3.
若干残酷描写あり。->差し替えに伴ってなくなりました。
2021/2/21 改稿
2021/10/22 内容の差し替えを行いました。詳しくは活動報告にて
2024/4/14 内容が割と変わりました。またかよ。
2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更
「とまれッ!」
ゼロがユーリと一悶着起こした翌日の朝。集落から数刻歩いた場所にて。陽はまだ低く、ようやく明るくなってきた、わずかな風が吹く草原に、野太い男の声が響く。その声に呼び止められた男、全身黒ずくめの傭兵が、速足をやめ面倒そうに振り返る。
彼の視線の先、小高い丘の下にいたのは、くすんだ銀の鎧を身にまとった男たち。ここ数日で何度もゼロの眼前に現れた、かの鎧を身に着けた者たちは、油断なく構えたまま一人の男を送り出してくる。
その男はゼロの前まできびきびと歩み寄ってきたかと思うと、芯の通ったよく響く声をあげた。
「傭兵ゼロ・レルクとお見受けする! 私はイオニア帝国、カートン隊所属のトスクと申す! 貴殿がこのような場所にいる理由を教えていただきたい!」
びりびりと空間を揺らす男の声に、ゼロは迷惑そうに顔を引く。
「……それを言って何になるか。」
「強大な傭兵の動向は我々にとって極めて重要な懸念事項である! 貴殿が我々の邪魔立てをするのであれば、我々にも考えがあるということだ!」
明言こそされなかったが、この発言はすなわち、彼らが何らかの目的でセイヴァの地を踏んでおり、ゼロの存在がその邪魔になりかねないか、あるいは彼が依頼でここに訪れたことを警戒している、ということを意味している。
それはゼロもわかっている。しかし先の集落で、ゼロ視点では話の通じない女に出会ってしまったばかりに、彼もまたうんざりしているのだろう。彼は心底嫌そうにため息をついた。
「……それは大層なことだな。」
「答えていただこうか!」
なおも引く気のない男の声から、少しでも離れようとしているかのように、ゼロは斜めに顔をそらし、しぶしぶといった風情で述べた。
「……何もしていない。私はこれよりハリンマに向かうのだ。セイヴァの連中にも、貴様らの侵略にもさほどの興味はない。」
ゼロの言葉と同時に、草原に金属同士がぶつかり合う甲高い音が響く。素晴らしい速度で抜刀した、トスクと名乗った男の一撃を、すさまじい速度の一撃が迎え撃ったのだ。
目にも見えぬ速度で納刀したゼロは、柄に手をかけたまま、いつでも動ける姿勢で男を見つめた。
「……貴殿は、どこまで知っている!?」
男の額に一筋の冷や汗が流れる。視界の外からだと思っていた、渾身の一撃を防がれた。否、きっとゼロは、初めから最後まで、自分から目をそらしてはいない。それをなんとなく察したのだろう。
「……さてな。面倒な女に出会った、程度のことだ。」
ゼロの話し声とともに、ひゅん、という音とともに男の一撃が空を切る。それを難なくかわしたゼロはそのまま男の手首に蹴りを入れ、男の得物を弾き飛ばした。
「しかし……イオニアの兵士というのはどうにも血の気が盛んでたまらん。おまけに話を聞く気がないと来た。」
話をしながら淡々と、体勢を崩した男の脇腹に蹴りを入れ、倒れこんだ男の首に足裏を当てる。飛んできた矢はすべて一刀のもとに切り伏せられ、舞い踊る炎も一撃の風圧に弾き飛ばされる。
「……動けばこの男の首をへし折る。私がこやつを殺してしまえば、貴様らも生きては帰れんぞ。」
現在のところ、ゼロは突然襲い掛かってきた男たちを撃退した被害者側の人間である。しかし、ここで男を殺してしまえば彼は殺人の加害者となる。それをイオニアの兵士という治安を維持する人間たちに見られるということは、すなわちゼロが罪に問われかねない状況になるということ。
ゼロは、自身が平穏に暮らすためならば、誰も見ていない状況で人を殺した、という状況を作ることにためらいはない。むしろ彼は今までずっと、そうしてきた。
男が危ないと判断して、ぞろぞろとやってきた兵士たちは、ゼロの脅しに動きを止めざるを得ない。
「わ、わかった……降参する。おい、お前たち、武器を捨てろ、魔術もダメだ……!」
戦場をいとも簡単に制圧した力、後ろから撃っても殺せなさそうな技術を目にし、かなわないと判断したのだろう。男の命令に、兵士たちは武器を捨て、後ろに手を組む。
「……初めからそうすればよいのだ。」
無理な体勢を強要された男は、ようやく解放されたころには、ゼイゼイと荒い息を隠すことができていなかった。
「……悪かった、傭兵ゼロ。」
「……この程度、慣れている。」
面倒そうに眼をそらすゼロとは対照的に、彼は何かを確信したかのように、ゼロに向きなおり彼の横顔をまっすぐ見つめる。
「一つだけ、答えてくれ。お前が出会った女、名前は何と言っていた……!」
「……なぜ。」
「なん、でもだっ!」
説明になっていないが、ゼロとしても答えること自体を忌避していたわけではないのだろう。男の後ろに控える兵士たちの、複雑そうな視線を浴びながら、ぼそりと答える。
「……ユーリ・スティテイア。そう名乗っていた。」
「やはりそうか……!」
そう言って、彼は獰猛な笑顔を浮かべた。
「傭兵ゼロよ、貴様に金を払う!」
ゼロに金を払うという行為が意味するところは一つ。ゼロは男を見つめ、小さく頷くことでそれに答えた。
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ところ変わって、ゼロと兵士たちが接触した地点からややイオニア寄りの、最寄りの集落。そこは前日に、ゼロが当初の目的地としていた場所。
その集落は、荒れ果てていた。家屋は破壊され、畑は燃やされ、地面のいたるところにどす黒いシミがしみ込んでいる。集落の一画には、赤黒い何かが渦と積まれて。異臭を放ち始めているそれの正体が何であるかは、想像に難くない。
そんな、かつて集落だった場所の中心部には、セイヴァでは見られない革製のテントがこじんまりと鎮座している。ゼロが招かれたのはまさにそこであった。
「状況は理解した。災難だったな、トスク。相手が悪かった。」
テント内部、ゼロの前に座る男は、トスクの報告を聞いても顔色一つ変えない。白髪が目立つ頭を頭を振り、ゼロのほうに視線を向ける。
「はっ、恥ずかしい限りであります!」
「そしてお前が、傭兵ゼロか。」
「……。」
「お初にお目にかかる、私はイオニアのカートンだ。ユーリ・スティテイアの情報を握っていると聞いたが……。」
「……握っているというほどのことではない。奴の居場所は知っていたが、それももはや古い情報であろう。」
時刻は昼を回ったところ。そしてゼロが例の集落を発ったのは朝早く。ユーリがもはやその集落にいない可能性は大いにある。
「……だが、貴様らの状況は把握した。セイヴァ東部の壊滅とは……随分と思い切ったものだ。」
そう。突如としてセイヴァの地に現れたイオニア兵たちの目的は、セイヴァ東部、すなわち反帝国派の壊滅、排除。つまり言ってしまえば奇襲戦争である。
以前の争いにおいて、イオニアはセイヴァの遅滞戦闘と人々の連携に翻弄され、苦しめられた。しかし、それはあくまでも、戦況を膠着させることこそがセイヴァの勝利条件となり得たからこそ有効だったに過ぎない。以前と違って国力を取り戻しているイオニアは、あとは数にものを言わせて蹂躙するだけで何もかもを終わらせることができる。
「……しかし。ならばあの女こそが。」
ならば、ユーリと名乗った少女もまた、この作戦に従い動いていると考えるのが自然。しかし実際のところ、彼女はセイヴァの集落を襲うどころか、民との対話を求めていた。これから滅ぼす民と口を利く理由などないにもかかわらず。
「ああ、その通りだ。」
それは結局のところ、単純な理由に基づくものである。
「傭兵ゼロ。貴方には、裏切り者のユーリ・スティテイアが逃がした、セイヴァの民の討伐を依頼したい。」
正義感にあふれた、大局や国益より人情を優先するユーリ。彼女は、侵されるセイヴァの民を、一人でも多く逃がすために、無断で国を出て行動しているのだ。
その行動は功を制しているらしく、ゼロがちらりと目を向けた山の構成員に、女子供の姿は少ない。しかし、それは逆にいうと、彼女の働きかけがあったにもかかわらず、セイヴァの民のうち戦えるものは集落に残ったということ。ユーリの行動はイオニア本国の作戦に何らの影響を及ぼさないどころか、むしろ後方支援要員を引き抜くという形で利をもたらしているとさえ言えてしまう。
「……一人残らず、か。」
「ああ。」
イオニアは本格的に、セイヴァ東部を自国領とするつもりなのだ。そのためには頑固で帰属意識の高いセイヴァの民は邪魔でしかない。故郷を追われ復讐に燃える人間に足元をすくわれないためにも、最低限、もはや反帝国派のセイヴァの民として活動できない程度に、彼らを弱体化する必要がある、ということである。
何より、武力による蹂躙は、今は友好であるセイヴァ西部への、よい牽制となる。
「……引き受けよう。」
「感謝する。貴様の名はイオニアの栄達を築き上げた英雄の一人として……。」
「不要だ。訓練場に絵でも書いておけ。」
先の出来事でイオニアの民に嫌われている彼は、表に出ることを望まなかった。ただそれだけの話なのだが、それが謙虚さの表れだと考えたのだろう。カートンは笑う。
「そうか……貸し一つだな。」
その方が都合がよかったためだろう。ゼロは何も言わず、黙ってテントを後にした。