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16・箱と猫と観察者

新たな場所へと旅立つ者たちと、閉ざされた世界に残る人たちの別れの宴は、まだ行われていた。

人々が集い旅の無事を祈っている。


「もう、遠い昔に……この星の船が出発する時も見た光景だねぇ」

しかし、あの時と違うのは、その涙が、悲しみや絶望、不安から来るものではなく、

希望と期待にあふれていることだ。


「この日が来るとは、な。ここまで、どれほどの時間が、経ったことか」

長かったというべきか、否か。

アラクは、カランと、氷の入った器を鳴らす。


「『(セイメイ)を破壊する物質(モノ)』、悪魔たちクロロフルオロカーボンの騒ぎは、

世界を覆う青い奇跡の大気を滅ぼした」

しゅりるりは、氷の入った飲み物を飲み干した。溶けて、小さくなりかけた氷も、

噛み砕き、コップは空になる。


「……それは、まるで儚い夢のよう、世界の見た悪夢のように、」

テースキラは空を見上げた。

「閉ざされた空。偽りの太陽……管理された箱の中の世界、」

しかし、この閉ざされた世界でさえ、完全ではない。


「この狭い世界では、管理が必要だった。人は神にはなれない。この小さな世界でさえ、

手からあふれる。ここは、世界を破り外へとつながる場所。箱の外に出ることによって、

再び世界は壊れてしまうかもしれない。箱の中に唯一残された……未来と言う名の希望でさえ、

失うかもしれない、」

テースキラは、意識が夢を見ているかのように、瞳には、目の前のものが映っていない。


「この世界が作られた目的のモノ、新たな星が見つかり、その方向への転換。

重力圏への安全な侵入と定着。それに伴う、この世界への負荷……駄目かと思った。

内部金属層の偏りを引き起こし、それに引きずられた世界が、システムに障害を与えた時は、」

緩やかに移動速度を落としつつ、目的の位置に停止する。

動いていたものを止める、その微妙な調整というのは、それほど、なかなか難しいものなのだ。


「何千年も、旅をしていれば、色々ガタもくるよ♪」

万物は、永遠ではない。


「人工太陽調光室破損、擬態させた監視システム数体の緊急停止、特定地域で重力システムの異常、

数えたらきりが無い、」

「だから、冬は長引き、君の雛子は瀕死、しゃもじは飛んだ♪」

「……あの場所で、しゃもじを飛ばしたのは、君だろう?」

アラクは、かかさずつっこむ。

「そうだっけ?」

しゅりるりは、にやにやしている。絶対に覚えている顔だ。



「だけれど、内部金属層の偏りは、ここに残されている技術じゃ、もう、どうにもなら無いね」

この状態では、もう、星の海を自由に航行することはできない。

「でも、問題は無い。長い旅は、終わったのだから、」



……と、テースキラの赤い瞳が、くるくる輝く。

「おや……何でも屋さんとヨンヨンちゃんが、ここに来る。どうやら、もうすぐ、」

「相変わらず、眼は良いんだね♪」



テースキラの言うとおり、湖族の少年と、ヨンヨンがやってきた。


「こんなところにいたんですね」

小脇にヨンヨンを抱えて、少年はやってきた。


「おお、少年!ご機嫌いかが?ヨンヨンちゃんも、大きくなったね?久しぶりよ~ん♪」

しゅりるりは、大げさに、出迎える。

「この前、会ったばかりだよーん」

「そうだっけ?おいら、忘れちゃったよーん♪」

「忘れちゃったのは、しかたないよーん」

「うん、忘れちゃったのは、しかたないよーん♪」

「よーん?」

「よーん♪」

「よんよんよーん?」

「よんよんよーん♪」

「おいらのマネしているよーん?」

「おいらのマネしているんだよーんよん♪」

ヨンヨンと、しゅりるりは、いつまでも「よんよんよんよん」言い合っている。



「あれ?しゅりさん……酔っている?」

いつにも増して、くるくるとした煩わしさが半端ない。

「いや、酒は全く入っていないはずだが?」

しゅりるりが、先ほどから飲んでいるのは、氷の入ったただの水。

「まぁ、シラフでも、テンションがおかしいのは、いつものこと、」



「よーんよんよんよんよーん」

「よーんよんよんよんよーん ♪ヨンヨンちゃんは、どうしてここに来たんだよーん?」

しゅりるりは、まだ、ヨンヨンの真似をやめていない。


「そうだよーん、思い出したよーん。おいら、聞きたいことあったから、ここに来たんだよーん」

ヨンヨンは、ここに来た目的を思い出したのだ。


「みんなは、一体、何者だよーん」

それは、ヨンヨンだけではなく、湖族の少年も気になっていたことだ。

何百、何千年も生きていたような表現、この世界を造り、管理している者たちの正体を。


「うふふ、ひ・み・つ、だよ~ん♪」

しゅりるりの、元も子もない答え。

「教えてよーん」

「嫌だよ~♪」

「よーん」と言うのかと思いきや、言わないしゅりるりのフェイントに、ヨンヨンは頬を膨らます。


「おいら、実は、知っているよーん……本に書いてあったよーん」

「何が本に書いてあったのかな?ヨンヨンちゃん」

しゅりるりは、尋ねる。


「本には、神様が世界を作ったってかいてあったよーん。だから、神さまなのよーん?」

ヨンヨンは、さらに質問をする。

しゅりるりは、「ふふっ」とため息のような、笑い声のような息をはく。


「残念。ここに……その本に書いてあるような『神』は、いないんだ」

「そう、残念だけれど、そんな畏れ多いモノじゃないよ、ボクたちは、」

テースキラは、ヨンヨンの頭をなでる。


「……神さまじゃないのかよーん」

その答えに、ヨンヨンは残念そうだ。


「でも、全てを知り、全てに存在し、無から有を創造できる者は確かに『いる』し、

場合によっては、それは『神』と呼ばれたりしている。

その存在は、微かに感じることしかできないけれど、でも確かに、いるよ」

しゅりるりは、『神』の存在を肯定する。


「よく分からないよーん」

ヨンヨンは、小さなひれをパタパタさせている。


「でも……ヨンヨンちゃんが思う『神さま』と言うのは、きっと、アラクやテースキラの事かな。

そっちの方が、よっぽど民衆好みの『神』だよ。世界を復元する神アラクに、世界を見守る神テースキラ……

存在を認知しがたい不確かな『全知全能の神』よりも、よっぽど格好いいよね♪」

しゅりるりは、アラクとテースキラの肩をたたく。


「しかし、そう言う君も人のことは言えないぞ。神出鬼没のしゅり」

「また、そのあだ名で呼ぶ♪」

「こいつはな、観察者なんだよ。どこにでもいる、単なる観察者……」

アラクは言う。

「観察者?」

少年は、聞き慣れない言葉に、首をかしげた。

「観察者、良い表現だね……特に『単なる』と言う所が、気に入った」

しゅりるりは、喜びを表すように音符を散らす。

「……そこが、気に入ったのか……らしいと言えば、らしいが」

アラクは、未だにしゅりるりのツボが、よくわからないでいる。


「ふふふ♪」

しゅりるりは、得意げに棒と紙を、どこからとも無く取り出した。

何か説明する前触れだ。

「観察者、その名の通り、観察する人のことだよ。ただ、観察する対象が、普通と違う」

しゅりるりは、これを広げて持っていて!とばかりに、アラクに紙を押し付けた。


「世界はね、いくつもの次元と、ありとあらゆる時間軸が複雑に絡み合ってできている。

そして、普段は、他の結果の世界(パラレル)に干渉できないようになっている。

だから、大半の人は限られた部分、つまり一つの流れの世界にしか存在できず観察できない」


紙には、世界全体を表す丸と、分岐した先の結果と、観察者の動きとが、描いてあった。


「でも、自分は、人よりも、多くの場所に『存在』し『観察』し『知ることができる』。

ありとあらゆる場所の結果の行き着く先を見ることができるんだ。雑多に見える世界も、

結局『一つ』に集約されるから」

しゅりるりは、そう答える。


「分かったような、分からないような……」

図にも、そのようなことが書いてあるのだが、完全に理解するにはいたらなかった。


「何も難しいことは無いよ。あくまで、今現在、ここにある結果を観察することができるだけ。

すでに起きた結果に影響を与えるような過去への働きかけはすることが出来ないし、

未来に起こることなんかも、あくまで、経験則の予測、可能性の範囲でしかわからない」

「でも、それは、普通のことなんじゃ?」

誰も、過ぎてしまった過去に干渉できないし、誰も、やってくる未来のことは分からない。

今、起きていることしか分からないということは、誰にでも当てはまることだ。


「そう、誰にでも当てはまること。だから、自分は、普通の人って言うこと♪」

「いやいやいや……」

しゅりるりの話が的を射ているようで、大きく外しているのか、自分の理解を超えているのか……

「……やっぱり、よく分かりません」


「おいらも、難しくて、ぜんぜん分からないよーん」

「ヨンヨンちゃんには、難しかったかな?でも、大丈夫!実は、自分もよく分かっていない♪」

「……よーん?」


「まぁ、分かっていたとしても、正解はいう気は無いけれどね♪」

自分の正体を把握している人はどれくらいいるだろうか。しゅりるりはそう思いながら。


「うまく、はぐらかされてしまったな」

アラクは、やれやれとため息をつく。

「……きっと永遠に謎なんだろうね。師匠が『何者』であるかは、」

テースキラが、この話題について、わかりやすくまとめ、一応は解決したことになった。



「それはそうと……あなたたちは、これからどうするんですか?」

湖族の少年は、3人の人ならざるものたちに問う。


「私は、ここに残り、最期の人が果てるまで、再び、誰も知らない世界の果てで、世界の復元をするよ」

『外』に出て行く者たちは、多分、彼に会うことはないだろう……


「ボクは、この星の一部。ここでしか生きられない偽りの身体。存在しない形。しかし、見ていよう。

君たちのいる星を、いつでも、」

さいごまで、難解な答えをありがとう、テースキラ。


「自分は、もともと、ココの住人ではないからね……でも、そのうち、暇つぶしに遊びに、行くかもね♪」

3人の中では、ナニモノにもとらわれず、自由気ままなしゅりるり。

一番会えず、そして、一番逢える人物だろう。

最後まで、よく分からない正体の人だ。



「君は、何物にも囚われず自由だから羨ましいよ」

「あはは、単なるさびしがり屋でお節介なだけだよ。それに、自由でどこでも行ける、と言っても、

何でもできるわけではなく、結構制約が多くて、滅び行く星に対して、見ていることしかできなかったよ。

それは結局何もしてあげることができないのと一緒だよ」


その言葉に、アラクは昔を思い出したようだ。


「……滅びの前に、幾度も、復元を試みた。しかし、みなの心にある海の記憶の具現化、

記憶による失った部分の補完。記憶による復元は限りなく元通りにできるが、

それはあくまで記憶の中にあったもの、元のものとは少し異なる場合がある」


アラクの表情が曇る。

「……限りなく、では、やはり駄目だったのだ。人々は、本物の海を求めた。母なる大海原を。

広大な星の海の中に。新たな生命の循環を」

アラクは、湖族の少年を見つめる。


「これから、うみださなくてはならない。君たちの手で、本当の海を……世界を」




★魚の日記「おわかれかい」★

みんなで どんちゃん さわいで たのしかったよーん


さかばのおじさんに もらった おいらの こっぷは

おわかれの せんべつなんだってよーん


おじさんと おわかれするの かなしいよーん?



それから さんにんの かみさまに あったよーん


でも かみさまは じぶんのことは かみではないと いっているよーん

おいらにとっては かみさまは やっぱり かみさまだよーん

今回の雑学(?)は、正しく理解してみたい、自分の好きな科学哲学について。


シュレディンガーの猫。(確立解釈と観測問題)


箱の中に毒ガス発生装置と猫。

毒ガスは、ある条件を検出すると発生する。一時間後、どうなっているか。

(ある条件を検出する可能性は50%)

箱を開けるまでは、猫は生と死二つの状態が、状態が重なりあっている 。


観測者は、箱を開けるまで自分がどちらの世界にいたのか知ることは出来ない。

そして、観察者が結果を認知した瞬間、どちらか一方の結果しか、観察者の世界には残らない 。

さらに、「可能性の全体」を一人の人間が認識することはできない。



感覚では理解できるような気がするけれど、論理的な思考の元では、

……じつは、何が言いたいのか、よく分かっていない、わけが分からなくなる。


「……やっぱり、さっぱり分からないよーん」


でも、だから、謎めいた存在、多元宇宙の箱の中の、猫と観察者というモノに、

憧れ、思いをはせるのかもしれない……

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