1・大海原へ錨を上げよう!
「はじまるよ〜ん、はじまるよ〜ん、ぷかぷかへんよ〜ん♪」
しゃべる魚は、水槽の中を泳ぎ回る。それは、紫水晶のようなうろこを持つ幼い魚である。
「『おおうなばら』へとくりだすよ〜ん」
ここは、浮かぶ船。白い帆をたたえた、ゆらゆら揺れる帆船の中にある部屋。
魚は、水槽の前にいる飼い主の少年に、魚は頼み込む。
「ぼうけんねぇ……」
魚の言葉を聞いて、少年は、そうつぶやいた。
その少年は、羽付きの青い帽子をして、眼帯をしている。いわゆる海賊のような格好である。目が悪いわけではないが、格好いいからという理由だけで、この海賊の格好をする時は、好んで眼帯をつけている。いわゆる形式美というやつである。
「ろまんろまん、わくわくよ〜ん、よ〜ん」
魚は飛び跳ねる。水が跳ねる。変わらず嬉々として、泳いでいる。
「それは無理」
少年はそんな魚を撫で、落ち着かせる。
「なんでだよ〜ん」
魚は疑問に思う。
少年は、ため息をついた。そして、この世界のある事実を、口から言葉に出して、魚に伝える。
「この世界には。海がない……」
少年は、両手をあげる。
これこそ、お・て・あ・げ・状態。
「よ〜ん!!?」魚は驚く。
まさか、海がないとは思わなかったのだ。
「せいぜい、みずうみ」
この船が浮かんでいる湖と、そこに浮かぶひとつの島以外は、この世界には存在しない。
この世界には、海はないので、この少年は海賊ではなく湖賊なのであった。
<ぷかぷか編・完>
★魚の日記「おおうなばら」★
おおうなばらは ひろいよーん
どこまでも すいへいせんだよーん
よーん
このせかいに うみがないけど みず「うみ」があるから
このみず「うみ」のおおうなばらを ぼーけんするよーん
すいへいせんがないけど それはがまんするよーん
しゃべる魚の語尾が、なぜ、「よーん」なのかというと、
鯨の鳴き声が、自分には、なんだか、「よーん」と聞こえるからです。
しゃべる魚が鯨の仲間というわけではないのですが、
水棲生物がしゃべるとしたら、語尾は「よーん」にしようと思ったという、
ただそれだけの理由です。