12・吹雪の夜に
「酷い嵐がきそうだ」
まだ、風も波も穏やかだが、風が嵐の気配をはらんでいた。
今日は、雪も舞っている。このままでは、酷い吹雪になるだろう。
「この調子だと……」
少年船長は、船にいる誰よりも、風の流れ、水の流れを視ることができた。
突然変わる大気の流れ、気まぐれで吹く強風、危険な水の流れ……
誰よりも早く変化に気が付き、正確に、指示を出すことができた。
そういった湖の上において発揮される能力のおかげで、船員たちの信頼も厚い。
だから、船長という役職についているのだ。
「早めに避難するに越したことはないか……」
湖の上で嵐が過ぎるまで、漂躊しても良いのだが、
こういう酷く荒れそうな時は、無理をして湖の上にいる必要は無いのだ。
陸に上がれるのならば、陸に避難する。
それが、長生きするため代々受け継がれてきた船乗りの知識なのだ。
湖のほとりには、船ごと入れる船倉庫がある。
普段は使われることもなく、めったに人も寄り付かない場所ではあるのだが、
こういう時のために避難したり、船体を修理したりする場所なのだ。
「なんとか、間に合ったかな」
嵐が本格的になる前に、船倉庫がある場所につくことができた。
この嵐がおさまるまでは、ここにいるしかない。
「みんな、嵐がおさまるまで、各自、好きな部屋で休んで」
その船倉庫には、いくつか休める部屋があるのだ。
「船長、部屋にひとつ明かりが、だれかいるようです」
船員の一人が、指差した先、数ある部屋のうち一つ、明かりがついている。
先客がいるようだ。
「きっと、嵐で非難してきたんじゃないかな」
急な嵐だったので、陸を旅していた人が避難してきたのだろう。
「ボクが様子を見に行ってみるよ」
「おいらもついて行くよーん」
湖族の少年とヨンヨンは、戸を叩き、中へ入ってみる。
そこには、数人の少年、少女、白狐がいた。
「なんだか、こんな嵐の日に、こんな離れた場所に、勢ぞろいだね……」
2、3人かと思っていたのに、意外な人の多さに少年は少し驚いた。
そして、ご丁寧に、一人倒れている人もいる。
遭難した物語にありがちな状況だ。
一体、どんな推理モノの話なんだと、少年は思う。
「あら、何でも屋さん♪夢であった以来だね♪」
新たな来客に気がついたしゅりるりが言う。
(……やっぱり、夢の中にいたのか!)
それはさておき、少年は経緯を尋ねる。
「どうして、テースキラさんは倒れているの?」
そう、倒れているのは……テースキラだった。
倒れているテースキラの上で、雛の子が、ひよひよないている……
「一応、応急処置はしたんだけれどね……」
しゅりるりは、うつむき震えながら言う。
「何をしても動かないのですぅ」
「きっと、しんでいるのですぅ~」
玉殿と房殿は言う。
「こわいですぅ」「ですぅ~」
シルルの後ろに隠れて震える白狐たち。
「そ、そうなのかよーん。おいらも、怖くなってきたよーん」
湖族の少年に抱えられていた、ヨンヨンも震えだす。
シルルと、オルドビスの話では、急な嵐で、家に帰ろうとしていたはずが、道に迷って、
気がついたらこの家の近くに来ていたらしい。
「災難だったねぇ♪」
しゅりるりは、楽しそうに言う。この笑顔は、なにか企んでいる時の顔だ。
笑顔のまま、一枚の変色した紙を取り出す。
「部屋を調べているとき、このダイニングメッセージを見つけたんだ」
「ダイイングメッセージじゃなくて?」
「間違えてはないよ、ダイニング、つまり台所」
そう言って、しゅりるりは、もう一枚、古い紙を取り出す。
「テーブルの上には、この『夕ご飯は冷蔵庫の中』と言う紙が、冷蔵庫の扉には、この『おやつは戸棚』という書き込みが♪」
2枚の紙がしゅりるりの手の中でひらひら踊っている。
「確かに、それは、台所の伝言だね……」
この事件とは、全く何の関係もなさそうだ。
「ふっふっふ、犯人は この中にいる!」
しゅりるりは、突然、生き生きと語りだす。
どこから取り出したのか、茶色の帽子と外套着込んでいた。
どこかの本で読んだような格好だ。
一体、何をしたいというのだろう。
「この中にいるんですぅ?」
「犯人は誰ですぅ~?」
白狐たちは、探偵の出現に、大はしゃぎである。
「ふっふっふ、まぁまぁ、落ち着きなさい。玉殿ちゃんに房殿ちゃん」
しゅりるりは、二匹の白狐をなだめる。
「テースキラを死なせてしまったのは誰ですぅ?」
「誰がテースキラを殺したですぅ~」
しゅりるりは、ニヤニヤしながら、まだ、黙っている。
「そろそろ、だから……」
テースキラに視線をやる。何かを待っているようだ。
「計算が正しければ、そろそろ、起動する頃……」
しゅりるりのことだ、何か突拍子も無い罠を……
……と、その時。
「……まだ生きている。少し深く寝ていただけ、」
突然、今まで、何の反応も示さなかったテースキラが、無表情で、のそりと起き上がる。
「おばけですぅ」
「きゃーですぅ~」
「よーん、よーん」
「いや、いや、いや、さっきまで、息してなかったよ~」
玉殿と房殿とヨンヨンに混じって、オルドビスもおびえている。
「だから、一応、応急処置はしたって、言ったでしょう♪応急処置の結果、
生き返らなかったとは一言も言って無いよ。まぁ、大丈夫とも言って無いけれどね♪」
しゅりるりは、再びうつむきながら震えだす。
笑いをこらえているようだ。
(さっきの、あれも、笑いをこらえていたのだろうなぁ……)
湖族の少年は、思い出し、苦笑いする。
何か企んでいるとは思ったが、やはり……しゅりるりが楽しそうにしていた理由がやっと分かった。
誤解を与えて、楽しんでいたのだ。
何一つ、嘘はついておらず、事実しかしゃべっていないから、たちが悪い。
なんだか、しゅりるりに嵌められた気分だ。
「……犯人は、しゅりるりだったというオチ?」
オルドビスは、そっとつぶやいた。
まぁ、確かに、この騒ぎの原因は間違いなくしゅりるりだろう。
「……でも」
シルルが口を挟む。
「でも……呼吸なかったし、肌も、ものすごく白かったというか、生気がなくて、駄目だったのかと」
彼女は、いつものように冷静に対応する。
「まぁ、細かいことは気にしないの♪」
「どうして、息してなかったよーん?」
恐れより、好奇心が勝ったヨンヨンは、テースキラに尋ねる。
「呼吸?ボクには、その行為は、必要ないんだ。そういう構造、」
そういう体質らしい。
おおよそ、生物の常識とは離れた身体をしているらしい。
「……おや?ここは、どこだ?思っていた場所と違う、」
まだ、状況を把握していないテースキラ。
「そろそろ、起きる頃だと思ったよ♪君が倒れていたから、タイヘンダ~と思ってね」
しゅりるりは、棒読みで言う。絶対「大変」とは、思っていなかったに違いない。
「ここまで運んできたんだけれど、嵐に巻き込まれてね。嵐が来る前には、アラクのところへ運びたかったんだけれどね」
しゅりるりの笑みは、まだ消えていない。
「し、師匠?来ていたんですか?ココに、」
テースキラの赤い瞳が、瞬く。
「まぁね、ココで一休みしていたら、人がぞろぞろやってきてさ♪」
しゅりるりは「うふふ」と笑う。
「……知っててやっていたでしょ……師匠は、」
「さぁ、何の話かなぁ♪」
しゅりるりは、さらに唇をあげる。
面白そうだとあらば、どこからでも、いつでも、なんでも現れるのだ。そういう人なのだ。
「師匠……?」
テースキラがしゅりるりに向けているこの言葉が気になった。
「師匠と呼ばれているものの、テースキラは弟子って言うわけではないのさ。あだ名みたいなものかな♪」
しゅりるりは、丁寧に答えてくれた。
しかし、だからといって、この状況の謎が解けるわけではなく、重要な情報ではないのも事実。
「しかし、師匠のお手を煩わせるなんて。別にあのまま放置していても、構わなかったのに、」
テースキラは、一応感謝はしているようだ。
「あのままだったら、本当に、動かなくなっていたよ?」
「仮に、あのまま本当に動かなくなったとしても、代わりの芽は、たくさんいるからね、その程度じゃ、何てことない、」
相変わらず表情一つ変えず、無表情のままだ。
「君は、本当にたくさんの目を持っているよね。確認したから分かると思うけれど……
ちょっと、あちこち、色々影響が出ているみたいだね。まぁ、いつものことだしね。緊急度は低いよ」
「あと数刻で嵐は収まるかな。予備が、故障部分を修理したようだし、」
「テースキラは、やっぱり、便利だね。離れていても、見えるんだから」
二人は、なにやら、次元の違う話をしている。
「あぁ、そうそう、あくまで、応急処置しただけだからね、ちゃんとアラクのところに行くんだよ、テースキラ」
「あぁ、自分の体のことは、わかっているつもり、」
テースキラの無感情な表情からは読み取れないが、予想以上に、ボロボロらしい。
「これからが本番。いずれ……いや、もうすでに『時』が来た……つかまってしまったから、」
「……もうすぐ、だね♪」
「人々は選ばなくてはいけない。海を求めるのか、」
「君も、彼も、やっと眠れる日が来たんだね……」
二人にしか分からない会話は進んでいく。
空想科学とか、幻想世界とか、夢物語に出てくるような会話に、戸惑いを隠せない。
「一体何の話をしているの」
「簡単に言うと、この嵐の原因究明と研究かな……テースキラは、調べているというか、見ているんだよ。
どこでなぜ嵐が生まれたのか」
「師匠も、知っているくせに。……これだから、師匠は、」
テースキラは、あくまで傍観主義のしゅりるりに呆れている。
「……そして、その解明中に、テースキラは怪我をして倒れてしまった。
それを見つけたから、嵐が本格的になる前に、アラクのところに、運ぼうとしたけれど、
間に合わなかったと言う、ただそれだけの話」
会話と、現実がつながらない。
何がなにやらさっぱりな、少年なのでした。
「まぁ、とにかく、嵐もじき収まるし、この事件は、被害者が死んでいなかった、
……ということで、無事解決♪おしまい、っていうこと♪」
しゅりるりのその言葉によって、強制的に幕が閉じ、話は終わってしまった。
なんだか、そんな感じでしたとさ。
「めでたし、めでたし」
★魚の日記「迷・たんてー」★
じっさいの たんていは さつじんじけんは かいけつできないよーん
それは けいさつのしごとだよーん
たんていが じけんに まきこまれても けいさつに ちゃんと れんらくしてよーん
「はんにんは おっまえだよーん」
でも いってみたい ひとことだよーん
意味不明系な話は、何が起こっても、なんとなく許されるよね。そんな感覚があります。
一言「おしまい」といえば、どんなに混沌でも、なにか大事な謎が残っても、終わるのです。
この終わり方のように唐突でも……(?)
関係ない話。
もしも、全小説の登場キャラクター人気投票やったら、上位に、ヨンヨンは入ると思う。
むしろ、他の作品の登場人物たちを抑えて、ダントツの1位?(笑)
……一応主人公だもんね、ヨンヨンは。
ちなみに、作者はヨンヨンが一番好きかというと、実はそうではないのが、面白いところ。
5本の指には入っているけれどね。