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瞬撃の魔剣士  作者: Legero
純白の願い篇
8/46

2.

2021/10/22 内容の差し替えを行いました。詳細は活動報告にて

2024/4/14 内容が割と変わりました。またかよ。

2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更

 その集落は平凡であった。セイヴァではよくある規模の集落に、セイヴァにはよくある木と皮でできたテント状の建物が間隔をあけて並び、その間に伸びる踏みしめられた地面を、これまたセイヴァでは一般的な動きやすい服装に身を包んだ人々が行き来している。村の周囲には木でできた頑丈な柵が立てられていて、狩りから戻った男たちに気が付いた集落の女が、それを内から解放して彼らを迎え入れる。柵の外には小さな、しかし豊かな畑が広がっており、様々な形の葉と綺麗な色の実が複雑に揺れ動き、絡み合い、まるで波のような模様を描き出している。生い茂る葉に埋もれてしまった、辛うじて役割を果たしている区分けの道の上には、これまたこの集落の者であろう人の姿がうかがえた。


 穏やかに日々の暮らしを営む彼らは今も、何処までも平凡で、だからこそ彼の存在は特に目に付く。黒づくめの服装で、不機嫌そうな仏頂面をした長身の男。彼の一挙手一投足を見逃してなるものかと、働く人々の視線は一斉に彼に向かって注がれる。


「……旅人だな? こんな辺鄙(へんぴ)なところまで、よく来たな。」


 作物に囲まれた道を抜け、集落にたどり着いたゼロを迎えたのは、ほどほどに鍛えられた、しかし年齢故のたるみが見える、門番であろう中年の男だ。顔には柔らかな笑みを浮かべ、一見親し気に歩み寄ってくるが、よく観察すれば、その身でもって村の入り口をふさいでいることがわかる。その顔には、じんわりと警戒の色がにじみ出ていた。


「……一晩の宿をもらおうか。」


「宿? なるほど、かまわない……と言いたいところだが。」


 そういって、男はさっと手を後ろに下げる。それとともに、軽装で、急所だけを的確に守った男たちが数名、男の後ろに陣取った。対するゼロは、それでも淡々としており、それが余計に彼らをいらだたせたか、彼らの武器を握る手に力が入る。


「……帝国の話を知っているな。」


 脈絡のないゼロの言葉に、彼らは眉を顰める。


 セイヴァ、特に反帝国派の村々の間には、ある程度離れた村同士の連絡網が存在している。それは、いつの日かもう一度帝国が攻めてきたとしても、同じように攻勢を弾き返せるようにとのこと。彼らの間で、帝国に関する情報が行き渡るのは想像以上に速い。


「帝国? ああ、知っているとも。連中があっちの村にやってきたってな。ご丁寧に武器まで持ってよ。」


 ゼロの静かな声に門番が若干の敵意を込めて返す。


「……私が連中を避けてきたと言ったら。」


「は、口では何とでもいえる。」


「……面倒は避けたいのだがな。」


「ならさっさと出て行ってくれ。得体のしれないやつを入れるわけにはいかねえんだ。」


 そういってしっしと手を振る男。冷たいように見えるが、ただでさえ閉鎖的な集落で、さらに警戒態勢がとられているとなればこんなものである。ゼロもそれがわかっているのだろう、冷え冷えとした目で彼らを見つめ、切り出す。


「なればこうしよう……私は貴様らに手を出さん。この村にいる間、私は故意で持って貴様らを貶めるようなことをしないと誓おう。その対価として、貴様らは私に宿を貸す。」


「おいおい、呆れたな。そんなもの、聞くまでもねえよ。」


 当然である。その内容は、今までの問答から何も変わっていない。せいぜいゼロの近いが増えた程度で、対価に対する譲歩というものがない。


「……わからん連中だ。つまり……生きるか死ぬか、二つに一つということだ。」


 それと同時にゼロの姿がぶれ、一人の村人がうめき声とともに崩れ落ちる。腹を抱えて悶絶する男を見て、遅れて何が起こったかを理解したのだろう、残された四人の顔に恐怖が宿る。


「私は貴様らに手を出さん。それ以上でも、それ以下でもない。」


 そういい捨てて、悠々と村に入るゼロ。彼の後ろ姿を、男たちは無言で見送ることしかできなかった。

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

 ゼロは強い。それは紛れもない事実である。どんな高名な勇士であっても、強権であっても、人を殺す、という仕事において彼の右に出る者はいない、と言われるほどである。彼の強さは武を生業とする人々にとってはまさに完成系の一つであると言われることもあり、彼のような強さを求めて鍛錬に励む若者も決して少なくはない。しかし、その多くは、志半ばで夢を諦め、平凡な兵士としてまっとうな職務に励むようになる。


 その理由は単純で、ゼロの生きざまがあまりにも過激すぎるという点があげられる。彼の誇る強さは結局のところ、ためらい、すなわち人情を捨てたことに所以する。それすなわち、その強さを持つ者は他者に嫌われる(・・・・・・・)ことを(・・・)避けられない(・・・・・・)、ということ。多くの若者は、その強さの本質に気が付かず、それに気が付いた数少ない者達も、己の行かんとする道に横たわる、人の悪意という大敵に打ち勝てないのである。


 つまるところ、そうした強さを持つゼロに対して、何かしらの形で反感を持っている者は当然数え切れぬほど多い、ということである。それが漠然としたものか、はっきりとした嫌悪感であるかは人によるところが大きいが、少なくとも、その感情故に彼の人格そのものを掴み損ねている者が多い、ということは間違いない話である。


「わざわざこんな辺境にまで来て、一体何を企んでいるのですか。正直に言いなさい、傭兵ゼロ!」


「……話の通じない女だ。陰謀は私の仕事ではない。」


 そう言った事情がある以上、こうしたもめごともしばしばおこるものなのであった。


 黒の傭兵と帝国兵士が言い争っているのは、集落の端でこじんまりと経営している、宿付きの食堂の宿受付である。鎧に身を包み、剣に手を当てて油断なくゼロを睨みつける兵士の肩には長めの髪がかかっており、胸を覆う鎧にはわずかに膨らみが作られている。金髪に青い目をした、その年若い女性兵士の見目は非常に整っているが、なまじりを吊り上げるその表情がその魅力をいくらか損なっていた。その顔に明確な嫌悪感を乗せた少女の背後では、宿を経営しているのであろう、三角巾を頭に巻いた女性がおろおろと彼らの口論を見ており、周囲では三人の旅人らしき男女がひそひそと言葉を交わしている。


「ええ、ええ、そうでしょうとも。貴方は単なる切っ先、人でありながら、意思も正義も持たず、ただ振るわれることを是とした愚か者!」


 事の次第はこうである。男たちを力と脅しで制圧し、一晩の宿を悠々と確保したゼロ。旅の物資を確保すべく村をうろついていた彼の前に、十数名の武装した兵士が現れた。彼らが身にまとう白銀色に光る鎧は、つい最近ゼロが目にしたそれとよく似ている。


 すなわち、イオニア兵との邂逅を回避したつもりが、回避した先にもまた兵がいたということである。


「た、隊長。明日もあるのですからそのくらいにして……。」


「いいえ、このような不穏分子、放っておくわけにはいきません!」


「……不穏分子とは心外な。私は害意をもってこの村を訪れてはおらん。」


「心外ですって? 彼らも言っていたのですよ、全身黒ずくめで長身の男に脅され、無理やり村に押し入られたと! これを害意と言わずしてなんと言うのですか!?」


 害意があるかを置いておいたとしても、脅して村に入ったこと自体は間違いなく事実であるためか、ゼロは説明も弁明もせず、ただただ面倒そうに正義感の強い少女を見つめる。


 実のところ、ゼロの行動は、それを受け止めた男たちの態度に多大なる影響を与えていた。彼の目にも見えない攻撃は男たちに、自分たちの力は村を守るに不足しているのではないかとの考えを植え付けた。それゆえに彼らは、後からやってきた女兵士の言い分を聞くという選択を取り、そして彼女が長との対談を求めたがゆえに、彼らはイオニアの兵士たちを集落に受け入れた。


 要するに、ゼロの行動は村人たちの態度を若干軟化させたのである。それにより余計に面倒な事態に巻き込まれたという事実は、自業自得と言って差し支えはない。


「何とか言ったらどうなのです!」


「……貴様に語ることなど何もない。」


 そういって、まなじりを吊り上げにらみつける少女に背を向ける。ゼロは全く嘘をついていないのだが、その態度こそが火に油を注ぐ。


「逃げるのですか!?」


「……それの何が悪いか。もとより、貴様と私が交わることなどない。」


「このっ!」


 案外喧嘩っ早い性格なのだろうか、少女はにべもないゼロに向けとっさに手を上げる。


 そして、それがよくなかった。振り上げられた拳は、少女が引き連れる兵士の手に覆われ、止められる。


「ユーリ様っ、それはダメです! 気持ちはわかりますけど、抑えてください!」


 二人の様子を、いつの間にやら振り返ったゼロが無言で見つめる。


「でもっ! こいつは、この男は、今まで何人も人を殺してのうのうとっ……傭兵ゼロは危険だって、貴方も分かっているでしょう!?」


「わかります! でも、彼はまだ(・・)彼は何もしていないじゃないですか! 貴方の思う、貴族のあるべき姿とは、無実の人間を疑わしいというだけで罰する暴君なのですか!?」


 兵士の言葉に、少女ははっと後ろを振り返った。彼女の視線の先には、悔しそうな顔をした己の部下がいる。彼の顔に何を思ったか、少女はそろそろと、振り上げたこぶしを下に降ろし、うつむいた。


「……よいでしょう。今回は見逃します。傭兵ゼロ。」


 温度がないゼロの視線に射抜かれながらも、少女はばっと顔を上げ、外道の傭兵に向かって指を突き出す。


「ですが! 私、ユーリ・スティテイアの名に懸けて、貴方がどれだけ悪であるかを世界に証明して見せます! 貴方のような外道がのうのうと生きて、罪なき民衆が理不尽に死ぬ世界などあってはならない……いつかきっと、貴方のような人間が正しく罰せられる世界を作って見せます!」





「私が、イオニアの貴族として、人々を守って見せますから……必ず。絶対に!」





「……そうか。ご苦労なことだな。」


 それだけ言ったゼロは、彼を睨みつける少女の憎々し気な視線も意に介せず、薄暗い廊下の奥にゆっくりと消えていった。

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