ち着いて。手配書によると標的の男は『滑走』のスキル保持者です」
アンナに並走するアビーが往来の人を器用によけながら、手配書に目を通している。
アビーの乗り物はホウキではなく、全長1.5メートルほどのバズーカ。
どういう原理かわからないが、バズーカの砲口から勢いよく噴煙が噴射され、それが推進力になっているようだ。
「あーもー追いつくのは諦めた! アイツを止めればいいのよ!」
アンナはホウキを握っていた右手を前方に向ける。
『凍てつく 狼の牙!』
彼女が呪文を唱えると、前方の地面からいびつな円錐形の氷柱がいくつも生える。
そのいくつかは屋台を破壊したり、不運な通行人を吹き飛ばした。
だが、ターゲットの男はスピードスケートを滑るような体勢で蛇行し、それらを上手に避けていく。
「……また始末書ですね」
「うっさい! これは任務遂行のやむ負えない行為よ」
眼前に迫った氷柱を避けながら、2人は男を追走する。
「この街道、どこまで続くのよ。いい加減、突き当りにぶち当たりなさいよ」
「ここは都市の南北一直線に結ぶ、都市最長の街道ですからね」
「ムキー! こうなったらアタシの最大の魔法で前方を焼き尽くすしかないわね」
「アンナちゃん。それだと始末者じゃすまないです。私がアンナちゃんを捕獲して、独房に送ることになります。そうなったら、10日に1度は面会に行ってあげますからね。差し入れは何がいいですか? 刑務所だと煙草が通過として役立つって聞いたことがありますけど。私としては手作りクッキーとかクマのぬいぐるみがいいかな……」
人差し指を下唇にあて、妄想を続けるアビー。
「アビー、うっさい! アタシは細々したやり方は好きじゃないのよ! 相手が人混みを利用して逃走するなら、その人混みごとぶっ飛ばす主義なの! 異論は認めないから!」
「アンナちゃんの主義を通すと世界の半分は焦土と化しますね。でも、このまま追走しても埒が明かないのは事実です。ここは私のスキルで……」
アビーがねだる様な視線でアンナを見つめる。
その視線に明らかに嫌そうな表情をするアンナ。
「いやよ!」
「なんでですか?」
「ここまでアタシをこけにした男には、アタシの鉄槌を食らわせてやるの!」
「えー。始末書を書くことになると報酬が減るんですけど」
アビーの「報酬が減る」という言葉に、アンナはウッと表情を歪めた。
しばしの沈黙。
思案していたアンナは「はー」とため息をついた。
「わかったわよ。アビーのスキル使用を許可するわ」
「ありがとうございます」
「その代わり、アイツを『保護』したら、いつものカフェでガトーショコラを奢ってよ」
「わかりました。アンナちゃんの好きな生クリームのトッピングもサービスで付けます!」
「交渉成立ね。ほら、左手出して」
並走する2人は互いの間隔をギリギリまで詰める。
アビーはアンナに向けて左手を伸ばす。
アンナはその手首を掴む。
「解放時間は?」
「10分もあれば」
「長いわよ。5分でケリをつけて」
「わかりました。その場合、ちょっと手荒になりますよ」
「スタンに抑えてよ。アビーがその気になったら、世界のすべてが焦土と化すわ」
「心外です。私のかわい子ちゃんたちにそんなことさせませんよ」
不満顔のアビーにじと目を向けるアンナ。
気を取り直したアンナはアビーの手の甲に唇を近づける。
『スキル限定解除 制限時間5分』
アンナはそう宣言すると、そっとアビーの手にキスをした。