邂逅と不安
さて、どうしてくれよう目の前のこの少年を。
日本語で話してくれないかなー?無理だよね中身が彩葉か藍口くんじゃないかぎり。
私読み書きしかできない、し……ん?
ってことは筆談はできるよね?
紙とペン、紙とペン……あった。流石研究室というべきか。
えっとじゃあとりあえず……
[私 危ない する ない 安心 大丈夫]
片言しかできないのは許してほしい。まだ単語でしかわからないんだよ……
とにかく恐らくこういう旨になっている紙を差し出すと、少年は絶望に沈んだ目のままで一言何か言った。
[私 言葉 聞く 理解 無理]
紙をもらってこう書くと、少年は紙に書き出すようになった。
これでやっとコミュニケーションが取れる……!
少年は思案してこう書いた。
[分かりました。僕の名前は◯◇△ー◯です。よろしくお願いします]
割と警戒心がない?目も一気にいきいきとした輝きになっているように見える。
[名前 読む 無理 私 名前 ある 書き方 理解 無理]
そう、名前は固有名詞で、響きがわからない以上この国の言語では書き表せないし読めないのだ。
……あれ、私の名前何だっけ?
ス……ソ……マ……あ、鞠花か。スソマって何だ?
っていうか、名前忘れるって……やばくない?
……あれ、ちょっと待って。
私のお母さんの名前……何だっけ?お父さんも、彩葉の妹も、クラスメートも……
名前が、思い出せない。
クラスメートに至っては顔も出てこない。お父さんも妹ちゃんもぼんやりとしか、もう……
鮮明に思い出せるのはもう、死ぬ直前の15分間くらいのことだけだ。
考えてみればおかしかった。
二回目の人生を歩んだものは、一回目の脳はもう持っていない。つまり、今世の脳に全て詰め込まれるわけだ。
そこに今世の記憶をためていく……そんなことをしたら。
成長と釣り合わない記憶の量におかしくなってしまうはずだ。
なのに、そんなことは起きなかった。それはつまり。
前世のことを、忘れてきている。そういうことだ。
目の前の少年の存在も忘れ、私は呆然とした。もう、もう私に残されているのは彩葉と藍口くんだけなのだ。
その二人のことだっていつ忘れるかわからないのに?
[猫さん大丈夫ですか?]
少年に肩を叩かれ、こう書かれるまで私は少年の存在を忘れていた。
そうだ、とりあえずは少年だ。
[大丈夫 ありがとう]
恐らく年齢が下の少年に迷惑をかけてしまって申し訳ない。
その後私は、この世界に来た経緯を全て片言で伝えた。少年という年齢と、この世界で会った初めての話せる生物ということで興奮していたのもあったと思う。
何より、この時はコミュ障が発現していなかった。コミュ障は一度話した人間とは割と話せるのだ。少なくとも私はこのタイプである。
少年は顎に手を当てて少し考え、こう書いた。
[良かったら、僕がこの国の言葉の響きを教えましょうか?]
願ってもない提案だ。断る理由がない。
◆
それからというもの、私と少年は文字と聞き取りの練習を全力でした。
もちろん私の身体のできる範囲の探求もしてたよ。本にもそれっぽい記述があったし。でも希少性が高いみたいで情報が全然ない。
私の記憶については、現時点での記憶を全て日本語で紙に書き出して忘れないようにすることにした。これはこの世界でも日記として書いていこうかな。日本で習った知識もまだぼんやりとは覚えているのでそれも書いておく。ひー、農業とか懐かし……
今日までのこともとりあえず全て書いた。日本に帰れたらラノベ系のサイトに上げてもいいかもね。帰れるかはわからないけどさ。
少年……名前が聞き取れるようになったので、アルバートくんはものすごく優しい。
私が何回も間違えても何回も言ってくれるし、年上なのに情けない。
練習を始めてから一ヶ月ほど経った日の夜。
あ、ちなみに一ヶ月や一週間、一日の長さは多少の誤差はあれど割と地球と近い。太陽に似たものも一個だけだし、空も青い。
地球に似すぎてるし、数々の異世界転生ものの中でもゲームの中に入った系なのかなぁ。
さて、アルバートくんの助けによって色々な本が読みやすくなったし、徐々に聞き取れるようにもなってきたからお礼をしたいなと思う。っていうかなぜか私英語苦手だったのにこの国の言葉はかなりスラスラ覚えられるんだよね。切羽詰まってるからかな。結界も狭まってきたしそろそろ脱出方法見つけないと……
でもお礼といったところでね……せいぜいこの施設にあるものくらいだし、それくらい彼はよく知っているだろう。
アルバートくんはこの建物に何年も一人でいたようだった。外をやばい魔物が囲い、人々は皆逃げ出したからだそう。
なんでアルバートくんは逃げなかったのかと聞くと、言いにくそうにしていたので追及はやめておいた。
だから、図書館で聞いた物音や各所で幽霊かと思っていたものはアルバートくんだったみたい。アルバートくんも私のことは怖がっていて、私が踏み入ろうとしない研究室を居城としていたそうだ。
研究室のレーザーやトラップはどうしていたのかと聞くと、アルバートくんは鍵を出して、研究室の入り口の隅っこに挿した。
レーザーもトラップも消えた。そんな便利な手が……
プレゼント。プレゼントか、うーん……
なんか眠くなってきたし、明日考えよう。
えーっと、今日は……そうだな、核を足に移して寝てみよう。
最近私は寝る時に身体をいじって、起きたときの変化の様子を見ている。勝手に戻らないかとか調べるためにね。
じゃ、おやすみなさい。プレゼント……うーん…
逆ハー展開・最初から最強展開にはする気はありませんので……結果的になる可能性はあります
リアルの用事が片付いたぜやっほぉぉぅ