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『第五章~ミス・アオイ』

 右手でリボルバーをガンスピンさせていたコルトは、コーヒーを飲みつつ黙っていた。灰皿にある煙草から煙がゆらゆらと昇り、天井付近で消えていた。

 おでこをベッドに落としたリッパーを見たまま、ドクター・エラルドは険しい表情で唸った。

「リッパーさん、顔を挙げて下さい。お願いします、なんて、そんな。僕は、その、Nデバイスのテストタイプの調整と、それを扱うリッパーさんの様子を見に来たんですよ? お願いされなくても、自分の仕事はやりますし、お金? そんなものに興味はない。アナタがこれからやろうとしていることに、正直、僕は賛成出来ない。今でも深刻な状態なのに、これから後、もっと酷使するだなんて、医師としても、技師としても、到底賛成出来ない。でも、リッパーさんがやろうとしていることは無茶ではあるが、正しいことだってことくらいは、僕にだって解る。

 海兵隊の艦長さんならば、Nデバイスなんてなくても同じように動くだろうし。アナタの体の状態を見れば、Nデバイスを取り上げて入院させたいところだ。代わりがいるのならその人物に任せる、それが最良だ。だが、リッパーさんが承知しているように、Nデバイスは並の人間では使いこなせない。適性があってもリッパーさんのようにスペック通りの性能で扱うには相当の訓練が必要だが、それでも半年やそこらで扱えるような代物じゃあない。脳を完全に機械化したフルサイボーグにだってNデバイスは扱えない。高いIQによる艦隊指揮能力があって、先天性のずば抜けたセンスがあり、かつ、システム適性にマッチしたのは、殆ど奇跡みたいなものだ。衛星ネットを利用した策敵やアドバンスドFCS、駆動制御に防御機能と、強力な対ハイブの火器、こんなものを半年で使いこなせる人間はまずいない。そもそも、あらゆる機能を詰め込めるだけ詰め込んだ、オーバースペックなシステムで、使用者の負担なんて最初から無視した設計だ。自分で設計しておいてこう言うのも何だが、最初からデタラメなシステムなんですよ。実用化されるのはもう五十年ほど先になるだろうと解っていて設計したものだ。

 プロトタイプとテストタイプが実際に製造されたが、戦艦に搭載してデータを取る予定だった。機動歩兵でデータ収集という案も最初からあったから、ファーストもセカンドも人間が装着できるようにコンパクトにコンバートされて、リッパーさんに渡された。それでも、駆動制御のイザナミに何重ものプロテクトを掛けて、使用者の負担を最小限にするようにプログラムしておいた。当然、オーヴァードライヴモードなんてのは厳重に封印してあった。コアユニット経由の上位コマンドがあっても、イザナミ制御のほうが上になるようにしてあったんだが、どうしてか、イザナミは上位コマンドに従った。イザナギにしてもそう。ごく普通のFCS能力しか使えないようにプロテクトしてあったのに、今やガンシップの高度なFCSがオモチャのようなとんでもないFCSだ。誘導ミサイルなんて搭載していないのに、それをコントロールして精密爆撃が出来て、射程三キロでハイブの超高度金属のカーネルをミリ以下の精密射撃で破壊出来るなんて、とんでもない話だ。

 こんな二つの演算ユニットを使用しているだけでも、普通の兵士ならば相当な負担な筈だ。それをアクセルも補助デバイスも投薬もなしで使いこなし、知覚を二十倍に強制加速させるオーヴァードライヴモードを十秒以上。そこにサテライトリンクシステムでの莫大な情報。コアユニットとイザナミとイザナギ、三基の量子演算ユニットでもカヴァー出来ない情報量を、機械化もしていない自前の脳で補う、脳神経がボロボロになるのは当たり前だ。コアユニットにフィードバックを軽減する回路があるが、こちらのプロテクトも解除されている。冗談ではなく、脳が爆発しても全く不思議じゃあない。我ながらデタラメな設計だったと思い知らされたよ。こんなものは当然、量産なんて計画にはない。スペック通りの数値が出せるのなら、地球の半分をカヴァー出来るシステムだ。二つあれば地球全部をカヴァー出来るから、量産しても意味がない。設計チームの一人としては、即時回収して一旦凍結し、リッパーさんをICUに入れて正常に戻すのが当然の判断なんだが……」

 ドクター・エラルドは言葉を切り、クソッ! と壁を殴った。

「リッパーさん、アナタは意地悪だ。月と火星の睨み合い、サイキッカーや宇宙艦隊の話を聞かされれば、反論出来ないじゃあないか。たった一人が走り回って惑星間規模の戦争をどうにか出来るだなんて、Nシステムの設計チームでなければ誰も信用しない話だ。しかし、僕はNシステムがどういうものかを熟知している一人で、リッパーさんが言っていることが理論上は可能だと解ってしまう。

 ……だが! 大きな戦争と一人の海兵の命を天秤に掛けるなんて真似、出来るもんか! 解ってるさ! Nデバイスをスペック通りに扱えるリッパーさんなら、そんなファンタジーみたいな話を実現出来るってね! だが、話が大きすぎる上に残酷だよ。リッパーさんは死なないと言っているが、サイキッカーだの火星艦隊だのサイキックハイブだのを相手にすればどうなるか、自分でも理解している筈だ。ミスター・コルト、きみはリッパーさんに力を貸せと言った。確かにそれは僕にしか出来ないよ。でもね、その結果がどうなるかはきみにだって解ってるんだろう?

 サイキッカーと戦う? 銃が通用しない得体の知れない能力を使うという相手だろう? 戦闘データにあった。こんな設備じゃあ解析不能だが、とんでもない化物だってことは解るさ。その能力を株分けしたハイブ二体と戦うだけでも無茶なのに、それをやった本物とも戦っている。殆どフルスペック状態のNデバイスのファーストシリーズを無力化するほどの化物とだ」

 ドクター・エラルドは悲しそうな目でコルトを睨んだ。ガンスピンを続けるコルトは目を合わせたが、黙っていた。

「ダイゾウという人物が手を貸したと、ミスター・コルトやリッパーさんが言っているが、会話記録に何度か出てくるその人物は、戦闘データには残っていないよ。シノビという単語も何度か出ているが、その人物は名前だけで、記録には残っていないよ。シノビというのは軍隊のスラングか何かかい? Nデバイスもなしで本物のサイキッカーと互角に戦う人間なんて、あり得ないよ。フルサイボーグでもそんな芸当は無理だ。ダイゾウというのはミスター・コルト、きみの本名で、シノビというのはリッパーさんのことなんだろう?」

 ドクター・エラルドの言葉に、コルトは驚いてガンスピンを止めた。

「ドクター! 待ってくれ! ダイゾウは俺やリッパー、マリーと一緒に戦った男だ! シノビファイターとか言う肩書きだと自分で名乗ったぜ? ダイゾウがいたからサイコハイブだのサイキッカーだのと戦えたんだ! 俺じゃあないし、リッパーでもない、マリーでもない。俺より幾らか年上で、どこかの民族が着てるような白いウェアで、サングラスを掛けた、ブレード使いだ。リッパーの記録に残っていないって? そりゃあ変だ。俺たちはダイゾウと三日ほど一緒に過ごした。リッパーは三日間眠っていたが、その後はダイゾウと喋ったし、一緒にハイブどもを蹴散らした。

 あれから三週間ほどだが、今もこのケイジにいるぞ? ダイゾウはサイボーグじゃあない。自分で違うと言っていたし、実際、サイボーグとは動きが全く違った。アクセルなんかはもしかしたら埋め込んでるかも知れんが、あいつは機械は苦手だと何度も言ってたから、多分、補助デバイスなんて使ってないと思う。そもそもあいつは、ガンの一挺も持っていなかった。ダイゾウの獲物は二本のブレードと、シュリケン・ソーイングナイフ、それだけだ。後は見たこともない体術、CQBだのゼロレンジコンバットだのコマンドサンボだのとは全く違う格闘技を使ってた。カラテファイトに似てはいたが、それとも違う。どこかの地方の奴らが使ってる古代武術とか、その辺りに見えたが、知ってる範囲のものとは別物だ。

 奴はそれを、シノビファイトとかって呼んでた。そいつでハイブを吹っ飛ばして、殴られたハイブは頭を爆発させてノびちまったし、バレットライフルを弾き返すサイキック野郎とブレード二本だけで互角に戦ってたんだ! トドメはリッパーのデカいリボルバーだが、ランスロウだとかってサイコ野郎を倒したのはダイゾウだぜ? 会話記録が残ってるのに、ダイゾウの姿がメモリにない? ドクター、そりゃあとんでもなく妙な話だ」

 コルトはシノビファイター、ダイゾウのことを必死に説明したが、ドクター・エラルドはコンソールで戦闘記録をリピートして、首を振った。

「ミスター・コルト。きみを疑うつもりはないが、リッパーさんの戦闘データにはそんな人物は全く残っていない。ボイスレコーダーでの会話記録は確かにきみの言うような人物とのものらしいが、肝心の相手は姿どころか声すら残っていない。きみやリッパーさんが一方的に喋っているだけだ。Nデバイスの戦闘データメモリに残っていない以上、そんな人物は存在しないとしか言えない。

 ランスロウというサイキッカーのデータはしっかり残っている。顔だってはっきりと解る。しかし、シノビだかダイゾウだかはメモリにはない。さっき、リッパーさんが地球側の切り札だと言っていたが、そもそもそんな人物は存在していないんだ。記録が残っていない以上、僕にはそのシノビという人物が実在しているとは思えないよ」

 コルトが尚もダイゾウのことを説明したが、ドクター・エラルドは首を横に振るだけだった。リッパーはずっと同じ姿勢で黙っていた。

「ヘイ、リッパー! 何か言えよ! ダイゾウは俺たちの恩人だろ? メモリに残ってないのは、ジャミングか、デバイスの故障か何かさ! いなかったどころか、俺は昨日、あいつと喋ったぞ? マリーだってそうだ! リッパーだって何度も……ドクター! 俺はそんな面倒なホラ話なんぞしねーよ。ダイゾウは確かにいて、奴はとんでもなく強い! 妙な奴だが腕前は強いとかそんなレベルじゃねえ! ダイゾウから見ればハイブなんぞガキだ! ガンが全く通用しないサイキッカーと互角で、あんな奴は軍の特殊部隊にだっていねーよ! ビームソードとかの光学兵器でもなく、只のブレードだ! ナントカって名前が付いてたが、そいつを二本で、スナイピッド、長距離狙撃のハイブの弾丸をブレードで跳ね返してたんだ! 二キロくらいの距離で大型の、バレットライフルだ! リッパーの腕をオシャカにしたバンテルタンクの砲撃は、全部かわしてた! ハイブの長距離射撃も全部よけてた! ダイゾウは、自分には射撃は通用しないと言ってたし、実際、奴は一発も貰ってない! 百くらいのハイブに囲まれて、ガンガンに狙撃もされたが、ダイゾウはライフルの弾丸を全部ブレードで跳ね返して、百メートルくらいの距離からソーイングナイフを投げて、ハイブのカーネルに突き刺してた! ドクターが信じられないのは解るさ! 俺だって未だにあいつが何やってたのか解らないからな! Nデバイスを付けたリッパーは確かに強いが、ダイゾウはその上だ! まともにやりあってあいつを黙らせる奴なんて、宇宙全部探したって絶対にいねーよ!」

 必死に説明するコルトだったが、コルトが詳しく話せば話すほど、ドクター・エラルドの表情は硬くなっていった。

「ミスター・コルト、きみの言うことを信じてもいいが、そんなに凄い男なら、どうして軍に協力していないんだい? シノビとかいう男がもし存在して、きみやリッパーさんの味方ならば、戦場にいないのは変だろう? リッパーさんが宇宙に上がるとして、サイキッカーを相手にするのなら、その男はリッパーさんの隣にいるべきだ、違うかい?」

「確かに、ドクターの言う通りだが、ダイゾウは何というのか、ハイブなんてどうでもいい、そんな感じだった。あいつはサイキッカーだけをターゲットにしてたように見えた」

「だったら、対サイキッカーとして組織された軍の秘密部隊か何かで、専門の特殊訓練を受けた人物だというのが僕の意見だが?」

 コルトは頭を押さえて長椅子に沈んだ。

「ダイゾウは軍人ってタイプじゃあない。いや、俺が知らない秘密部隊が軍にあったとして、そこで特殊訓練を受けたってのは、確かに解り易いが、そういうレベルじゃあないんだ。単独で行動してるようだから、諜報関係の人間かも知れんが、それにしては強すぎる。単独で隠密行動であれだけの戦闘能力なんて、軍では扱い辛い。諜報か戦闘か、どちらかに特化してるのが軍人だ。両方こなす必要すらない。それに、あいつは誰かの命令で動くような男には見えない。全部自分の意思で、臨機応変に対応してる感じだった。そんな勝手をする奴は軍人にはいないぜ? やたらと難しい言葉で喋る変な奴だが、軍属じゃあないし、俺みたいな傭兵とも違う。全くの別物だ」

 噛り付くようにコルトは続ける。

 コルトはダイゾウのことを必死に説明したが、ドクター・エラルドの顔色は変わらなかった。

「ミスター・コルト。その男の話は一旦置いておこう。信じてもいいが、実物を見なければ戦闘データにも残っていない人物なんて、到底理解できないからね。今はリッパーさんだよ。リッパーさん、頼むから顔を挙げてくれ。僕はきみを責めてるんじゃあない。ただ、心配なんだよ」

 ドクター・エラルドは優しく声を掛けたが、リッパーは俯いたまま動かない。

「Nデバイスは……元通りにする。ただし条件が幾つかある。顔を挙げてくれ」

 言われてリッパーは、ゆっくりと頭を起こした。目が真っ赤になって、頬に涙が通った後があった。

「条件って? 衛星を使うなとか、そういうこと?」

 表情こそ崩れているが、声色は普段と殆ど変わらない。

「絶対に使うな、とまでは言わない。ハイブに遭遇して死んでしまったら話にならないからね。イザナミのプロテクトを復活させる。イザナギは今のままでもどうにかなるが、オーヴァードライヴモードを制御しているイザナミには使用制限を再設定させてもらう。

 オーヴァードライヴの回数、使用時間を限定する。コアユニットのプロテクトも再設定して、サテライトリンクにも使用制限をかける。きみが宇宙に上がるまでの戦闘回数を仮に十回と想定して、オーヴァードライヴモードの使用は三回が限界だ。時間は五秒。当然、連続使用は駄目だ。最低一回のディープスリープを挟んでもらう。

 一度にアクセス出来る衛星の数や距離にもリミットを設定する。状況にもよるが、最大で三基でアクセス時間は長くても三十秒。これでも多いくらいなんだが、複数のハイブとの戦闘を想定しても、これで十分足りるはずだ。

 イザナミの策敵能力があれば、衛星を使わなくても十分だろうし、きみが宇宙へ上がるつもりなら、向かうのはどこかの基地だろう? ハイブは少ないはずだ。イザナギのAFCSは今まで通りで構わない。AFCSは策敵に比べればフィードバックが少ないから、コアユニットをきちんと経由すれば、負担は少ないはずだ。

 試験的に搭載したセントリーガンは外す。あれの制御をイザナギがやると負担が大きいし、近接火器が必要な状況は殆どないだろう。九箇所にしたヒートスリットは二つを塞ぐ。ヒートスリットからの排熱は体に負担がかかるから、元に戻す。戦車砲を生身で撃つなんて真似をしなければ、セブンスリット仕様でも大抵の火器は扱える。

 それと、ディープスリープの調合を少し変える。ディープスリープで夢なんて見られたら意味がないからね。脳活動が収まる深い睡眠で、かつ、副作用が出ないようにする。味が変わるだろうが、その辺は我慢してくれ。

 他に駆動系に細かい設定をするが、こちらは体感できないレベルだから気にしなくていい。これらで脳への負担はかなり減るはずだ。スペックダウンだが、ファーストと同じ程度の性能は出せる。繰り返しだが、オーヴァードライヴは基本的にナシだと思ってくれ。コンバットスペックが低下する分は、プラズマディフェンサーのハイパーモードで補う。

 ディフェンサーの展開レスポンスと使用時間を幾らか上げておく。通常展開とハイパーモードとの切り替えはイザナミ制御だ。オートで命令しておいても素早く展開できるし、コアユニットで制御しない分、負担も減る。

 ついでに、ベッセルを改良する。三発から六発のシリンダーと交換しておく。連続射撃しても強度上は問題ない。百発ほど撃つとガタ付きが出るかもしれないが、調整出来るようにしておく。

 後、試験的に開発した弾頭を六十発ほど渡しておく。開発コードはV弾頭。こいつはかなり強力だから使う状況は自分で判断してくれ。詳細はイザナギに入れておく。

 ベッセルの強化とイザナミの防御強化、これだけで特殊なハイブとも戦えるだろうが、出来れば戦闘は極力回避して、目的地に向かって欲しい。サイキッカーなんて化物が出ても、逃げるほうに専念してくれ。戦闘データで見たサイキッカー、ランスロウとかいう男となら今言った仕様でも戦えるだろうが、それより上が出ない保障がない以上、正面からやり合うのは危険だ。それでも逃げる程度なら火力は足りるだろう。

 この仕様で、イザナミやコアユニットのプロテクトを解除しないと約束してくれるなら、Nデバイスはきみに預ける。上位コマンドでプロテクトを解除しない、これが絶対条件だ。駄目ならきみをここから出すわけにはいかない。コアユニットを凍結してNデバイスを無力化させる。

 技師として、医者として、僕が出来るのはこれが限界だ。ドクター・アオイを同行させるのがもう一つの条件だ。きみが無理をした場合に的確に対処出来る人間がそばにいなければ、スペックダウンさせたNデバイスでも危険だからね。

 リッパーさん。海兵隊の命令ではなく、きみ個人からのお願いに、僕個人が最大限に譲歩出来るのはこんなところだ、どうだろう?」

 ドクター・エラルドの提案に、リッパーは表情を崩した。

「ありがとう、ドクター。アナタの好きに設定して。ドクター・アオイの同行はちょっと危ない気がするけど、彼女を危険な目に合わせないように戦えと、そう解釈していいのかしら?」

「そうだね。きみが正規の兵士ならば、民間人を同行した状態がどれほど危険か理解出来るはずだ。ドクター・アオイを銃撃戦の真っ只中に晒すような真似を、海兵隊の大佐のきみがするはずがない。僕が言ったことは全部、イザナミにも入れておく。本来、イザナミとイザナギの命令指示系統は対等だが、今回はイザナミに上位命令権を与える。イザナギが無理をしようとした場合、イザナミがそれを制御する、そんな仕様だ。

 イザナミからイザナギへの命令権はきみより上に設定しておくから、イザナギが無茶な戦術を提案して、それをきみが実行しようとしても、全部イザナミが却下して制限させる。きみからの上位コマンドは、内容がイザナミの制限以上の場合、拒否される。

 万が一にもプロテクトが解除された場合、本音を言えばシステムダウンするようにしたいんだが、さすがにそれは危険だから、ここはもうリッパーさんを信じるしかない。プロテクトを無視してNデバイスを使用した場合、きみは二度と戦場には立てず、その場で動けなくなる可能性もある。自分が既に危険な状態だってことを忘れないようにしてくれ。きみが僕を信用してくれるなら、僕もきみを信用する。海兵だのIZA社だのは関係なく、個人としてだ。

 後日、Nデバイスの再メインテナンスで顔を合わせた時、僕をがっかりさせないでくれよ? 約束を破ったら、Nデバイスは即時凍結だ。イザナミもイザナギも封印する、いいね?」

「オーケイ、ドクター・エラルド。約束するわ。ありがとう、ハグしてあげたい気分よ?」

 険しかったドクター・エラルドは笑って、いらない、と返した。

「ミスター・コルト。きみはリッパーさんと一緒に出るのかい?」

 聞かれたコルトは、煙草を咥えたまま天井を眺めた。

「さあな。まだ決めてない。リッパーと一緒は退屈しなくて済むが、これでもギルドに登録してある傭兵だ。リッパーが俺を雇ってくれるんだったら一緒でもいいが、サイキッカーなんて化物とやり合うのは、正直願い下げってところだな。まあそれも、金額次第だが?」

 コルトがガンスピンさせて答えた。

「ドクター・アオイを同行させる以上、護衛は多いほうが助かる。きみが不服でなければ、IZA社と契約しないかい? 内容はドクター・アオイの警護と、リッパーさんの監視ってところだ」

 ヒュー、とコルトは口を鳴らした。

「大手のIZA社からの依頼? 何もせずでボロ儲け出来そうな美味しい話だな。ギルド規定額にちょいと色を付けて、前金を幾らか貰えれば、受けてもいいよ。今は急ぎの仕事もないしな。口座に前金をきっちり振り込んでくれるなら、弾代は俺が持ってやってもいいぜ?」

「コルト! あたし、アナタを連れて行くなんて言ってないわよ?」

 リッパーが口を挟んだが、コルトがガンスピンで制した。

「リッパー? 俺はフリーランスの傭兵だ。誰と契約しようと俺の勝手だろう? たまたまリッパーと目的地が重なったってだけで、内容はそちらの美人医師の護衛だ。リッパーの監視ってのもあったな。お前を見張れって言われりゃあ、俺は依頼通りにそうするさ。知らない仲でもない、無料で援護射撃してやってもいいぜ? 文句は依頼主に言ってくれ」

 ドクター・エラルドが、ぱん、と手を叩いてから、コルトのものより性能の良さそうなモバイルを取り出した。

「決まりだね、ミスター。システム工学部の年間予算枠から僕が主任権限で自由に使える額は、なかなかのものなんだ。ミスター・コルト、さっきのモバイルのIDと口座番号、必要金額をこちらに転送してくれ。前金は僕のこのモバイルから今すぐに振り込むよ。振り込んだ時点から契約開始だ。出発準備前のケイジの中でも、依頼内容は同じだよ。契約期間は、そうだな、リッパーさんがどこかの基地に到着して、ドクター・アオイを安全な場所に届けて、リッパーさんがシャトルなりで出発する直前まで、長くても二週間程度だろうが、それでどうだろう? 総額は傭兵ギルド規定に二割、上乗せする。燃料だの食料だのの必要経費は別途請求してもらって構わない。ただし、前金と必要経費以外の残りは基本的に成功報酬だ。途中でドクター・アオイやリッパーさんに何かあったら――」

「オーケイオーケイ、解ってるよ。こう見えても俺はプロの傭兵だ。二週間で必要経費別途で二割も上乗せしてくれるなら、ボロ儲けの大仕事だ。リッパーの戦闘データで見ただろう? 俺のガンさばき、信用してくれていいぜ、ドクター。俺が本気で相棒を抜けば、化物相手でも美人二人、掠り傷一つもなしにきっちり守ってやれるさ。おっと、もう前金が入ってら。ヒュー! こいつはちょいと貰いすぎだ、太っ腹なドクターだこと。さて、今からお仕事開始だ。弾を補充しなきゃあならんし、別の獲物も用意しとくかな。ついでに新品のブーツでも買うか? 忙しくなりそうだ」

 ドクター・エラルドが握手を求めて、それにコルトが応えた。契約成立らしい。リッパーはもう一度文句を言おうとしたが、ガンスピンさせたままのコルトに制されたので止めた。

「エラルド博士ー。ウチ、リッパーちゃんと一緒に行くんかいな? ドンパチやら戦争やら、危ないのはイヤやで?」

 ドクター・アオイが力の抜けた声で言った。

「ヘイ、ミス・アオイ。死神コルトが一緒だ、安心してな?」

「せやからな、ウチはミスとかせーへんて、死神兄ちゃん」

 ドクター・エラルドが吹きだし、リッパーも吹き出して笑った。コルトは苦い表情だった。

「死神兄ちゃんと来た。アンタと喋るとこっちが混乱しちまう」

 ガンスピンさせつつ、コルトはブツブツと呟いた。

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