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5・復元するコップ

この世界の人が集まるところは3つしかない。

まずは、農村ヤチボカ。

畑はもちろん、神が宿ると言われている樹が生えていたり、温泉や図書館があり、村とは言うものの、それなりに栄えている。


その対岸にあるのが、モイ地下街。

その名の通り、地下にある常夜の妖しい街。酒場はもちろん、怪しげな道具屋、謎の店が並んでいる夜の街。


そして、湖を帆走る(はしる)帆船。

船もひとつの世界であり、もうひとつの島であり、家であり、そして村のようなものなのだ。


この3つが、世界の全てである。

(たまに変わり者が、人里はなれた森の中などに、住んでいることもあるのだが)

そんな閉ざされた小さな世界なのだ。



船長には、航路や行き先を決める権限がある。

今日は、みなの羽を伸ばせるように、酒場のある、地下街モイに進路を向ける。

船長である少年は、あまり好きな味ではないのだが、大人たちは、お酒と言うものが好きで、「モイに行くよ」と言うと、

その途端に、いつもの倍以上元気になるのだ。

もう少し大人になれば、そのお酒の良さが分かるらしいのだが……


モイにつくと、少年は、ヨンヨンを連れ、酒場へ行く。

実は、この酒場には、ヨンヨンのマイコップがある。

特に何を飲むわけではないが、目の前にコップがあるだけで、みんなとおそろいの気分を味わっているのだ。

ヨンヨンは、自分だけのコップがあり、様々な人に出会える酒場が好きらしい。


酒場には、すでに人が多く集まっている。

地下にあるこの街に入った時点で、何時だろうと『夜』になるのだ。


「お、湖賊の何でも屋の兄ちゃん、いらっしゃい」

酒場のマスターが、いつものように笑顔で迎える。


「ヨンヨンにはいつものを頼むよ」

少年は、ヨンヨンをカウンターのいつもの席に置いた。


「あいよ!」

マスターは、ヨンヨンの前に空のコップを置く。

ヨンヨンは、『ヨンヨン』と書かれた自分専用のコップを眺めて喜んでいる。

「酒場は少し乾燥しているから、辛くなったら言うんだよ。霧吹きしてあげるから」

「よーん」


酒場には、知った顔の人しかいない。狭い世界、知らない人に会う方が珍しいのだ。

この酒場にいるものは、みな、家族も同然なのだ。


「あ、ヨンヨンだ♪」

そう言ったのは、オルドビスと言う名前の少年。彼は、かわいいものには目がないらしく、ヨンヨンを見かけるたびによってくる。


「こんにちは、何でも屋さん。いつも、オルドビスがお世話になっています」

オルドビスと一緒の席に座る少女のシルルは言う。

二人の年齢は変わらないのに、シルルは、まるで保護者のようだ。


「ふふふ、あぁ、ヨンヨン、かわいいなぁ」

オルドビスと呼ばれた少年のは、ヨンヨンの頭をなでまくっている。

異常なほどに愛情を注ぎ、もはや、何かの中毒者のようだ。

「オルドビス、ほどほどにしておきなさいよ」



「あ……」

パリンと、音がして、コップが割れた。

オルドビスのひじが、ヨンヨンのコップにあたって、コップが床に落ちのだ。


「ああ、おいらのコップ〜」

「ご、ごめんよ。わざとじゃないんだ」

「おいらのコップ……われちゃったよーん」


「新しいコップ、用意してあげるから……」

オルドビスは、ヨンヨンを慰めようとする。


「おいら、このコップじゃないと嫌だよーん」

嫌々と、駄々をこねる。こうなってしまったら、泣き止み落ち着くのを待つしかない。


「ど、どうしよう、シルルぅ?」

頼りないオルドビス。相棒のシルルに助けを求める。


シルルは、「ふぅ」とため息をつく。

「この街に復元屋がいるって、聞いたことがあるわ。彼なら直してくれるんじゃないかしら?『復元』といっているくらいなんだもの、コップも直してもらえると思うわ」


「おいらのコップ、なおるのよーん?」

なおるかもしれないと言うことを聞き、落ち着きつつある。


「オルドビス、行ってきたら?」

「一人じゃ嫌だな……この街の奥の方って、暗くて怖いんだもん」

物騒と言うわけではないのだが、薄暗くて、入り組んでいて、迷路のような不気味な地下深く。


「シルルも来てよ」

頼りないオルドビス。

「か弱い乙女に頼む?」

うふふと、笑いながら、やんわり否定しているようだ。


「そうだ、あなたも、ついてきてくれないかしら?ね、『何でも屋さん』?頼りないオルドビスと2人よりも、断然、いいわ」

何でも屋さんと強調され、強制的に巻き込まれることになった。



割れたコップを、袋に入れ、3人は復元屋があると言う地下街の最下層を目指す。

最下層といても、モイ地下街自体あまり広くはない。

10分も歩けば、最下層なのだ。



『なんでも復元します、復元屋』

長い年月を感じさせる色あせた看板があった。

店の中には、青年がいた。

特に何をするでもなく、店の奥の作業机にひじをついて座り、外を眺めていた。


「おや、いらっしゃい」

店の外で、躊躇している3つの影に気がつくと、青年は、立ち上がり、出迎える。

「はじめまして、少年少女たち。私は復元屋のアラク」

あまり寝ていないのだろう、目の下にはクマがある。

ずっと、地下にいるからだろうか、肌は怖ろしいほど白く、暗闇に映える。


「何か困ったことでもあったのかい?何か復元してほしいものがあるとか。ないとか。何でも、復元してやろう……」

人形のような美しい表情は、赤い唇は笑みをつくるが、ますます無機物のよう。


「こ、このコップ、頼めますか?」

オルドビスは、少し震えているようだ。無理もない、オルドビスは弱虫なのだ。

青年の生気を感じない不気味な気配にすっかり怯えている。


「ああ、できるさ。……限りなく本物っぽいモノにね」


「その『限りなく』ってのが、気になるんですけれど」

シルルは、思わず突っ込む。


「くくく、その件に関しては、ノーコメント……」

アラクは、やはり無表情に唇の端を上げ、笑みを浮かべた。


不安は残りながらも、割れたコップの入った袋をアラクに渡した。


「割れたコップの復元……やってみよう……」

半そでから覗く左腕には、変わった紋章の刺青がしてある。


「この壊れてしまったコップ……あっという間に、この通り!元通り!」

どんな手品、どんな魔法を使ったのか分からないが、気がついた時には、目の前のコップは割れていなかった。


「さぁ、復元しました」

復元されたコップを受け取った。

まるで、最初から割れていなかったかのように。ヒビ一つ入っていない。


「どうです?限りなく元通りでしょう?」

『限りなく』という言葉が気になるが、確かに受け取ったものはコップであった。


「すごいわねぇ」

シルルは感心している。

「ありがとう」

復元屋は、笑みも浮かべず言う。



「ところで、あんまり、出歩かないんですか?今まで、お会いしたことがないので」

船で村々を渡り、人を運ぶと言う仕事をしている職業柄、会ったことがない人がいることは、とても新鮮なのだ。


「私は、基本的にこの店からは、出ないからね。あまり、人間と関わるのは得意ではないんだよ。そう、だから、

人があまり立ち寄らないモイの最下層に店を構えている」

確かに、最下層にあるこの場所は、用がない人間以外は訪れないだろう。


「しかし、君たちのことは少しだけ知っているよ。……君たちより先に生まれ、長く生きているからね。

何回も経験しているよ、子供が生まれた時の、あの、島を揺るがすような大騒ぎ……

地下深くに篭っている身とはいえ、私の耳にも、その情報は入ってくる」


確かに、子供が生まれたとなれば、島の人総出でといいっていいほど、全ての者が祝福する。

島は3日3晩、お祭り騒ぎ。人里離れていても、どこの家でなんという名前の子供が生まれたのかが、分かってしまう。


「あぁ、数年ぶりに人間と会話したら、久しぶりに、外へ行くのも悪くないような気がしてきた。湖は、美しいままなのか。

太陽は輝き続けているのか。昔と変わらず全てそこにあるのか」

言葉の節々に、奇妙な表現はあるが、全く付き合えないほど変わった人ではなさそうだ。


「その時は、ぜひ、船をご利用下さい。湖のどこにでも案内しますよ」

別れ際、営業も忘れない。

「ああ、そうするよ」

「それでは、お元気で」

「あぁ、また復元して欲しいものがあったら、来てくれ……」

そう言って復元屋と別れた。



酒場に戻って、ヨンヨンにコップを渡す。

「これは、まちがいなくおいらのコップだよーん。なおったよーん!もとどおりよーん!すごいよーん、さすがよーん!」

復元されたコップを、眺め、ヨンヨンは喜んでいた。




★魚の日記「たいせつなもの」★

たいせつなものを うしなって それは かなしいことだよーん


おいらの たいせつな コップ

わったのは おいらを たくさん なでなで してくれた おかただったよーん

コップを なおしてくれたし

ほんとうは わるいひとでは ないのを おいらは しっているよーん


とても あいを かんじたよーん


あのひとは おいらを あいし おいらは コップを あいして

これって あいの すれちがい?


コップのはへんは するどいよーん

きをつけないと やけどどころか きりきずだらけだよーん

あいは たいへんなんだよーん


挿絵(By みてみん)

復元。

どこまで復元するのがいいのか、というのは、博物館の学芸員や修理屋さんの悩みの一つ。

復元は、ひび、やぶれ、カビ、汚れなど、欠けた部分や汚れた部分は、補い、綺麗にして、『元の姿』にすることが求められる。

しかし、だからといって、完璧に復元してしまうわけにもいかないらしい。


失われているから、傷がついているから、美しいこともある。

そう、机の傷や柱の傷が思い出になるように。

少し汚れたアンディークの家具に趣があるように。

サモトラケのニケや、ミロのヴィーナスの欠けた部分に想像力をかきたてる力があるように。


失われたものには、何か、『心』動かすモノがあることも、忘れてはいけないのです。

復元は、求められる『元の姿』を見極め、そのモノが持つ記憶とのバランスが求められる難しい仕事……

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