14・「0の扉」を開く時
「太陽の修理、ちゃんと終わったみたいだね……」
太陽は、暖かな日差しを注ぎ、風は、暖かな空気を世界の隅々まで、運んでいる。
鳥は歌い、虫は舞う、草木が芽吹く季節、春。
船は2本の帆檣が、空に向かってたっており天を支えている。
そんな時、霧の森から、狼煙があがる。
霧の森で狼煙を上げるのは、一人しかいない。
少年は、心躍った。
また何か、この世界の秘密の匂いがするのだ。
「こんにちは、テースキラさん」
「外の世界に思いを馳せているようだね。最近、」
船に乗り込んできての第一声。
心の中を見透かしたように、テースキラは言う。
「未知の世界を知ってしまったので……どうしても」
湖族の少年は照れ気味に言う。
「その、好奇心が人間を進化させてきたんだ、」
テースキラの赤い瞳が微笑んだ。
「今日はどうしたんですか?」
「とうとう、時が来たんだ、」
「時が?」少年は、疑問に思う。
「そう、希望の扉を、開く時がきた、」
「希望の扉……」
その単語は、聞き覚えのあった。
そういえば、この前ウナサカへ行った時、聞いた言葉だ。
「開くための準備を、今からする。準備は、万全にしなくてはいけないから、」
そう言うと、「ヤチボカ村まで、」と、短く言った。
「ヤチボカ村に、その扉があるんですか?」
「あの村にも、実は、秘密があるんだ。村の外れのご神木に、」
村はずれのご神木。
冠婚葬祭の時、夏の暑い日の憩いの場、人々に親しまれてきた樹。
「この樹に、重要なものが隠されているんだ。君たちの先祖が残した希望の、」
「残した?」
「そう、ボクらは、そのために生きていた。ずっと、」
「その……扉、はどうやって、開くのですか?」
ご神木の扉……樹に扉があると言う表現に、不思議な感覚を抱きつつ、湖族の少年は問う。
「大丈夫、一応、『鍵』も持ってきたから、」
テースキラは、1枚の半透明の厚紙を取り出した。そこには古い時代の文字で『海の舟』と書かれていた。
「その紙が鍵……?」
鍵というと、棒の先にギザギザがついていて……と言う普通のものを想像していたのだ。
この紙は、どうやって使うのだろう。
「それよりも、ご神木に扉があったなんて知りませんでした」
単なる樹だと思っていたのだ。
外見は普通の木の皮、何の違和感も無い少し硬く、でも湿っている生きた樹の表皮。
そして……扉らしきものは、どこにも無かったように記憶している。
「正確には、これに扉はなく、ここには扉を開く機構、その他、色々な働きが詰まった、
樹に擬態させた搭でしかない。扉は、一部の関係者しか、知らない形、分からない場所。
立ち入れない者には、そこに何があるのか、中で何が行われているのか、分からない。
不思議と未知と謎と浪漫のあふれている場所と、思う。しかし、そこは、一般の人には、
危険に満ちているし、何よりも関係の無いものの立ち入りは、仕事に支障をきたす。
それは、君の船にもあるような、関係者立ち入り禁止の扉の向こう側と似ている。
少し規模が違うだけ、」
「そう言うものなのかなぁ」
確かに、その方法は合理的ではある。やりすぎているような気はするけれど。
テースキラは、ご神木の前に立つ。
そこは、やはり何の変哲も無い樹の幹。とても、何かがあるようには思えない。
「さて、まだ、いきていると良いな、この認証。じゃないと少し面倒、」
そして、テースキラは、樹に、手を触れた。
『認証、』
テースキラが、言葉を発すると、樹からうっすらと光が漏れ、模様を描き光り輝いた。
そして、厚紙でできた『鍵』で、その光の模様に触れると、「ピピ」と音がした。
「……今ので、開いたの?」
鍵というと、鍵穴に差し込んで回すというイメージしかなかった湖族の少年にとって、
厚紙が鍵で、それを光の模様にかざすという行為だけでも、奇妙。
そして、それに反応したように音がすることには、驚嘆。
「開いたと言うか、なんというか。第一の封印が解けたと言うか、」
どうやら、口での説明は、難しいようだ。
「しかし、次の段階に移行するかどうかが、問題、」
ご神木の前で、しばらく待ってみたものの、何も起きなかった。
「……やっぱり、反応なし、」
予想していたのだろう、特にあわてた様子はなかった。
「仕方ない……」
テースキラは、樹に向かって、再び言葉を告げる。
『強制機能起動、緊急算譜入力、手動切り替え、』
樹が、枝が、ざざっと、さざめいた。
葉のざわめきの中、男とも、女とも分からない不思議な声が、響く。
『……緊急システム起動します。認証……"******"、検索しています……承認しました。
システム作動します。……警告、エラーが発生しました、その算譜は存在しないため、
操作を行えません。……不正な処理を行ったので、強制終了されます。……警告、
エラーが発生しました、切断できません、再試行します……警告、エラーが、』
樹が、なにやら難しい呪文のような文言を言っている。
「……もはや、正常な処理や動作をしていない。ここは、完全に壊れている、」
『強制切断、』
テースキラが、すると、声が『ブツっ』と、やむ。
「……打つ手、無しなんですか?」
何が起きているのか皆目見当のつかない少年は、おそるおそる尋ねてみる。
「ココが、動かないのは、予想の範囲内、報告どおり、」
鍵をパタパタ揺らし、次なる手を考えているようだ。
「壊れているのは、ココの機構、ココの内部の……それならば、」
テースキラは、右手の袖をまくる。袖からは、白く細い手が現れる。
「何でも屋さんは、少し離れていて、」
湖族の少年が、離れたのを見ると、テースキラは、右手を高く上げた。
「この世界では、ボクの侵入を拒める機器は存在しない、」
そして、樹の幹に思いっきり拳を打ち付けた。
樹の破片が飛び散り、樹ではない金属の破片のようなモノも飛び散った。
衝撃を与えたその樹の内部から、稲妻が、数本テースキラの体を走る。
右腕は壁に、しっかりと突き刺さっている。
刺さっているというよりも、融合してしまっているといった方が、正確だろうか。
しばしの静寂のあと、白い煙が噴き出した。
その煙がテースキラの姿を覆い隠す。
「わ!一体、何が?」
何が行われているのだろう、ご神木が奇妙な悲鳴を上げているように、枝が揺れ、葉が波打つ。
煙が全てを覆っていて、何が起こっているのか、全く見えなかった。
彼は、無事なのだろうか。
「テ、テースキラさん?」
何が何だか、分からない少年は、駆け寄ろうとする。
「まだ、来てはいけない、」
しかし、テースキラは、制止する。
煙が収まりはじめ、何事も無い無表情な顔のテースキラの姿が見えてきた。
何事も無かったかのように、そこに立っていた。
しかし、何かがおかしかった。
「!!どうしたんですか?」
現れたテースキラの右手が無いのだ。無理やりちぎったかのように無くなっている。
「強制的に電子侵入して、壊れた算譜を正しく書き換え、なおかつ、壊れた機構の補修に、
右手の機構をそのまま代用、移植した。これで、昔のように、動くようになった、」
何をしていたのかを、無表情で答えた。
「いや、そうじゃなくて……右腕が、無くなって……」
テースキラは、右手を失ったことなど全く気にしていないようだ。
「右手?ああ、大丈夫。家に帰れば、いくらでも直せるから、」
「でも……その……痛くないんですか?」
その質問を、意外に感じたのだろうか。
テースキラは、呆気にとられたかのように、赤い目を瞬かせている。
「……ボクの体は、君たちと構造が違う、」
確かに、血は流れておらず、骨も肉も、変な形、色である。
血の変わりに、白い霧が、傷口から漏れている。
「……見て分かるとおり、ボクは、正確には、『生物』ではない、」
テースキラは、思い出すかのように目を細めた。
「それに、生まれた時……いや、この姿を貰う前から、人として扱われたことはあまり無い。
ボクは、霧。ボクは、瞳。霧の器に、眼があるだけ。それに、代わりは、たくさんいる、
……でも、気を使ってくれたことは、嬉しいよ。ありがとう、」
テースキラは、一瞬だったが、唇を少しあげた。
「いえ……どういたしまして」
少年は、テースキラの生物離れした体について、何を言ったら良いのか分からなくなってしまった。
「さて、そろそろ、湖に現れるよ、」
「湖に?なにが?」
突然の話題に、少年は状況が飲み込めず、きょとんとする。
「扉が、開いたからね、」
「え?……扉、開いていたんですか?」
「侵入ついでに、開けてきたんだ、」
もっと、こう、『ごごごごごごご……』と言うような、壮大な音、過剰な演出……
そう言った驚きにあふれる『すごいこと』が起きるものと、思っていたので、拍子抜けしてしまった。
「侵入して開けることができるんだったら……鍵、必要ないじゃん……」
「形式は、大切だよ、」
テースキラが、にやりと笑ったような気がした。
扉は既に開いているとテースキラは言ったが、今はまだ、特に何も変わった様子は無い。
己の右手と引き換えにしてまで、開かなくてはいけない扉。
その扉が開くと何が起きるのか……
「きた、」テースキラは、突然言う。
そういわれ、再び湖を見てみると、底の方で、巨大な影が揺れていた。
清んだ水の底から、何かが現れようとしている。
「あれは……一体?」
「浮かんでからの、お楽しみ、」
数刻後……
湖に浮かぶ物は、帆船だけではなかった。
帆船が何十隻も収納できるのではないかと言うほどの、巨大な帆の無い金属の船が浮かんでいた。
「……扉って、湖の底にあったんですね」
湖底の扉が開き、この金属の船が浮上した、と湖族の少年は、そう理解した。
何も知らなければ、一体どういうことなのか理解に苦しんだだろう。
しかし、少年は、この世界の外側に存在する、ウナサカという空間を既に知っていた。
あの巨大な空間ならば、巨大な船の一つや二つ格納されていてもおかしくはない。
「それにしても、大きな、船……」
「これも昔に作られた遺産。外の世界を旅するための……ただ、外の世界を長く旅するには、小さすぎる船、」
「外の世界を……旅する?」
テースキラは、軽くうなずいた。
「君たちは、選択しなくてはいけない、」
テースキラは、鉄の船体に触れた。
「時が来たんだ、」
いままで、この時がくるまで、それは、湖の地下深くで眠っていたのだ。
「封じられた世界はもうすぐ開く。始まりの場所、そして、終わりの場所の、」
★魚の日記「かみがみのいさん」★
ごしんぼくは じつは ほんもののきじゃ なかったよーん
なんか かみなりが びびびって なっていたよーん
どうやら かみさまがつくった ふしぎなき だったみたいだよーん
ごしんぼくが びびびって なったら
とつぜん みずうみに てつのはこが あらわれたよーん
そのおおきなはこは じつは かみさまが つくった ふねらしいよーん
いままで みずうみのそこに あったらしいけれど
あんなおおきなふね おいら みたことないよーん
いったい どこにあったのか おいら ふしぎでならないよーん
樹は木ではなく、機でした……という話?
コンピューター、0と1で出来た世界。
0と1の組み合わせだけで、素晴らしい文章や、映像、音楽を奏でる。
時には、人が何百年もかかってしまうような計算を一瞬でしてしまう。
人間がモニターの前で、楽している間、プログラムはひたすら0と1を繰り返している。
延々、延々繰り返していく。
この世界を埋め尽くしてく0と1だけの最も単純で複雑な世界。
1秒間に、何億個もの0と1をやり取りできるって、すごいですよね……
自分は、もう、この1と0で覆われた世界が無ければ、生きていけないかもしれない。