突然の死
ハイファンタジー連載始めてみました。
今、無性に親子丼を食べたい。
あのとろける卵の中のよくタレが絡んだ鶏肉、固くも苦くもなく、透き通ってお出汁が染みた玉ねぎ、そしてその二つがよく染み込んだ米を想像するだけでお腹が空いてくる。
ソファーでくつろぎまくっていたせいで体を動かすのが億劫だが、親子丼への熱い思いを糧として立ち上がり、冷蔵庫を覗く。
お、玉ねぎと卵はある。米もあるから、買うべきは鶏肉か。お菓子も買いたいし、ちゃちゃっとスーパー行ってこようかな。
着替えるの面倒くさいな……もう適当にワンピースを被るだけで良いか。下着だったのが幸いした。脱ぐ手間が無い。
もう最近は暑すぎるから下着で過ごしている。
女子、しかも華の高校生としてどうなのかと突っ込まれたら返す言葉がないけど。
親が両方病気だったり単身赴任だったりで居らず、だらしなさを指摘できる人がいないのだからしょうがない。自制しろと言われたら口を噤むしかない。
財布とスマホを持ち、なんとか外出できた。
このところ夏休みなのを良いことに、ゲームばっかりして全く外に出ていなかったせいで太陽が眩しい。
スーパー前の信号は赤信号が長い。歩車分離式信号だからだ。
周りに上手い遮蔽物がなく、太陽にジリジリと焼かれながら信号を待つ。
やっと青になり、日陰を求めて歩き出した私の鼻先を、「〇〇工業」と書かれたトラックが掠めていく。歩車分離式信号なのに、だ。
歩行者が歩いているときに車が来るのはおかしいはず。しかも爆速で真っ直ぐに走っていった。酒気帯び運転とかか...?
こういうときは警察に通報するべきなのだろうとは思うけど、電話でも上手く話せないコミュ障に加え、日本人お得意の「見なかったフリ」が例によって得意な私はそれを行使した。
周りにいる人もトラックを見て呆気にとられたものの、同じような態度を取っている。
さっきのトラックが目の前を走り抜けていったのは、正直言ってめちゃくちゃ怖かった。
日常でこんなにダイレクトに生命の危機を覚えるなんて考えてみてもみなかった。
水泳の授業でカナヅチなせいで溺れかけたときも、ここまでの危機感は無かった。二度とこんな体験をしないことを祈る。
気を取り直し、スーパーに入ってお目当ての……ショックすぎて何を買いに来たかを忘れた……ああ、そうだ、お菓子だった。お菓子コーナーへと向かう。
そこには、私の幼馴染みである彩葉が居た。あいつに絡まれると絶対何かに付き合わされる。まあ、私の数少ない友人ではあるんだけど。
その場で華麗に半回転した私は、そそくさと逃げ出した。気付かれてはなさそ
「あれ、鞠花じゃん」
気付かれた、もうダメだ。
「どうしたの?この世の終わりみたいな顔して」
顔から読み取るとは侮れぬ奴め。
「な、なんでもないけど……何しに来たの?」
「何しにってそりゃお菓子買ってんだろうがよ」
「あっそっかそうだね、うん、じゃあまた」
ここで上手く逃げる!
「ちょっと待って」
待ちたくねぇ……でも待たないと多分始業式の日に酷い目に合わされる。
「久しぶりだし、ちょっと話そう?最近家で何してる?」
「ゲーム……ってか久しぶりじゃなくない?一週間ぐらい前も我が家訪ねてきてなかった?」
彩葉の家は我が家の右斜め前にあるから、よく突撃してくる。一週間前もそんなことがあった。まあ、素麺持ってきてくれたからいいけどさぁ……
「家でどんな格好してる?」
「うわ、最後の言葉無視してきた。そういうとこだよ、下級生に怖がられる原因」
実は彩葉は、生徒会の会計をしている。こいつ計算は早いんだよね、そろばん教室行ってたから。私も一時期行ってたけど飽きたからやめた。
「で、家でどんな格好してる?」
「下着ですけどぉ……」
わざとらしく「あらまあ」とでも言いたげな表情を作り、ネチネチと責め立ててくる彩葉。ウザい。
その後も近況報告をしていたが、ほとんどは私のだらしない生活習慣への叱責だった……こいつ妹の美羽ちゃんにもこの調子なのかな。可哀想だな。
「あれ、綾野さんと古川さんだ」
ここに新たな人が来た。ちなみに綾野は彩葉、古川は私こと鞠花である。「こがわ」じゃなくて「ふるかわ」だ。流石にこれは分かってると思っている諸君!私は一度こがわと呼ばれたことがある。
そして、来た人はというと……うげ、藍口眞人くんだ。私をこがわと呼んだ野郎はこの人のことを「あいこうなんとかじん」と呼んでいた。最早奇跡だと思う。正しくは、「あいぐちまひと」だ。
彩葉は「あややあやは」と呼ばれていた。アヤアヤしすぎだろう。正しくは「あやのいろは」である。
「あ、藍口くん、久しぶり」
コミュ力がそれなりにある彩葉が話しかける。異性と話すのがあまり得意ではない私は口を閉ざした。
「久しぶり。夏休みの課題の調子はどう?」
「いや〜芳しくないね。藍口くんは?」
「まあまあかな」
いや、絶対彩葉はもう課題はあと一個くらいだ。夏休みの初めの方にほぼ全てを全力で終わらせていたのを私は知っている。藍口くんもどうせそれくらいだろう。あれは余裕がある人の「まあまあ」だ。
私は本気で芳しくない。全てをゲームのせいにしておく。聞くな聞くな聞くな藍口くんよ。その攻撃は私に効く。
「古川さんはどうなの?」
聞いてきやがった……どうしよう、真面目に答えようか。
私は頭が悪いわけではないが、良いわけでもない。国語、社会は好きだけど理科は苦手だ。数学と外国語はどちらとも言えず。課題は今の所半分以上残っている。
「あ、え、えっと、あんまり良くないですかね、あは…」
ああああああもう異性限定コミュ障!絶対に一番最初に「あ」が付くし「えっと」と言いがちとか全くもうどうしようもない。ま、まあ同性と話せるだけマシだとは思う。
最後の不気味な笑いについては言及したくもない。彩葉が笑いを堪えた顔をしている。
「そ、そっか。じゃあこの後勉強会でもする?綾野さんも一緒にさ」
その瞬間彩葉が浮かべた悪巧みの顔を私は見逃さなかった。こいつ絶対快諾する、全ては私をいじるために……!
思った通り、彩葉は朗らかに承諾した。心のなかでは満面の笑みであろうが、それを表に出さないのが彩葉クオリティーだ。
というか、彩葉のことで印象飛んでたけど、なんで藍口くんこんな絡んでくるの?
藍口くんが私や彩葉に絡んでくるのはこれが初めてじゃない。
今までにも何回か同じように絡んできている。……色恋か?色恋なのか?
彩葉は美人だ。妹の美羽ちゃんも美人だ。というか、綾野ファミリーは皆美形でカリスマ性がある。
収入もけっこうなものみたいで、家が右斜め前とは言ったが規模が違う。かなりの豪邸に住んでいる。
ちなみに我が家は普通の大きさの二階建てプラス屋根裏部屋の築三十四年の一軒家だ。
まあそこらへんの諸々を込みにしても、彩葉はかなりの優良物件だ。結婚でもしようものなら、即座に尻に敷かれるのは目に見えてるけど。
だから、キラキラ王子様でファンもたくさん、かなりのイケメンで言い方は悪いが女をとっかえひっかえできるような藍口くんが惚れても不思議じゃない。
藍口くんは惚れっぽいわけでもなさそうだから、もし好きなら一時の好意ではなく割とガチだろう。それに、顔で惚れそうにもない。彩葉以上の美人も学校にはいる。
まあ、性格面は彩葉は割と猫を被っているから、性格が好きなら彩葉の猫の皮とでも結婚すればいい。
普段はいじり合いでバチバチしている私達だが、別に嫌いなわけではなく、むしろ大切に思っている。少なくとも私は。一方通行だったらどうしよう……落ち込んじゃうな……
なので、彩葉にはくれぐれも悪い男に捕まってほしくない。結構世話焼きだから引っかかっちゃいそうで怖いんだよね……
まあ古川判定では藍口くんは悪くない。周りのファンども……たちのことがなかったら。
今藍口くんが彩葉のことを好きと仮定した場合のことを話しているが、別にそうとは限らない。ただの妄言ということだ。
そんなことを考えつつ、図書館へと三人で向かっていった。
彩葉と藍口くんは、何やら真剣に話し込んでいる。自由落下だの有効数字だのという単語が聞こえてくるから、理科の話だろう。混ざりたくもない。
そんな風に、各々集中して考えたり話したりしていた。そのせいなのかもしれない。ガードレールをものともせず、猛スピードで迫りくる黒い影に気付けなかったのは。
最期に見た景色は、トラックの運転席で眠りこけている中年の男、そして私に覆いかぶさった彩葉、私達を突き飛ばそうとした藍口くん──
次の瞬間、体に大きな衝撃が加わった。そのときは痛みを感じなかったが、衝撃がきた部分が熱い気がした。
遅れて、激痛が身を襲った。僅かに感覚が残っている部分に、生暖かいぬるりとしたものを感じた。自分の血か、彩葉の……
走馬灯というものが見えた。お母さんが病気で死んで、お父さんの仕事が忙しくなって、彩葉がずっとそばに居てくれて──
色々な情報が混濁する中で、私の意識は闇に落ちていった。
今のストックが1万4000文字ととても不安です。






