13-2・ あかつきの湖
長い沈黙に耐えられなかった湖族の少年は、口を開く。
「それにしても、ここは、不思議なところですね。どこもかしこも、……まるで箱の中みたい……」
建物の中なのだから、あたりまえなんだけれど。
「君は、詩人のような感性の持ち主だな」
アラクは言う。
「ありがとう……」
少年は、なぜか照れくさくなり微笑んでしまう。
「到着するよ、そろそろ、」テースキラがそう告げる。
箱の揺れが止まり、自動的に、扉が開いた。
扉の外から、ひんやりした空気が流れ込んでくる。
ここは、少し寒い。
そこは、蜘蛛でさえ死に絶えた……まるで、白骨死体の1つや2つ、発掘できそうなくらい、
生きている者などいないような、生気を感じない、何も無い無機質の廊下だった。
それに、この冷えた空気は、なんだか薄いように感じた。
「ここは?一体、何なんですか?」
「ここは、外と中の境界……世界の境界、」
テースキラは、説明する。
「そして……だから、ココをウナサカと呼んでいるんだよ♪」
その説明を、別のところからの声が、遮った。
「でたな、神出鬼没」アラクは言う。
しゅりるりが、そこにはいた。
しかも、天井を歩いている。
「アラク、久しぶり。何年ぶりかな?相変わらず、忙しそうだね」
「なぜ、ここに現れた?」
「そろそろだと思って、見届けにきたんだよ♪」
「やはりな……君には、テースキラとは、異なった『眼』がある……
何か面白そうなことがあると知れば、どこからともなくこの世界に沸いてくる」
「あはは、酷い言いよう♪人を、虫か何かのように♪」
しゅりるりは、天井を蹴って、宙でくるりと回ると、床へ足をつけた。
「うん、こっちの方が、話しやすいね」
「しゅりさん?一体どこから?なぜ、天井を?」なんか、どこかで見たような既視感。
「……だから、神出鬼没と言うんだ」
ため息混じりに、アラクは言う。
「中と外の境界線であるこのウナサカは、上と下も、あやふやなんだよ♪」
「だからといって、わざわざ、天井を歩いてこなくても。これだから、師匠は、いつも、自由すぎる、」
「ウナサカに来るのは久しぶりだから、迷っちゃったよ。床と天井の区別がつかないほどに」
「……嘘だな……」アラクは、ぼそりと言う。
この3人は、古くからの馴染みなのだろう。言葉の端々に、馴れ合いを感じた。
ここは、ウナサカという名前の空間。
ウナサカ。海の果てにある海の境。海の界と書いて、海界《ウナサカ》。
「ここは、ウナサカって言うって、言っていたけれど、どうして、そんな名前を?」
「遠い昔に……海を失った時、未来の夢を託して、ここは名付けられた。
海の果てにある幻の世界に思いを寄せて。新しい……世界を見つけ、その領域に、捕まるまで、」
「領域って、相変わらず、難しい良い回しするねぇ、テースキラは」
しゅりるりは、「うふふっ」と笑う。
「勘の良い、君の事だから、うすうす気がついているとは思うけれど、
この世界は実は作られた世界なんだよ。星の海を旅するために、何千年も前に。」
「……星の海を旅する?」
突然の告白に、予想を上回る事実に、これ以上の言葉が出ない。
「君は、この世界の形を知っているかな?」
しゅりるりは、どこからとも無く、模造紙を取り出し、壁に貼り、図解する。
紙に書かれていたのは四重の円。
「この世界は、四重構造になっているんだ」
そう言うと、一番外側の層を指差した。
「一番外の第一外郭は、石の殻。天然モノの小惑星の自然の岩肌」
次に、球体の中心を指す。
「その天体の中身をくりぬいて、中心に作ったのが君たちの住む世界だよ。
水と土と風と光を入れた小さな世界」
中心部は、カラフルな色で、湖と島と風と太陽が表現されていた。
その絵は、ごちゃごちゃしているように見えるが、意外なことに、分かりやすかった。
「そして、この第二外郭は、力作だよ」
第二外郭は、第一外郭に密着する形で、存在している。
「ありとあらゆる耐衝撃・耐熱性金属物質でコーティングしたから」
その金属が、いかに素晴らしいかを、力説する。
『外』からの衝撃……たとえば、隕石がぶつかっても、一番外の岩の外郭が少し剥がれ落ちるだけで、
そんなに深い穴は開かないらしい。
「だから、第一外郭は、隕石の落ちた衝撃で、円形の窪地だらけなんだけれど、
第二外郭に守られているから、君たちの世界は、全く影響が無いんだよ♪すごいよね」
「へぇ……」
専門的な用語、説明に、なんとなくしか、理解できなかったが、すごいものだと言うことだけは、
感じることができた。
「最後に、ここ。この第二外郭と君たちの住む世界の間は……秘密で満たされているんだよ。
君たちの世界の大気を循環させたり、水を生み出したり、光となる太陽を管理したり……
中だけではなく、外から来る影響から守るための仕掛けがたくさん……
そう、今、君がいるのがここ。この小惑星の船を制御、管理している場所ウナサカ」
「じゃあ、僕は今、本当に、世界の中と外の間にいるんですね……」
小さな星の中に創られた小さな世界に住む少年は今、秘密を知ったのだ。
「このウナサカは、とても重要な場所。こまめに点検、修理しないといけない。
大部分はそれで事足りるんだけれど、復元と補強修理は違うから……アラクに任せないと、
どうしても、だめなところがある。どうしても修理では、対応できない処が、」
テースキラが補足の説明をする。
「アラクさんにしか直せない場所?」
「今回、私は、君たちが太陽と呼んでいる光源の復元をする」
アラクが今回の目的を話す。
「とは言っても、空に浮かんでいるのは、点検が終わったんだ。でも、もっと根っこ、
ウナサカにある調光室とか動力源とかなんかそう言うところが、色々あって、やられちゃったんだって」
「どこからそういう情報を仕入れてくるのか……師匠は、本当に、なんでも知っている。
今、太陽は予備で動かしている状態。アラクの復元がそれが終われば、太陽の光は強くなり、春が訪れる、」
「太陽の修理の時に冬が来るって、本当だったんだ……」
言い伝えだと思っていた物語が、実際の事だと知り、少年は驚きを隠せず、なんとも言えない表情になる。
「時代を経るごとに、事実を知るものがいなくなり、話だけ形となって残ってしまったのだろう」
「僕が、ここで見たことを、みんなに言っても、信じてもらえなさそうだ……」
あまりにも、壮大で、突拍子も無い真実は、知った今でも、信じられない。
「ははは、大丈夫。もう少しで、皆、信じざるを得ない状況になるから。しかも、もっとすごいことを、ね♪」
まだ、何か秘密があると言うのだろうか。この場所、この世界には。
「しゅり、そこまでだ。これは、まだ伝えられない。あの希望の扉を開く……その時までは」
アラクは、さらに話し続けようとするしゅりるりを制する。
「はぁい」
しゅりるりは、それに素直に従った。
「でも、なんだかんだ言って、ここの秘密を話したいんだよ、ボク等は、」
「何も知らない人が、真実を知った時の顔が、素敵だからね♪」
「……私は、あまり、共感できないのだが……」
(しかし、もうすぐではあるけれど、まだ……自分の一存で、これ以上の秘密を、『彼ら』に管理された小さな世界の秘密を見せるわけには行かないな)
世界の構造についての講義はそこそこに、4人はなんとなく廊下を歩き出す。
「この先は、行かないほうがいい」
「……そうか、これは君たちの体には有害なモノだったな。失念していた。もうしわけない、」
「ボクたちが、これから向かうところは、『外』に近くなる。何でも屋さんは、そこまで、行かないほうがいい。
生身の人間では、あの環境は過酷過ぎる、」
「……分かりました。おとなしく、待っています」
この先も行きたい好奇心は強いものの、ここは従ったほうが良いだろう。
「あなたたちは?大丈夫なんですか?」
素朴な疑問が思い浮かぶ。
「もともと、ここはボクの住処、」
「私は、自分自身を常に復元している。だから、多くのことは平気なんだ」
「無敵だから、大丈夫♪」
3人は即答する。
やはり、この3人は人ならざる者なのだ。
「現場には、行くことができないけれど、ここでただ待っているものつまらないでしょ?」
しゅりるりは、何やらテースキラに耳打ちをする。
「あそこは、待つ場所として、丁度良いね。いいよ、案内する、」
暇を潰せる良い部屋があるらしい。
少し進んだところにあった分かれ道で、アラクとしゅりるりと別れた。
「なんで、君は、私についてくるのだ」
「より面白そうな方に行く。そういう奴って言うのを、アラクもよく知っているでしょ?」
そう言う会話が、遠ざかっていく。
テースキラに案内されたその部屋は、薄暗い青の空間であった。
「ここは、湖を管理している部屋、湖の底。地上からの煌きが、水の中を泳ぐモノたちが、水の循環が……
また違った世界の美しさが見えるだろう。君たちが、いつも見ている風景と、」
壁も天井も、湾曲したガラスのようなもので出来ており、巨大な水槽のようであった。
「これが、湖の底……」
「向こうからは、こちらは見えないようになっている。なるべく周囲の風景に溶け込むように、
目立たぬように単なる岩の湖底に似せて、造ってあるから、」
泳ぐ魚たちの群、水の揺らめき、湖面から降り注ぐ雪のようなモノ……
生命にあふれた美しい湖の中。
「そういえば、ヨンヨンが昔、湖の底にキラキラした水の故郷見つけたと、言っていたっけ……」
それがもしかしたら、ココだったのかもしれないと。
★魚の日記「はこのなかのせかい」★
せかいの ひみつを しってしまったらしいよーん
むずかしいことは おいらには わからないけれど
このせかいは おおきな はこのなかに あるらしいよーん
はこのおそとには うみがあって
だから はこをあけたら うみがあるよーん
でも そのうみは ほしのうみらしいよーん
はこは ほしのうみに うかんで たびしてるよーん
はこは じつは ふねなんだよーん
それじゃあ はこのそとにでたら うみ あるのかよーん?
おいら おそとに いきたいけれど どうやら そこは きけんらしいよーん
ざんねんだよーん
小さな世界の構造の話。多分、もはや、これは、SFです。
どんどん、どんどん、風呂敷は大きく広がっていきます。大風呂敷です。
物語中盤から終盤にありがちな、展開模様?
小惑星をくりぬいて、それを巨大宇宙船にする。
地上に広い建設場所が必要なくて、便利だよね……
資材とか運ぶのが大変そうだけれど、
スペースシャトル組み立てていくような感じで、運べばできそう。
それに、すでに宇宙にあるので、打ち上げる必要も無い。
旅立つ時も、地上から打ち上げるよりも、燃料が少なく済みそう。
ちょっとロマン(?)あふれるよくある話♪