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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

助っ人のまじわり 

掲載日:2022/08/07

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ああ、つぶらやくん、ようやくあの子眠ったかい? 悪いねえ、面倒見てもらっちゃって。

 私ら、年をとった大人から見ると、子供たちの元気さに驚かされること、しばしばだよ。自分たち全員、かつては同じ子供だったというのにねえ。

 けれど、ずっと見ていて思うの。

 必ずしも子供は、体力が大人より多いとは限らない。ただペース配分を知らないだけだってね。

 しょっぱなから気力全開、出力全開。空っぽになるまで動き回る。そして切れたら、ばたんきゅー。眠気が襲って、お腹も減って、不機嫌にもなって……そりゃ見ているこちらからしたら、腹立っちゃうこともあるわ。


 その点、私たちはもう自分の限界を悟った経験が多い。

 無理はきかないし、ヘタを打って怪我でもしたら、今後の活動にも差しさわりが出るわ。

 もう自分の身を進んで守ってくれる保護者はいない。自分でどうにかしないといけないから、嫌でも余力を考えなきゃいけない。それを妨げうることからは、できるだけ距離を取りたい。守らないといけないものがあるなら、なおさらのこと……。

 無鉄砲ができるパワーを信じているからこそ、若い子たちが状況を変えるシチュエーションに需要があるんでしょうね。けれど、みなぎるパワーは時に火花やもっと厄介なものを散らすかもしれないわ。

 私がそう感じた体験、聞いてみない?



 学生時代の私は帰宅部。けれど運動神経には自信があってね。手前味噌ながら、校内の誰とでも渡り合えると思っていたわ。

 運動部から、たまにピンチヒッターの声がかかったわ。女子のみならず男子からも。

 当時は髪も短かったし、顔もおとんを少しだけ丸くしたような感じ。ちょっと気をつかえば男装したってバレやしないわよ。


 ――言っていて悲しくならないのか?


 全然。当時は花より食い気、動かしっ気よ。

 自分が助太刀して、楽しく身体を動かし、そして勝つ。たまには負けるけど、それでよし。ひたすら競うことがしたかったわけ。

 そのためには、ひとつところにいては機会を縛られちゃうからね。フリーの立場だからこそ、できることもあるのよ。


 その日は野球部の助っ人だったわ。おそらく暑さにやられてダウンしちゃった子の代わりね。

 会場はうちの学校のグラウンド。母校のグラウンドは広かったから、相手の学校がウチに来ることが多い。あらかじめトンボがけをしながら、私たちは相手を待ったわ。

 助っ人ゆえに、私は部活内で共有される情報にはうとい。どこの野球部が強豪なのかとかも詳しくないけど、今回の相手は市外から来る強豪。私たちの部は時に県大会出場の垂れ幕を校舎に掲げられるときがあるし、無様なことにはならないと思っていたわ。


 8番レフト。それが私に与えられたポジション。

 首尾よくランナー私たちは1回表から1点リード。2回表の2アウトで私へ打順が回ってきたわ

 バッターボックスに入るや、どっと蒸し暑さが増した気がする。私は肩でぐいっと汗を拭いながら構えた。

 相手の球はすでに何度か見ている。とはいっても球種は二種類だけだけど。

 ひとつはストレート。ひとつはシュート。特にサウスポーから投げられるシュートは、右打ちのバッターの身体ぎりぎりを攻めて変化する、きわどいものだったわ。


 すでに10球は投げている。練習試合ゆえのお試しかもしれないけれど、いささか張り切りすぎに思えたわ。


 ――粘って削ってあげてもいいけど……ひとまず、どんとぶつかってみますか。


 ぐっとバットを構える私。サインを見やっていたピッチャーもぐっと背を正し、私と向き合ってきた。



 初球からきたわ。

 ほぼ私への直撃コース。手を離れた白球が私の立ち位置へ、まっすぐ向かってくる。


 ――いい度胸!


 私はバットを振りかぶりながら、ややのけぞり気味にスイング準備。

 これまで見てきたものは、ほとんど切れ味が鋭い。このまま逃げ気味に曲がるボールを流し打ち。一、二塁間を通してやる……と。


 が、みるみる白球は大きくなってくる。こそりとも曲がらないままに。

「やばい!」と、もっとのけぞろうとしたときには、もう遅い。私の肩に球がぶつかってきていたわ。

 相当な回転がかかっていたのか。ボールはぽーんと跳ね返ったりはしなかった。

 しばし、肉へ食い込んだのち、ぼとりと足元に落ちる。その時にはもう、力ない弾みだけがそこへ残されただけだったわ。

 大きく脈打つ痛みを放つ肩。でも、悲鳴はあげない。いまここにおいて、私はチームの一員たる野球部員の男なのだから。


 デッドボールとされ、1塁へ私は進む。

 脚はまだ全然平気。肩へしきりに手を当てながら、私は盗塁のスキをうかがうけど……ファーストが許してくれない。

 ベースからほとんど離れることなく待機している。ゆえに一、二塁間が空いているのだけど、あまりに彼らは直立不動。

 あの瞬間は、そう。ピッチャーとキャッチャー以外、時間が止まったかと思う不動っぷりだったわ。

 

 三球目。私の次のバッターが打つ。

 痛烈なライナーで二遊間を貫く、見事なコース。ショートを抜いたのを見て、私はぽんと前へ飛び出したわ。

 けど、次の瞬間には目を見張る。確かにショートは抜けたけど、ほんの数秒前まで下がっていたセンターが、ここまで出てきていたの。セカンドの影に隠れて、ライナーを止められるくらい。

 滑り込んだセンター。突き出されるグローブ。そこへおさまる白球……白旗もんよ。私はチェンジかとばかり、二塁までの半ばで足を緩めかけて、みんなから声を受けたわ。

「進め、進め!」とね。



 信じられなかった。

 確かにあのフォームなら、ライナーをがっちり止められたはずのセンターが、ボールをこぼしている。アウトじゃない以上、進まないといけない。


 ――はあ? 絶対とれてたっしょ、あれ! ゲッツ―狙いでこぼしたならともかく、2アウトよ、いまは?


 頭でぶつくさいいながら、私はセカンドへ。

 もうセンターはボールを拾い、投げる構え。間に合わないと思ったとき、セカンドが塁からジャンプしたの。

 暴投気味の球。取り損ねれば、生き残りの目がある。私はついダイビングヘッドをかましていたわ。かぶった帽子が吹っ飛ぶのもお構いなしにね。


 でも、見ちゃった。

 滑り込んだ拍子にね、ちらりと頭上の景色が目に入っちゃったの。

 ジャンプしたセカンド。球じゃなくて、滑り込む私を見下ろしていた。いや、見定めていた。

 いまだベースに届かない、私の身体。すでにボールのおさまったミットと、降り立つだけの足元。

 その黒いスパイクを、私のどこへ下ろしてやろうか、とね。

 

 その着地はあまりにできすぎていた。

 半分だけベースにかかるスパイク。もう半分は、タッチの差で間に合わない私の肩をすれすれに踏んづけるかのような格好だった。

 はた目にもアウトと分かるタイミング。けれど、私の肩まで踏んづけたことをどれほどの人が見られていたか。しかも、シュートボールを受けたばかりのところに、ピンポイントで。


 奥歯を食いしばって痛みに耐えながら、私は守備に立つ。

 まだ試合は始まったばかりで、点数の有利も変わっていない。勢いはまだあるこの状況で、助っ人たる私がみんなの気落ちするようなことはいえない。

 二回のダメージで、肩の痛みは一向に引かない。それどころか、ちょっと力を入れたり動かしたりすると、嫌な水音が響く。

 でもね、ユニフォームににじんだりはしていないの。代わりに、ちょっと特徴的な臭いが鼻についた。

 その臭い、私は月いちくらいで嗅ぐことがある。おりものの酸っぱい臭いに、少し似ていたから。



 ほら、今でもその時の傷が残っているのよ、肩に。

 なんか、ねじ込まれたように肉が歪んでいるでしょ? ここからおそらく、さんざんにおりものに似た臭いの液体が、流れたんだと思う。

 その試合を乗り切ってからしばらく、母校では奇妙な話がささやかれたわ。

 ときおり、教室からグラウンドを見やると、何もなかった土の上でむくりと身体を起こす小さな影をとらえるときがあるとか。

 その姿はどこか人の赤ん坊のようで、四つん這いの姿勢を見せるや、気が付くと消えちゃっているらしいのよ。


 土が子供を産んでいる……なんて噂も広まってね。

 私は以降、きっぱり助っ人の件は断るようにしたのよ。


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