15・「1の扉」が開く時
湖に、大きな金属の箱が浮いている。
「なんだろうアレ」
人々は、湖に浮かぶこの船を間近で見ようと、ヤチボカ村に集まってきた。
この世界の全てとも言える人たちが、この小さな村に。
「お、君も来ていたのか」
「そう言う君も、物好きだな」
「コレは、なんかわからないけれど、好奇心が沸かないわけが無いよ」
こういう変わった事件が起こることは、数少ないので、普段、外に出ない人まで、
興味を抱き、事件の現場へ足を向けてしまう。
「うふふ、すごい人数、すごい人。この船が、浮かべば、ここに人が集まることは、予想通り」
しゅりるりは、ご神木の上の方の枝に座り、集まる見物客を楽しそうに見ている。
「それにしても、何でも屋さんは大変だね」
人々を乗せヤチボカ村まで運ぶ仕事で、大忙しだ。
「そろそろ、自分も、お手伝いするかな。テースキラや、アラクは、大勢の人前で話すのは、
あまり得意ではなさそうだし♪」
しゅりるりは、鞄の中から、本を取り出す。
そして、1枚1枚ページを、めくっていく。まるで、読んでいないのかのような速さで。
「……確認終わり。もう、ばっちり、覚えている」
前々から準備していたこの日のための台本。それも読み終わり、しゅりるりは、一息つく。
「そろそろ、良い頃合いかな」
しゅりるりは、樹の上から、いつの間にか、鉄の船の甲板に、移動していた。
視線が、一気に集まる。
「やっぱり、人が多いなぁ。声、後ろの方まで届くかな?」
声の大きさには、自信があったが、ここは野外。どうしても、声は拡散してしまいそうだ。
「こんなこともあろうかと……」
しゅりるりは、拡声器を取り出した。
声は遠くまで綺麗に届き、しかも、ハウリングの起きないすばらしいモノだ。
「時が来たんだ!」
第一声が、響き渡る。
「信じられないかもしれないけれど……」
しゅりるりは、島に住む人々一同を前に語りだす。
「この世界は、外から隔離された小さな空間に作られたんだ」
かつて、ある星が滅びの道を歩んだことを。
そして、その故郷の星を捨て、新たな星を見つけるために、移動式の世界を作ったこと……
それが、ここであるということを……
「この創られた世界の詳しい構造は省くけれど、この世界は、そういうこと……」
それは、代々語り継がれてきた物語。
月日が流れるほどに、夢物語と化していった伝説。
「あの言い伝えは本当だったのか」
湖に浮かぶ、船を見る限り、信じざるを得なかった。
自分たちの技術では、到底作ることができない金属の船。
人々に、ざわめきが起こる。
「そして、今、君たちの先祖が託した願いが叶う時が来たんだ。とうとう、見つけたんだよ。
君たちが住むことができる水と空気にあふれる星を」
今、世界に起きていることを、起こそうとしていることを、しゅりるりは語る。
「それを、可能にするのが、この船。この造られた世界から、外へ行くための船」
海を捨て、故郷に残り、何も変わらない箱庭に住まうのか。
海を求めて、故郷を捨て、外の広大な世界へ行くのか。
この世界に住むすべての人の選択の時。
この小さな世界に別れを告げるかどうかの。
「それを選ぶのは、君たちなんだよ」
しゅりるりの長い長い昔話が、終わった。
人々は、しばらくの間、何も言わなかった。
「今すぐとは言わないから、ゆっくり考えてね♪」
そう言うと、しゅりるりは、甲板からゆっくりと姿を消した。
しゅりるりの姿が消えると、ぽつぽつと、話声が聞こえ始めた。
「私は外へ行こうかしら……おもしろそうだし。ね?」
「う、うん……い、行こうか」
「俺も行く!」
「僕も!」
「おいらも、行きたいよーん」
「行きたいですぅ」
「ですぅ~」
「外の世界か、どんなところなんだろうな」
若者たちの多くは、もう既に、外の世界に思いをはせていた。
しかし、一方で、いまさら生活を変えられない人たちもいる。
彼らは、箱の中の世界で果てると決める。
「私たちに構わず、未来ある子供たちは、いきなさい。外で」
「苦難の道かもしれない、でも、この閉ざされた世界では、物足りないのでしょう?
若いということは、そういうこと。狭い世界にいては、駄目だ」
「さびしくなるわねぇ……」
「みんなで、お別れの祭りでも開きましょうか。今までに無いくらい盛大に」
「そうそう、10日くらい、ぱーと、ぶっ続けに!」
「あなたは、お酒が飲みたいだけでしょう?」
「はははは、違いない」
人々は、和気洋々と宴の準備を始める。
「あはは、祭り、まつり、まつーりが、始まるよ♪」
「師匠、はしゃぎすぎ、」
「まったく、君は……邪魔をしないでくれるかな……」
金属の船の内部、アラクとテースキラは、最終の確認をしていた。
「お、これは、苗木だね」
他にも、様々な日用品が積まれている。
「あとは、乗り込む人に任せたら良いよ、何も、君たちが全部やってあげることはないんだから」
二人の手を引き、外へ連れ出そうとする。
「だから、二人とも、祭りに宴に、参加しなよ♪」
「……そうだな」
時に優しく、時に厳しい、母なる海を求める者たち。
見守る神のいない世界へと旅立とうとする者たち。
「……彼らは、これから、自ら作り上げていく世界で生きなくてはならないのだからな」
「この大地にこれから刻む記憶、この未来への役目も終えるのか……」
再生されたものと、元のもの。修正された、元のもの。
この小さな世界は、今、大きな選択をしたのだ。
★魚の日記「そとのせかい」★
うみを かみさまが くださるらしいよーん
おおきな ふねに みんなと のれば
かみさまが うみに つれていってくれるらしいよーん
どきどき
なんか むずかしくて おいらには わからないけれど
うみは ここにはなくて おそとにあるらしいよーん
せかいのふたを ひらけば そこには うみが あるらしいよーん
わくわく
でも このまえは
おそとは きけんって いっていたような きがするよーん
やっぱり おいらには むずかしくて わからないよーん
時々、自分の小説の登場人物の名前を、ネットで検索して遊んでいるんだけれど、
それは、結構楽しく、息抜きになる……
アラク(アラックとも言う)
中近東を中心に、北アフリカ地方などでも伝統的につくられてきた蒸留酒。
アラクそのものは無色透明だが、水で割ると白濁する。
……普段は透明で、水を加えると白くなる。不思議なお酒ですねぇ……
アラクも、不思議な存在といえば、不思議?