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瞬撃の魔剣士  作者: Legero
純白の願い篇
7/46

1.

あけましておめでとうございます、新年です。

そしてお待たせしました、新作です・・・けど、正直贄の微笑みほど出来が良くないと思います(ヲイ)

肩の力を抜いてお読みください。

2021/1/9 16:00から1時間おき、全5話です。

2021/1/31 とある有名キャラと色彩が丸被りなことに気づいたのでゼロの色彩を変更しました(冷や汗)。

2021/10/22 内容の差し替えを行いました。詳しくは活動報告で

2024/4/14 割と大きく内容が変わりました。またかよ。

2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更

 大陸北部を支配するイオニア帝国の帝都からまっすぐ南下した地域。大陸を横断する雄大な山脈を超えた先には広大な平野が広がっており、そこには多数の集落が点在している。大陸最大勢力であるイオニア、ドリアの連合国に守られたその地域、セイヴァは、元々独立していたわけではない。それはおろか、今も昔も国ですらなかった。


 数百年前、人口増加とそれに伴う食糧危機、それに伴い栄養不足による病の流行にさらされていたイオニア帝国は、セイヴァが持つ豊かな土地に目を付けた。セイヴァの民は当時より、ある集落は豊かな土地で多彩な作物を栽培し、ある集落は力を合わせ狩りをして、そして集落ごとにその恵みを取引という形で分けあいながら、日々をつつましく暮らしていた。そのような暮らしが許されるほどの、大自然に祝福されたセイヴァの地は、元よりあまり豊かな方でない、山岳地帯が国土の大部分を占めるイオニア帝国からしてみれば喉から手が出るほど欲しいものであったのだ。


 帝国は一刻も早い食物の確保を求められており、そんな彼らがセイヴァの民に戦争を仕掛けることはある種当然の帰結であった。所詮は小さな村の集まり、軍隊も王もないセイヴァの民が強靭な帝国軍に勝てるはずも無い……帝国のその楽観的な予測は、しかしあっさりと裏切られることになる。


 セイヴァの民より、故郷を守るため立ち上がった勇士たちは、当時の帝国軍相手に互角の戦いを挑む猛者の集まりだったのだ。それに加えて、彼らは聡明だった。彼らは今の帝国に長期間戦争を続ける余力が残っていないことを見抜き、積極的な攻勢に出ることなく、セイヴァとイオニアをつなぐ唯一の道と、その周辺の森を巧みに使い、攪乱と妨害、防衛、兵站の強襲を中心に帝国の弱点を的確に突いて来たのだ。その見事な戦いぶりに帝国は何もできぬまま、物資不足でセイヴァの征服どころではなくなり撤退を余儀なくされることになる。現在でも語られる帝国の負の歴史である。


 最終的に、このままでは帝国に未来はないと判断した当時の皇帝の機転―失敗を清算しただけではあるのだが―により、セイヴァとの間に結ばれたのが、今に至るまで結ばれ続ける一つの条約、包み隠さず言ってしまえば所謂停戦条約である。帝国はセイヴァの盾となり、文化と武器と道具を与える。代わりに、セイヴァの民は帝国に自然の恵みを分け与える。泥沼の戦いと大きすぎる犠牲を乗り越えた果てに、当時の帝国は安寧と食料を手に入れ、なんとか未曽有の逆境を乗り越えたのだった。


 帝国は当然のこととして、抗戦を繰り返した当時のセイヴァの消耗もまた激しく、それは帝国への憎悪に変わり今もところどころでくすぶっている。当然それは帝国の兵士にとっても同じであり、その軋轢は今もところどころで人々の小競り合いの火種となっている。時には大規模な殺し合いに発展することもあったそれは、イオニアの皇帝にとっては頭痛の種である。ここ数十年は大規模な殺し合いは起こっていないのが不幸中の幸いだろうか。



 そんなセイヴァの地にて。帝国とセイヴァを隔てる大山脈に、唯一開かれた切通しを抜けて、すぐの場所。辺り一面に広がるわずかに色褪せた緑色に、時折混ざる赤、黄色の鮮やかな色彩が美しいそこは、セイヴァの民が管理する畑である。そんな、見事に熟れた作物が穏やかな風にさわさわと揺れる、長閑、あるいは牧歌的な風景の中、ひと際異彩を放つ黒ずくめの長身の男が早足で歩いている。


 畑と畑の間にしつらえられた輸送用の通路を、普段のように柄に手を添え歩く彼―大陸最強と名高い、瞬撃の魔剣士の異名を持つ傭兵ゼロは、その鋭い目で周囲を油断なく見据えている。揺れる穂先に目もくれず、まるで何かを探すように。


 かすかに舞う土埃。穏やかな風に揺れるマントの裾、長い黒髪。そして俯き加減に隠れた目。周囲の畑も相まって、遠目で見れば、色彩こそ歪ではあるものの、それはまるで絵画のように美しい光景だ。


 そんなゼロに、声をかける者がいた。


「おい。」


「……何か用か。」


「あんた、何しに来たんだ?」


 ゼロにそう声をかけたのは、まだ幼さの抜けきらない少年だ。茶色の髪に緑色の目をした、特別崩れても整ってもいない平凡な顔立ちが印象に残る。


「……貴様に関係があることか。」


 ゼロの不機嫌そうな声に思わずといった具合に少年がたじろぐも、それもつかの間。何かに駆られた様子の少年は、彼の目をぐっと睨み返して言葉を続ける。


「あ、あるぞ。あっちは俺の村だ。」


「……そうか。」


 実際大して興味がないのだろう。ゼロはあしらうように淡々と述べ、少年に背を向けたままだ。


「おい、待てよ、おい! お前もあいつらの仲間なのか? イオニアの兵士だとかいう、あいつらの!」


 少年の言葉にゼロが足を止め、振り返る。


「……帝国の連中がいるのか。」


 傭兵ゼロは、つい数日前に帝国にて一悶着起こした身である。全くではないが面倒なことになりかねないと察したのだろう。


 振り返ったゼロに睨みつけられ、少年がびくりと震える。


「……ああ。今朝、突然押しかけてきたんだ。」


 少年が頷くのを確認し、彼は無造作に金を投げ渡す。


「……続けろ。」


 慌てて手を伸ばし、小さな重みを受け取った少年。ゼロの促しに、彼はおずおずと話し始めた。


「……今朝がたに、イオニアの兵士とかいうやつらが大勢やってきたんだ。なんか村長と話させろとか何とか、これ見よがしに剣を提げて、こっちのこと威圧してきやがって……!」


 話しているうちに怒りが蘇ってきたのだろう、少年は拳を握りしめる。


 さて、セイヴァの民、と一言に言ってはいるものの、実際に彼らが一つの連合として生きているわけではない、とは先に述べた通りだ。そのため、同じ地域で同じような生活をしているとはいえ、実際のところ、集落によってさまざまな点においての微妙な差異が存在する。彼らがセイヴァと呼ばれるようになってからその時が訪れるまでは、特にその差異が顕在化することはなかったが、その時、すなわち帝国と関係を持った際に、彼らの微妙な差異が帝国への反応の違いに多少なりとも関与することとなった。すなわち、親帝国派、反帝国派の誕生である。


 帝国と実際に刃を交えた集落―つまり帝国にほど近い場所の集落である。これを一般にセイヴァ東部という―が帝国とその政策に悪感情を抱き、逆に帝国から遠い場所に位置する集落―セイヴァ西部の集落は帝国とその援助を受け入れつつあるという傾向が、戦争の歴史を最も大きな要因として存在している。そして、それにもかかわらず、地理的要素として、セイヴァと帝国はゼロが通った切通し以外に現実的に繋がる場所がない、という現実が話をややこしくしているのだ。つまり、帝国視点では、仮にセイヴァと協調しようとしても、切通しと親帝国派の間に位置する、反帝国派が邪魔になるのである。


 そして、セイヴァの民は一度受けた屈辱を決して忘れない程度には、己たちの文化に誇りを持っていた。結局、帝国とセイヴァの小競り合い―武力行使の有無にかかわらず―はなくならず、親帝国派と反帝国派の小競り合いが頻発することも併せて、セイヴァの土地は少しずつ荒れ始めているのだ。事実として、現在のイオニアの食糧事情はセイヴァよりも、むしろ同盟国の新生ドリア王国への依存の割合のほうが大きい。


 最も、このような事実は他国民は当然のこととして、帝国民すらもさほど興味を持っていない。せいぜい、『同盟を組んでいるのだから大丈夫だ、いざとなれば潰せばよい』程度にしか考えておらず、食料が取れなくなる可能性には全く気付いていない。同盟を掲げておきながらその相手を舐め腐った、実にお粗末な発想ではあるが、この世界の平民の大半は、言っては悪いがそんなものである。自分の明日の生活に、直接(・・)関与しないことにはとことん興味を持てないのだ。もっとも、貴族が平民を守るという構図がある以上、それでも問題なかった、と言い換えることもできるが。


 話を戻すと要するに、この少年が属する村は反帝国派に属する村なのだ。武器を腰に下げ大挙して押し寄せた、親世代がさんざん宿敵と呼んだ者たち。彼らに対する敵意は少年の幼い警戒心を掻き立て、こうして外部からやってきたゼロを詰問するに至ったのだろう。


「……有用な情報、感謝する。」


「え、おい、待てよ!」


 何かと物騒な世界に身を置くゼロではあるが、それでも自ら火種に飛び込んでいく趣味はない。彼は不愛想な感謝の言葉を一つよこして、本来向かうつもりであった村に背を向け、足早にその場を去ってゆく。慌てて手を伸ばす少年だがもう遅い、黒々とした影が畑の影に消えたころ、少年は彼に押し付けられた手元の輝きに視線を落とす。


「……何だったんだ、あいつ……。」


 そういって、ゼロが去っていった方向を見つめる。しかしそれ以上何が起こるわけでもなく、少年は諦めたのか頭を小さくふり、畑の間に消えていった。

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