『第七章~FN-FAL・G2』
ドクター・エラルドが喋っていたが、リッパーの耳にそれは入っていなかった。
しばらくして両肩に重さが加わり、白銀の両腕が元に戻った。九箇所だった排熱部分、ヒートスリットの二つが塞がれて七箇所になっており、肩の細部が少し変わっていた。
背中にも重量がかかり、それで普段通りになった。
リッパーの背中にセットされたのは、三連発から六連発に姿を変えたロングバレルのダブルアクションリボルバー、ベッセル・ストライクガンだった。
リッパーのメインアーム、ベッセル・ストライクガンは全長五十センチ。
グリップ下部から四つのナイフが飛び出る「ストライクファング・システム」と、マズル先端に突き出た打撃兼用の四枚のスタビライザー、スタビライザーの下にある三つの打撃用突起「ショット・プロジェクション」、同じく打撃兼用のフロント・リアサイトの全てが軽量なコンポジット・チタニウム(複合チタン)フレーム一体式で、ロングバレル下部に大きなカウンターウエイト(こちらも打撃用)もあるが重量は一キロ以内で収まる。横からのシルエットは長方形で顔付きは極めて凶暴。
口径はオーバースペックの五十五口径。使用する弾丸は大型ライフル弾を短くした、専用のリボルバータイプである。
ベッセルの使用弾頭は特注の徹甲弾・アーマーピアシングで、軍用ライフル弾を跳ね返す超硬度金属の塊であるハイブの頭脳、カーネルを一撃で破壊出来るように設計されている。精密照準による破壊力を発揮する範囲での実戦データ上の最大射程は、臨界駆動とスクランブルAFCSならば二千五百メートルで、バレットライフルをハンドガンにコンバートしたようなNデバイス専用の特殊携行火器である。開発コードは、IZA-N-VSL6。
Nデバイスの一部でもあるベッセルは普段、リッパーの背中に二挺、セットされる。
右腕のイザナギが制御する、小型アーム付き可動ガイドレールにセットされた二挺のベッセルは、使用する際、グリップ部分をリッパーの顔の横まで移動させてリッパーの両手に収まる。ジャンプアップシステムというこれで、背中から素早く展開されるベッセルは、右手用と左手用でシリンダースイングが逆で、左手用が右肩、右手用が左肩に現れる。使用する際、リッパーは腕を顎の前でクロスさせてグリップを握り、射撃姿勢に入る。左右が逆なのは、大型のベッセルの収納状態から射撃姿勢までのロスタイムを少なくするためで、同時に、展開時の射撃範囲を前方広範囲に向けるためでもある。
ハイブと接敵した際、収納されている状態からのベッセルの一発目、ファーストアタックまでは一秒以内に設定されている。
ジャンプアップシステムはNデバイスの使用者であるリッパーが武器を携行せず、両手を自由に使えるためのものだが、改良前は三発シリンダーで両方合わせても六発だったので、リッパーはサイドアームと護身用にリボルバーを両太股と左脇に合わせて三挺、携行していた。他にポンプアクションでショートバレルのショットガンを二本、バックパックにセットしている。
軍や警察組織の使用するハンドガンは、殆どが伝統的なガスブローバック式の多弾装オートマチックで、砂漠や沼地で使用しても動作不良はほぼないのだが、不発弾などに即時対応できるよう、ベッセルはオートではなくリボルバータイプでNシステムに組み込まれた。リッパー自身も、サイドアームは全てリボルバーやポンプアクションなどの単純でトラブルに対応できるタイプを使用していた。
ジャンプアップシステムの弊害は、服装くらいであった。
ベッセルが背中から肩に移動するので、ベッセルの移動範囲を邪魔する着衣は基本的にはナシで、Tシャツやタンクトップは背中上部分を大きくカットしている。上着などはツーサイズほど大きいものにして、首後ろ周りにスペースを持たせる。砂漠をバイクで移動していたので日除けと防弾を兼ねたマントをつけていたが、こちらもベッセルのグリップが飛び出せるようにスペースを空けていた。バックパックも緩めで、ベッセルがこれを押し上げて移動するようにしてある。ジャンプアップ時のガイドレールの移動速度が速いので、着衣などを巻き込むことは殆どなかった。
背中を覆うようにセットされる二挺のベッセルは防弾も兼ねており、射撃・攻撃体勢でないときの背面狙撃からリッパーを守る。
改良型のベッセルを二挺、背中のガイドレールにセットされたリッパーは、その分、ベッドに沈んだ。両腕、イザナミとイザナギも重量がそれぞれ一キロ程度あるが、こちらはバッテリーで駆動制御されているので、体感重量は生身と殆ど変わらない。二挺のベッセルと両腕を合わせると、四キロほど重量が増えるが、見た目はその倍ほどだった。
ベッセルをセットしたガイドレール周囲の複合チタン装甲部分もイザナミの駆動制御下にあるので、実際はトータルで二キロ増だが、体感はその半分以下だった。
両腕と武装が戻ったリッパーは、背中をカットした白いタンクトップを着た。
両肩のコネクター部分に違和感があったが、これはドクター・エラルドがセッティングを終えていないからである。イザナミの制御が働き、違和感は小さくなった。ベッセルに重さが少しあったが、こちらもイザナミ制御で軽減された。
コアユニットがまだ完全にセットされていないので、両腕、指辺りの反応速度が若干鈍いが、取り合えず動かせるようにはなった。ストレッチ風に両腕を伸ばしたり縮めたりしているうちに、七十カラットで長方形のエメラルドに見えるコアユニットがセットされ、ケーブルの類は全て外された。
ドクター・エラルドはまだコンソールに向かっているが、Nデバイス用の暗号化された専用無線回線でイザナミだがイザナギだかを設定しているらしかった。
コルトがドクター・アオイに向けて喋ってから三分ほど経過していたが、口を開いているのはドクター・エラルドだけで、それは小さい独り言のようなものだった。時間は正午を過ぎていた。長時間、丸腰で丸裸だったリッパーは色々がようやく元に戻ったので、安堵の溜息を吐いた。
「ねえ、コルト? アナタの言うことはどこも間違っていないと思うけど、アオイさんにはアオイさんの事情とか考えとかもあるでしょうから、余りシリアスに考えないほうがいいと思うわよ? コルトの言うことが解らないほど、アオイさんも軽率ではないと思うし、マリーも、そんなところで座ってないで、普段通りにしましょうよ?」
マリーの肩が少し揺れたが、視線はコルトを向いたままだった。
「ヘイヘイ、リッパー。俺はな、お前と一緒っての、悪くない話だと思ってるんだぜ? だがな、リッパーも言ってたろう? 最悪を想定して動くってな。そいつは軍人だとか傭兵だとか、そういうことじゃあないさ。
何も、俺と同じ考えを持てなんて言ってない。クール&リラックスは確かに大事だが、ガンだのナイフだのを持ち歩くんだ、散歩だの観光旅行だのとは違う。まあ、そんな気分で一緒でもいいが、それでもな、一度、現実って奴をきっちり頭に入れておく必要がある。
思想がかったのは俺だって嫌いさ。一人で勝手やってるのが性に合ってるしな。俺が言ったことは万国共通、月だって火星だって同じ、人類共通のって話さ。ノリだのフィーリングだのの以前の話だ。
ドクター・アオイが俺の言ったことを全く理解しなくても、全然別のことを考えても、別にいいさ。ただ、一緒にはいられないって、そんだけだよ」
幾らか普段に戻ったコルトが言うが、声色はまだ鋭い。
「たぶんな……」
ドクター・アオイが口を開いた。口調は相変わらずだった。
「あー、口で説明するの、面倒やわ。そやなー……」
そう言うと、ドクター・アオイは病室の入り口に向かい、スライドしたドアを抜けた。閉じたドアが開くと、外にいた歩兵の一人がドクター・アオイに続いて入ってきた。FN-FAL・G2という重量四キロの大型アサルトライフルを持った歩兵は、それぞれに向けて敬礼した。
それを待ってから、ドクター・アオイが歩兵に耳打ちした。入ってきた歩兵は驚いて「ノー!」と叫んで繰り返した。再び耳打ちしたドクター・アオイは右胸に「IZA」と小さくプリントされた白衣を脱ぎ、コルトの座る長椅子とオズの眠るベッドの中間辺りの壁際に立ち、その一メートルほど前に歩兵が歩いた。それから十秒ほどして、いきなり爆発するような短い破裂音が病室を振るわせた。
リッパーは驚き、ドクター・エラルドも同じく、マリーは床で飛び跳ねて、コルトは叫んで長椅子から飛んだ。
「クソッ! テメー! 何者だ! ぶち殺すぞ!」
コルトは素早く抜いた右のシングルアクションアーミーを歩兵の額に押し当て、叫んでハンマーを起こした。
「いや! あの、ミスター・コルト! 彼女がその、IZA社からの命令と言うので……」
病室の壁に背中を預けたドクター・アオイの、黒いマイクロスカートから伸びる左太股から、血が吹き出していた。
マリーが絶叫して卒倒しそうになり、リッパーは両腕を顎の前でクロスさせ「ジャンプアップ!」と叫んだ。大型カスタムリボルバー、ベッセル二挺の五十五口径マズルが歩兵の後頭部を向いた。
入ってきた歩兵が、FN-FAL・G2アサルトライフルでドクター・アオイの左足を近距離で射撃した、そうだとマリーが気付くのに十秒ほどかかった。
太股を貫通した弾丸は病室の壁に深く刺さり、そこに吹き出した血が飛び散り、壁が真っ赤になっていた。ドクター・アオイの左足も真っ赤で、歩兵との間に血溜まりが出来ている。
リッパーは「フリーズ!」と叫び、ドクター・エラルドは椅子から転げ落ちている。
「死神兄ちゃん、そん人は悪者ちゃうて。ウチがお願いしたんや。兵隊さん? 次はここや」
ドクター・アオイは口調を変えずに自分の左腕を指差した。
「ドクター! 私は!」
アサルトライフルを構えたまま、歩兵が叫んだ。顔が真っ青になっている。
「まあ、ええから。死神兄ちゃん、邪魔やからどいてーや」
言われた歩兵は真っ青な顔でFALを構え直した。
「おい! こいつが見えないってか! トリガーから指を外せ! 三秒だけ待ってやる!」
コルトが右のリボルバーを歩兵の額に突き付けて叫んで、それにリッパーが続いた。
「アナタ! 銃を降ろしなさい! 後ろから頭を狙ってるわよ!」
「リッパーちゃんも、ええて。死神兄ちゃん、鉄砲ひっこめてーな。兵隊さん、困っとるがな。この辺やで? 近いから当たるやろ? かまへんから撃ってーな。えーとな、命令や。IZAて言う会社からのな?」
ドクター・アオイが左腕を横に伸ばした。
「アオイ? 何やってるの! 陸軍! 銃を降ろしなさい! 海兵大佐からの命令よ!」
「わ、私はIZA社からの特命を受けて、その指揮下にあります! ミス・アオイからの命令が優先されて――」
「ふざけてると本当に撃つわよ! ドクター・エラルド! 彼を止めて! イザナギ! 起きてるんでしょう? エイミングコントロール! イザナミ! モードを――」
バン! と大きな破裂音がもう一度響いた。ドクター・アオイの左腕が壁に叩きつけられて、壁に真っ赤なしぶきが張り付いた。
「クソ野郎! 死にたいか? 実はハイブってか?」
コルトは左も抜いて歩兵の額にマズルを向けた。
「死神兄ちゃん、ウチの話、全然聞いてへんやん。兵隊さん、次は――」
「アンタもふざけてるんじゃねー! 黙ってろ! トリガーから指外せって言ったぜ? 耳があるなら言う通りにしやがれ! 貴様が正規の兵でも撃つぞ!」
コルトが左のハンマーを起こし、トリガーを半分引いた。それで歩兵はようやくアサルトライフルから手を離し、スリングで首から吊って両手を挙げた。コルトが右をホルスターに戻し、歩兵からアサルトライフルを取り上げた。
「動くなよ? まばたきもするな! 息も止めろ! 頭をトバすぞ?」
シルバーのシングルアクションアーミーを構えたままコルトが叫びつつ、一歩下がった。歩兵は言われた通り固まり、両手を目一杯天井に向けた。
「マリー! こいつをこの野郎に向けろ!」
ドクター・アオイの太股から吹き出す血を水色のワンピースに浴びたマリーに、コルトがアサルトライフルを差し出す。泣きながら口をぱくぱくさせつつ、それを受け取ったマリーが、コルトに言われた通りアサルトライフルを構えたが、膝から下がずっとがくがぐと震えている。
「貴様! 新手のハイブか? この距離ならカーネルを壊せるぜ?」
「じ、自分は陸軍第七十五連隊所属! 一等曹長です!」
一等曹長と名乗った兵は顎を震わせていた。
「だから何だ? 貴様! 丸腰の民間人を撃ちやがったぞ? しかも二発! ハイブだかスパイだか知らんが、この俺様の目の前でそんなことをして、タダで済むなんて思ってねーだろな?」
再び右のリボルバーを抜いて二挺で構えたまま、コルトが叫んだ。
「そ、その、そちらの女性が、IZAの命令で撃てと! 自分は!」
「命令だあ? 貴様がまともな兵なら、そんなモン無視する筈だ! どこのアサシンだ!」
殺気を撒き散らしながらコルトが兵を睨む。マリーもライフルを構えているが銃口はふらふらと揺れている。リッパーは両手のベッセルを兵の後頭部と背中に固定して、コルトと同じく睨んでいる。
「なあ、死神兄ちゃん。その兵隊さん、敵とか合成人間とかやないて。ウチがお願いしたねん。その人、悪うないから、鉄砲ひっこめてーや」
左足と左手を真っ赤に染めたドクター・アオイがのんびりした調子でコルトに言う。左右のリボルバーを兵の額に向けたまま、コルトはドクター・アオイを見た。
「アンタ! 薬でもやってんのか? お願いしただあ? 死にたいのか!」
「しもうたなー。解り易うなるか思うてたんやけど、ややこしいことになってるやん。エラルド博士ー、どないしたらええんやろか?」
アサルトライフルを近距離で二発撃ち込まれたドクター・アオイが、のんびりした調子のまま、ドクター・エラルドに尋ねた。
「ドクター・アオイ! きみは一体……ミスター・コルト! その兵士は敵ではない! 無論、ハイブでもない! イザナミの策敵はずっと起動したままだから間違いない! リッパーさんもベッセルを戻そう! こんな距離で撃てば彼は粉々になってしまう! ミス・マリーも! ライフルを降ろして!」
ドクター・エラルドが必死に言って、リッパーが応えた。
「ドクター・エラルド! この状況でアナタの言葉に説得力はないわよ? カーネル反応はないからハイブではないでしょうけど、アオイさんが二発も撃たれてる。陸軍! 一等曹長? ブーツのナイフを抜いて床に、ゆっくり下ろして。膝をついて頭の後ろで手を組みなさい!」
リッパーの命令に従って、兵士は膝を付いた。
「すまんなー、兵隊さん。リッパーちゃんも聞いてえや。その人はウチがお願いした通りにしただけやねん。そのデッカイ鉄砲向けるの、やめてーな」
「アオイ? どういうつもり? 頭がおかしくなってるの?」
「せやからごめんて。死神兄ちゃんに解り易う説明出来るかなーて思うてたんやけど、何や、ややこしーなってるやん。その兵隊さんはええ人やから大丈夫やて。エラルド博士も大丈夫言うてるやろ? もう鉄砲も持ってへんし、でっかいナイフも見ての通りやし。マリーちゃんも、みんな鉄砲引っ込めてーな。話出来ひんやん。兵隊さん、すまんなー」
ドクター・アオイが変わらない口調で言い、十秒ほどして、リッパーはベッセルを肩に戻した。それを見たコルトも両手のリボルバーをホルスターに戻し、大きな溜息を吐き、マリーからアサルトライフルを取り上げて、セーフティを掛けた。マリーは再び腰を落とし、膝だの肩だのを震わせて涙をぼろぼろ流しながらコルトとドクター・アオイを交互に見た。
「ヘイ、一等曹長さん。リッパーがガンを降ろしたから俺もそうした。サッパリ意味は解らんが、とりあえずアンタは俺の敵じゃあないらしい。リボルバーを向けて済まないが、そうした理由は解るだろう? オーケイ、楽にしていいぜ。ほら、アンタも一服しな?」
懐から煙草を抜いて、床に腰を落とした兵士に渡した。兵士は汗まみれで真っ青なままゆっくりとそれを咥えて、コルトが差し出したオイルライターから火を貰い、一気に吸い込んで、床に吐き出した。長椅子に戻ったコルトも煙草を咥えて、一本をリッパーに投げてから、火をつけて、ライターもリッパーのベッドに投げた。
マリーの呼吸が荒い。ドクター・エラルドも似たようなものだった。
床にぽたぽたと血を落としながら歩いたドクター・アオイは、自分のカバンから消毒薬と止血剤を取り出して、左腿と左腕にそれを塗って、ガーゼを当てて上から包帯を巻いた。左足と左腕を血で真っ赤に染めたまま、コーヒーブレイクの椅子に座って、真っ赤な左手でマグカップを持ち、コーヒーをすすった。
「ヘイ、ドクター・アオイ。当然、説明してくれるんだろう? アンタ、やってることと言ってることがメチャクチャだぜ?」
コルトは煙草を吹かしながら言った。口調は普段のものに戻っていた。
「ようやっと、ウチの話聞いてくれるようになったな。死神兄ちゃんが言いたいんわ、つまり、こういうことやろ?」
「自分にアサルトライフルを二発も撃たせて、こういうもどういうもないぞ? 相当な出血だが、輸血パック、持ってるんだろ?」
「せやからな、死神兄ちゃんが言いたいんわ、ウチが知らんところでさっきみたいに鉄砲で撃たれたりしとる人が一杯おるて、そういうことやろ? ウチ、鉄砲で撃たれるなんて初めてやけど、都会やとそんなんが一杯やて、そういう話やろ?」
「アンタなあ……そりゃあそうだが、いきなり目の前で人に自分を撃たせる奴なんて、俺は初めてだぜ?」
「だからやー、そんな風にいきなり撃たれてまう人とかも一杯おって、死んでまう人も一杯やて、そういう話やろ?」
コーヒーを飲みながら、ドクター・アオイがのんびり言った。リッパーが溜息を吐いた。
「アオイさん? そういうことは、口で言ってくれれば、コルトだってあたしだって解るわよ。マリーをご覧なさいな。ビックリして腰抜かしてるじゃあないの」
煙草を咥えたままリッパーが、呆れた、と煙を吹いた。
「死神兄ちゃん、怖い顔してたからやー、実際にやらんと話聞いてくれへんて思うたもん。最初な? 死神兄ちゃんに撃ってもらおうかて思うてたんやけど、多分、やってくれへんて思うて、そんで兵隊さんにお願いしたんや。リッパーちゃん、手なかったし、マリーちゃんもエラルド博士も鉄砲持ってなかったし、ウチ、鉄砲の撃ち方とか知らんし、兵隊さんしかおらへんやん」
「ヘイヘイヘイ、アオイさんよう。俺は自分を撃てだなんて一言も言ってないぜ?」
「戦争やってる兵隊さんの気持ちわかれて、言うたやん。そんなん、ウチかて解ってるがな。ウチ、心理学とかも勉強しとるし、テレビやけど、戦争してるの観たこともあるわい。せやけど、死神兄ちゃん、そんなん言うても信じてくれへんやろ? せやからな、目の前で実際にやってみようて、解り易いやろ? ウチかて鉄砲で撃たれるんが怖いくらい知っとるけど、そんなん説明するの面倒やん。痛い目におうてる人が一杯て、ウチ、お医者さんやからそんくらい知っとるけど、それかて胡散臭いとか人事みたいとか言いそうやん。そしたら、兵隊さんにお願いせな、しゃーないやん。兵隊さん、困ってたわ。ウチ、リッパーちゃんと一緒に行け言われたし、エラルド博士が死神兄ちゃんも連れてけ言うから、解り易いかな思うてあんなんしたんや。兵隊さん、ごめんなー。お陰で手間省けたわ」
コルトが長椅子に沈んだ。リッパーは呆れたまま、煙草の灰をテンガロンハットに落とした。ドクター・エラルドは絶句し、マリーは床に座ったまま、目を点にしていた。
「だから、そういうことは口で説明してくれれば、コルトだって解るわよ。まあ、確かに説得力はあるわよ? アオイさんは戦争から遠いところに住んでるけど、戦場がどんななのか解ってるって、そういうことでしょう? だからって、あんな近距離でアサルトライフルを自分に向けろだなんて、一等曹長が困るのは当然よ。彼は正規の陸軍兵士だから、命令に従う義務があるもの。内容がデタラメでも、それが自分より上からなら拒否する権利は基本的にないのよ。上官を撃てだなんて命令も、実際、あるのよ? 機密保持だとか安楽死だとかでね。それを承知してるから、彼は内容がデタラメだと知りつつ、撃つしかなかったの。彼のプレッシャーも考えてよ。
秘密任務で作戦行動中の彼には、IZAの機密保持だって任務に入ってるわよ。だからって、丸腰の女性を撃てだなんて。彼には守る機密を知る権利はないのよ? だったら、そんなデタラメな命令だって、きっと何かの目的がある、自分の仕事だと判断するしかないもの。アナタが頭を狙えとか胸を狙えとか言ったら、彼はそうするしかないのよ? 骨を綺麗に避けてるのは彼のスナイピングが正確だからで、そうでなかったら、ライフル弾で屋内なら、骨が砕けて足だの手だの、弾き飛ぶわよ? 動脈も外してるからそんな出血で収まってるけど、二ミリもずれたら噴水よ? マリーのワンピースが真っ赤じゃあないの。ケイジのラボでブラッドバスだなんて、彼、きっとこのことずーっと悩むわよ?」
コルトのテンガロンハットに自前の腕で煙草の灰を落とし、リッパーは哀れな一等曹長を見た。コルトからの煙草はとっくに崩れている。呆然としたままの一等曹長はリッパーと目を合わせ、大きく頷いた。
「そやなー。撃たれてる人のことも大事やけど、撃ってる人も大事やな。兵隊さん? ウチな、お医者さんやから、こんなん全然平気やで? あんくらいの血なんて、コーヒーでも飲んどったらどないでもなるから、心配せんでもええよ? 射的か何かと思うて貰ったらええわ。変な女がいて、妙なこと言うたから鉄砲で撃ってからかったとか、そないな風でええやろ。これやったらおもろい自慢話の一つとかになるんやないか? その女がべっぴんやったて付け加えたら、めっちゃおもろい話やん。兵隊さんの好みとかウチ知らんけど、これでも街ではべっぴんのお医者さんて言われてたで?」
言われた兵士はドクター・アオイを見て大きく頷き、リッパーを見てもう一つ頷いた。
「リアルに話したって誰も信じないだろうから、もうジョークにするくらいしかないし、実際、とびきりなジョークみたいな状況だったわよ。ベースに戻ったら仲間に話すといいわ。喋れば幾らか楽にもなるしね。ケイジのラボで血のバレンタインやらかしたって言えば、アナタ、リチャード・トレントン・チェイスとか呼ばれるわよ? チェイス一等曹長とか、そんなのどお?」
「ヘイ、リッパー。チェイスってのは?」
コルトが尋ねた。
「テッド・バンディと同類の、人を襲って注射器で血を抜いて集めて喜んでる、ファンキーなドラキュラよ。ねえ、ミスター・チェイス? 連隊にドラキュラがいたら、アナタの連隊、ブラッディソルジャーとかそんな風に呼ばれて、いい感じじゃあない。トラックとか外のガンシップに真っ赤な牙のマークでも入れて、注射器マークのパッチでも付けたら、ダークナイツとかって空軍編隊と並んでも迫力負けしないわよ?」
煙草をテンガロンハットでもみ消し、リッパーは軽い調子で説明した。それで幾らか生気を取り戻した兵士、ミスター・チェイスは溜息を二つ、少し笑顔になった。
「テッドナントカだのチェイスだの、リッパーは殺人鬼フリークか? ブラッディソルジャーってのは語呂が良くねーぜ? バンパイヤーズとか、そんなでどおだ? ミスター・チェイス?」
「それだとベースボールチームみたいよ? プロファイリングだの犯罪者行動心理学だのの講習があって、そこで聞いただけよ。どこかのデータベースを覗けば、同類が山ほどでてくるでしょうよ。まあ何でもいいけど、そんな笑い話にしておけば、リラックスできるでしょうよ。余りシリアスに考えないほうがいいわよ? ミスター・チェイス?」
名乗る前に完全に「チェイス」で確定した陸軍一等曹長は、リッパーのジョークでかなり復活した。コルトから自分のアサルトライフルを受け取り、コンバットナイフをブーツに戻し、ドクター・アオイからコーヒーを拝借して、目付きが柔らかくなった。
「兵隊のチェイスはんのお陰で話が簡単になったわ、ありがとなー。ああ、ウチな、ツユクサ・アオイ言うお医者さんやねん。またお世話になるかもしれへんから、そんときはよろしゅーな。もっかい撃てとか、そんなんは多分ないやろけど、怪我とかしたら手当てしてやるでー」
真っ赤な左手をひらひらさせて、ドクター・アオイが挨拶した。右のリボルバーを抜いたコルトがキリキリとガンスピンさせつつ、ドクター・アオイを見た。
「アオイさんよう。アンタが戦場だの兵士だののことをきちんと理解してるってのは解った。あんなモン目の前で見せられたら、もう信じるしかないしな。地上全部でさっきみたいなことが起きてるとか、そんな感じに思ってくれれば、まあ十分だ。死んだ人間はサイボーグにでもしなけりゃあ元には戻らんし、孤立して退路もなく死にそうな状態ってのも承知らしい。墓地に花の一本でも置いてくくらいな、まともな人だってこともな。あちこちデタラメだし、使ってる言葉も酷いモンだが、俺が言いたかったことをアンタは大体解ってる、そういうことだろ? オーケイ、ドクター・エラルドとの契約は続行、アンタの護衛はしっかりやるよ。
だがな、あんな無茶は二度としてくれるなよ? 護衛対象が率先して死にたがるんじゃあ仕事にならん。そこら辺を解ってくれるなら、盾代わりくらいに思ってくれて構わんさ。ハイブに石投げつけるなんて真似はしなくていいし、ガンも持たなくていい。俺の後ろでメスでも持っててくれりゃあそれで十分だ。そんなつもりはないが、もし俺の頭が吹っ飛んだら、煙草の一本でも添えてくれりゃあそれで満足だよ。それよりアンタ、傷は大丈夫か? 至近距離でミスター・チェイスの腕が良かったから綺麗に抜けたが、それでも大口径だ。出血も相当だったし、痛むだろう? 普通ならショック死したって不思議じゃあない状態だぜ?」
煙草を灰皿に、左でコーヒーをすすりながらコルトが尋ねた。
「まあ痛い言うたら痛いけど、こんくらいやったら我慢出来るわ。ウチ、我慢強いねん。血は思うてたより一杯出たけど、まああんくらいやったら平気やろ。お医者さんやから自分のことは解るしな」
「アオイさん!」
のんびり喋るドクター・アオイに向けて、マリーが床から叫んだ。
「あんな大きなライフルで二回も撃たれて! 血だって一杯出て! 死んじゃうじゃないの!」
「いや、死んでへんて。さっきみたいな怖い目に会うてる人が一杯やて、そういう話やろ?」
「怖い目って、アオイさん、平気な顔してるじゃない!」
マリーが床からドクター・アオイを涙目で睨んでいる。
「ウチ、鉄砲とか解らんから、あんなん向けられても良う解らんねん。多分痛いんやろなーて思うて、実際、痛いからもう解ったし、死神兄ちゃんが言いたいんも、そういうことやん。ほれ、やっぱし話簡単になってるやん。我ながらええ思い付きやわ。チェイスはんのお陰やわ、ありがとな。てか、マリーちゃん、真っ赤っかやん。鉄砲で撃たれたみたいやで? 大丈夫かいな」
「大丈夫もなにも、これはアナタの血よ?」
水色から真っ赤に色を変えたワンピースを指差し、目を点にしたマリーが言った。
「大丈夫やったらそれでええけど、何や、ウチよりマリーちゃんのほうが怖い目に会うたみたいに見えるで?」
「怖いのは当たり前でしょう! あんなに大きなライフルよ?」
マリーはミスター・チェイスを指差した。アサルトライフルを脇に置いたミスター・チェイスが頷いて返す。
「マリーちゃん、あっちのもっとデッカイ鉄砲の係なんやろ? こんくらいで怖いんやったら、あれ、めっちゃ怖いで? まあ鉄砲のことは解らんけど、お医者さんやから血見るんは慣れてるねん。小さい街言うても事故とかあるから、もっとエグいの一杯見てるし、都会はそれよりもエグいんがぎょうさん言うんやろ? 合成人間言うアレがでっかい包丁持って襲ってくるてのも知っとるし、まあ動いてるんはテレビでしか見たことないけど、めっちゃ血とか出て死んでまう人が一杯なんやろ? 大体解ったからええやん。死神兄ちゃんが守ってくれる言うんやからウチはそないに心配せんで、死神兄ちゃんとかマリーちゃんとかが怪我とかしたら、手当てしたらええんやろ? 何やったら石投げるとかしてもええし、そや、ウチが貰うたコンセントのないレーザーメスで合成人間刺す言うんはどうや? めっちゃ切れ味ええで?」
マリーは、どうしてドクター・アオイが平気な顔で真っ赤な左手でコーヒーをすすっているのが、サッパリだった。マリーが絶句して、リッパーが次いだ。
「アオイさんが石投げたり、レーザーメス? そんなのでハイブに向かったら、コルトが困るわよ。ブラックバードの中でおとなしくしてるか、コルトの背中に張り付くかしててくれると、コルトもあたしも助かるわ。インドラ・ファイブの前に立つなんて真似しちゃあ駄目よ?」
コーヒーをすすりながらドクター・アオイが応える。
「そないに楽ばっかしてええんかいな。マリーちゃんも鉄砲撃つ係なんやろ? 死神兄ちゃんもリッパーちゃんも鉄砲撃つの係やのに、ウチだけなんもせんて、何や申し訳ないやん」
すっかり普段通りに戻ったコルトが返す。
「ヘイヘイ、アオイさん。その気持ちだけで十分だよ。レーザーメスとやらでハイブ刻むってのは悪くない話だが、最悪、そんなこともあり得る、くらいな覚悟をしてくれてたら、それでいいさ。アンタにガンを持たせて後ろからズドンってのは勘弁だからな。時間がありゃあ、マリーと一緒にシューティングレンジに行くなんてのもいいが、そういうのは別の機会だ。本音を言えば護身用に一挺下げてもらいたいところだが、下手にいじって暴発でもされたら、折角医者連れてるのが台無しだ。アンタは楽にしててくれりゃあそれでいい。誰かが怪我したときがアンタの出番で、それ以外は煙草吹かして空でも眺めててくれていいさ」
右のリボルバーをガンスピンさせつつ、コルトは言って、リッパーを見た。
「そういうこと。コルトの言う通りにしてくれたら、アナタはそれだけで頼れるから、自分が医者だってこと、銃を撃つのはコルトとかの役目だってことでいいの。怪我人がいなくて敵もいないときは、コルトと漫談でもしてていいわよ。ドクター・エラルド? セッティングは後どれくらいなのかしら? もう両腕の感覚は戻ってるし、コアユニットも動いてるみたいだけど? 朝食を抜いてたからお腹すいてるの。そろそろ服を着てダイナーにでも行きたいんだけど?」
キーボードを叩いていたドクター・エラルドが手を止めて振り返った。
「今、終わった。細かい設定はイザナミに任せて大丈夫だ。昼食を終えるころにはセッティングは完了するだろうから、みんなも食事に行っていいよ。僕はここで戦闘データの解析を続ける。持ち込んだ機材でサイキッカーのデータを整理して、イザナミに送るよ。概算からの予測値だが、ないよりはマシだろう。ラボの清掃係を呼んでそこの血を拭き取るように言ってくれれば、みんなは自由にどうぞ。今日は朝からバタバタしていたし、驚いてばかりだったから、休憩するなり支度するなりしてくれ。僕も少し休憩するよ」
「じゃあ、そうさせてもらうわ。マリー、宿に戻ってシャワー浴びてきたら? コルトも一旦宿に戻って支度しておいて。ダイナーで合流してランチで、進路を確定させましょう。ミスター・チェイスも外の仲間と昼食を取るといいわ。ここを使っていいわよ。ラボのシャワーでも浴びて一息入れて、ガンシップのほうにも休憩するように伝えてね。BBを呼ぶから、雑用は彼に任せていいわよ? 念のために通信は開いておいてね」
リッパーが言うと、コルトが長椅子から立ち上がり、マリーに手を差し出した。ミスター・チェイスは敬礼してドアに向かい、ドクター・エラルドはコンソールの前で大きく伸びをした……。




