転生と決意
ハッと意識が戻る。彩葉は!?藍口くんは!?と叫んだつもりだったが、声が、出ない。
でも全身の痛みはなくなっている。ここは病院だろうか?
辺りを見回したが、今私がいるところは倉庫のような場所だった。少なくとも、病院ではない。
それにしても、なぜこんなところに?倉庫といっても樽や縄、人形などが置いてあり、コンテナのようなものは無い。しかし、割と広い。個人の所有物であればなかなかのものだ。
ここにいる理由として考えられるものは、突飛な話ではあるが、私は実は誘拐されていて、そこで見た夢だった……とか?夢であれほどのリアリティーのある痛みを再現できるとは信じ難いけど。
そもそも、これまで人生だと思っていたのは全て夢?……いや、これは哲学的すぎる、自らの意識を保つためにその線はナシにしよう。
とりあえずここは保留にしておいて、周りを見渡す。
今私から見えている範囲に変なものはまあ無いな。ちょっと変なものはたくさんあるけど。
後ろを見てみる。……あれ?今、振り返る動作があまりにも楽だった気がする。そういえば自分自身をよく見ていなかった。
自分の体をよく見ようとした。が、よく見ようにも、下を見ても足はなかった。
手を見ると、半透明でゆらゆらした青いものとして存在しているようだった。
私の脳内の混乱レベルは記錄上初のマックスを指していた。今、私はどういう存在なんだ?
私の頭にピンとくるものがあった。幽霊。これならば説明が付く。とりあえずそうだと仮定して、周りを見る。
そこには、強烈なものがあった。九つの半透明な青い火の玉のようなものと、一つの半透明な青い……山火事並の大きさの火、いや、炎。次いでインパクトがあるのは、巨大な熊のぬいぐるみだった。
山火事はぬるりと動き、熊のぬいぐるみへと近付いていった。大きいからわかりやすいけど、山火事のど真ん中ぐらいの位置には、核ですよ!と主張しているかのような大きい丸い球があった。
明らかに目はないのに、熊のぬいぐるみへと着実に近付いていっている不思議を握っているのはこの核かな?
混乱しすぎて逆に冷静になってきたので、ここで情報を整理する。
おそらくあの九つの火の玉は山火事の子供だろう。そして、多分私もそうだ。
半透明な青いゆらゆらした手から容易に想像はつく。俗に言う転生か。こんな生物は地球には居なかった気がするから、異世界転生?
そして、おそらく山火事がしようとしているのは、ぬいぐるみへの憑依だろう。
あの状態では弱点がわかりやすすぎるし、見た感じ炎が少しずつ小さくなっている。そういうデメリットがあることから、ぬいぐるみに憑くのではないだろうか。
そこから考えると、あの山火事よりも遥かに小さい私は、炎が消え去って核だけになる前に何かに憑依しなければならない。
……ああ。だからここで産んだわけか。産んだというか、交尾相手はいなさそうなので分裂だろうか。どちらにせよ、ここには人形やぬいぐるみが結構な量ある。だからここで子供を作ったのであろう。
状況の詳しい分析とこのどうしようもない気持ちを吐き出すのは、とりあえず今の命が保証されてからにしよう。
私はぬいぐるみの中から、比較的自分のサイズに合っていて、直感で「これだ!」と感じ取った猫のぬいぐるみに憑くことにした。
白い布地を体とし、灰色の生地で毛の柄を再現し、青いボタンを目代わりとしている。縫い目もほつれがなく、長持ちしそうだ。見た目もかわいい。
憑き方は、目の前で山火事が実演してくれていたのでかなりすんなりとできた。というか、やり方はこう……体を縮こまらせて入ったあと、綿に自分の火の部分を絡みつかせて筋肉代わりにする感じで、本能で分かった。
兄弟と思わしき者たちを見ていて気付いたことだが、自らの火の玉としての本来の姿に釣り合わない大きさの器に入ると消滅するみたいだ。これで消えたのが二玉。
また、火の玉の状態のときに下手に山火事に近付くと、山火事に吸収されるようだ。これで消えたのが一玉。
そして、器を決めかねてウロウロし、火の玉が燃え尽きると核だけの存在になり、山火事にペロリと食べられていた。三玉が一つの器を巡って争っていたため、これで消えたのは三玉。
結果、残った兄弟は私含め四玉となった。いや、もう体を獲得しているので四体か。
山火事、もとい巨大クマは足音を響かせながら遠くへ行った。
兄弟の三体は早速外へと飛び出し、巨大クマに着いていった。心なしか、巨大クマが通るところは植物が避けている気がする。植物でさえ恐れるクマか……
そして、私は一人になった。これでやっと色々な感情を吐き出せる。
私は吐き出せなかったものを一気に出した。
(彩葉……なんで私をかばったの?彩葉だけでも助かってくれれば良かったのに!
私は彩葉の身が一番大事なのに!藍口くんも、普段そこまで話すわけでもない私や彩葉をなんで突き飛ばそうとしたの?自分だけを犠牲にしようとしたの?
それに……お父さんにだって会いたかった!
あと五日すれば二日間こっちにいる予定だったのに!もう……もう、意味わかんないよ……なんで私はこんな形でまたいるの?消えた方が良かった!)
涙を流せる体ならば、嗚咽を漏らせる体ならば、絶叫できる体だったら、泣く苦しさで少しは重い気持ちが薄れて感じられたのに。
でも、ここである可能性にはたと気付いた。
(彩葉も、転生しているかもしれない?そうだ、藍口くんも。……そして、あの忌々しいトラックの運転手も、皆この世界に転生しているかもしれない。いつかまた会えるかもしれない!)
わずかながら、希望の光が見えてきた。
私は、この世界で生きる目標を、「彩葉か藍口くんが転生した人を探し出す」と定めた。これを絶対に揺るがさないようにしよう。
心から延々と溢れ出る血を拭い、私は決意した。
このペースで一旦やろうと思います。