レイの受難〜チビレーリックのお願い〜
義弟の婚約者シリーズを読まれた事がない方には分からない事が多いです。ご注意下さい。
レイは幸せだった。
愛する人に愛を返してもらえる日々、毎日一緒にいられる、二人で暮らすこの一日一日がたまらなく幸せだと思っている。
俺の前に現れたコイツさえ来なければ…
「お茶ぐらい出せよ、ニーズベルグ侯爵、ボクは公爵なんだぞー」
「何しに来たんだよ」
俺が今世で一番目に入れたく無い姿をして現れた人物は、レーリックとマリナの息子として生まれ変わった、生前は母であった人だった。
俺が嫌いな男に瓜二つな子供は、ニーズベルグ侯爵邸に当たり前のように魔法を使ってやって来た。
「真夜中に子供が何の用だよ」
「まあまあ、そんなに怒らないで?」
「そんな姿見せられて俺が怒らないと思うのか」
レーリックをただ小さくしたようなその見た目が、俺の心をモヤモヤとさせる。
そんな俺の様子を見ながら、ちょこんと首を傾げて悪戯な顔をする子供。
「レイにはちょーっと悪いなぁと思ったんだけど、王族の方が何かと都合がよかったんだぁ。それにレイはレーリックのこと、本気で嫌って無いでしょ?アリシアのおでこにチューするのは許してたよね?」
「………」
「マリナのお腹の中にいる子に順番変わってもらってさ、だからボクは来年お兄ちゃんになる予定なんだ、あの二人も意外と仲良くやってるよ」
ニコニコ笑いながら話すチビレーリックに、俺は呆れて何も言えなかった。
「ねぇ、ボクチョコレートケーキと紅茶がいいな」
赤い髪のアイツを小さくしたような3歳の子供は、椅子に腰掛け足をぶらぶらさせながら言ってきた。
自分で出せるだろうと思ってはいるが、仕方なくパチンとワザと指を鳴らしてテーブルに温かい紅茶とチョコレートケーキを出した。
チビレーリックは、テーブルに所狭しと並んだチョコレートケーキと紅茶を満足そうに口にしながら、俺に衝撃の事実を告げてきた。
「最近、アリシアの様子変じゃない?」
「どういうことだよ」
「うーん…なんだか虚な感じがしてるから?」
ふたつ目のケーキを口にしながら、チビレーリックは上目遣いで俺にいった。
…確かにコイツの言うことは的を得ていた。
俺を愛していると言ってくれたアリシアと毎日のように愛を確かめ合ってる…が、なんだか彼女は以前と少し違ってきていると感じていた。
『レイが好き』と言ってくれる。
俺を見て笑って、一緒にいて、キスをして…でも…何か最近の彼女はおかしかった。
チビレーリックは俺を見てニヤニヤと笑っている。
…顔がアイツと同じな分、余計にイライラする。
「レイってさ、普段あんまり魔法を使わないでしょ?」
紅茶をコクコク飲むと、カップを静かにソーサーに戻す。さすがにその仕草は育ちの良さを感じさせる。
…性格は難ありだけど。
「レイってキスする時、魔力漏れてるんだよねー」
「……?」
チビレーリックはまた足をぶらぶらさせながら、ちょっと恥ずかしそうな顔をして話を続けた。
「魔力強い方なのに使わないし、その上キスする時とか何か念じながらしちゃってない?ま、するよねー、レイって結構重いしねー」
「………」
そっそうだったのか…俺は確かにキスで魔力を流す事が出来るけど…まさか無意識にやっていたとは…
はぁ、俺何やってんの…
無意識に暗示かけてるってことか…
頭を抱え落ち込む俺を見て、チビレーリックは楽しそうにケラケラ笑っている。
「今日は、僕…お願いがあって来たんだ」
急に畏まって話し始めたチビレーリック。
どうせ碌な事じゃない、そう分かっているがコイツにはいろいろと恩もある。とりあえず聞いてやろう、そう思い顔を上げた。
「何?」
「レイはアリシアとの子ども、欲しくない?」
なんだか凄く悪い顔をして俺を見るチビレーリック。
アリシアとの子ども…欲しい。
…欲しいに決まってる。
前世のアリアとも子どもは出来なかった。
香りを無理矢理繋いだ俺に対する代償だと諦めていた。
アリシアとの子どもも、きっと授かる事はないと俺は諦めていたんだ。
「俺達に…できるのか?」
不信と期待を込めた目でチビレーリックをみると、彼は凄く嬉しそうに大きく頷いた。
「うん!あのね、ウィリアムの生まれ変わりならできるよ!女の子なんだー、レイとアリシアの子どもなら絶対可愛いし、美人!」
何故かチビレーリックが顔を赤らめている。
そして俺はその次の言葉に、コイツの腹黒さを思い知ることとなった。
「ボクの『番』になるからね!」
実は、待たせてるんだー、えへへと言ってチビレーリックは一人喜んでいる。
「……!」
チビレーリックの番?
俺とアリシアの子どもと、レーリックとマリナの子どもが番?…何の冗談だよ⁈
「今度はレイが義父様になるね、楽しみだなー」
チビレーリックはあどけない子供の笑顔をむけた。
もう何を言っても無駄だろう。コイツは俺より強いから…
「早く会いたいなー」無邪気に笑うチビレーリック。
そんな彼を見て、多分、永遠にコイツに振り回されるんだな…とレイは思うのだった。
*****
ーー後日談ーー
それからすぐに俺とアリシアに子供が出来た。
アリシアに無意識のうちに掛けてしまっていた暗示は少しずつ解けた。
レーリックを『好き』だった感情は『憧れ』に変えた。『嫌い』には出来ない、かけ離すと心を壊してしまうからだ。……もう、失敗はしたくない。
……それに、この先どうしてもレーリックに会う事になるからだ。
チビレーリックの番だという、俺とアリシアの可愛い子供。
…俺達はすぐにもレーリック達に会う羽目になった。
チビレーリックことマーディックが適当な理由を作り家に来る様になったからだ。
はぁ、マリナもいた…アイツ、暗示も掛けているしレーリックと結婚しているのに、この前何故か家にマーディックを連れて押しかけて来たんだよな…。
「赤ちゃんのお顔を見に来ましたの!」って言った割にずっと俺の側にいて……。
…ずっと俺の顔を見ていた。
その様子を見たアリシアが拗ねてしまい…可愛いかった。
……うん、ま、いいか。
俺の最愛のアリシアによく似た女の子
名前は『レティシア』。
本当に可愛い、可愛くてたまらない、何でアイツの番なんだよ…
産まれた時からマーディックの香がべっとりと纏わりついていた。
……ただ、なんかおかしい…
まだ、マーディックには言っていないが、レーリックの香りも混じっているのを感じる…
アイツは気づいていない様だ、奥底にある香に…
……大丈夫か?
………大丈夫かな……