5.
超☆絶☆胸糞注意
いや、どうしてこうなった・・・
2023/10/15 いろいろ修正。小説全体のお話の流れに変化はありませんが、贄の微笑み篇の内容はわりと変わりました。
2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を変更
「以前貴様にも言ったはずだ……第三皇子の行動は、権力闘争において限りなく妙だと。」
「ああ……この大切な時期に、民からの支持を失う理由がないってやつだろ。」
「そうだ。有能で通っていた第三皇子が、何の前触れもなく突然暴挙に出る……妙な話だが、ここで考えられる可能性は二つだ。」
「二つ?」
「一つは洗脳。竜崎呉羽が作り上げた邪法の中に洗脳の術が存在する。不可能な話ではない。」
なお、竜崎呉羽とは千年以上前に存在していた幻術師である。数々の邪法を後世に残したとして、現在では悪しき歴史として語られている。
「でも、そんなのすぐに気づかれないか?」
「気づかれる可能性が高いが可能性を否定しきることもできん。頭ごなしに否定するのでは短絡的だ……そして、二つ目の可能性。」
「……なんだ?」
「……それは、民からの支持を失うこと、それこそが狙いであった、という可能性だ。」
その言葉を聞いて、マスターが勢いよく立ち上がる。
「馬鹿な……それに何の意味がある!」
「そう考えるが自然であろう。しかしことここに至っては、逆にそう考えてはつじつまが合わん。」
「ことここに至っては?」
「結果論に近いが、奴の行動を見れば自明ともいえる。簒奪婚、盛大で無神経な祝祭、そしてあの発言。奴はありとあらゆる方法で民衆を挑発し、暴動を起こさせた。」
これは初めからゼロが怪しんでいたことともつながっている。第三皇子の行動は、徹頭徹尾、民衆の敵愾心を煽ることを目的とされていた。
「で、でもよ、そんなことして何の意味がある?」
「……考えてみろ。奴は民からの評判を最悪に堕とされ……どうなった。」
「……隠居したが。」
「……次代の皇帝は誰だ。」
「……そりゃもちろん、第一皇子……って、まさか!?」
マスターの顔色が一瞬で土気色に変わる。指先がわなわなと震え、マスターが飲んでいた酒のグラスが地面に落ち、派手に割れ散らかった。
ゼロの語りは止まらない。
「そうだ。そのまさかだ。奴は皇帝の座を明け渡す代わりに、第一皇子に恩を売ったのだ。一生かけても返しきれないほどの恩を。」
「第一皇子は第三皇子に逆らえない。絶対になれないと思われていた皇帝につかせてもらったという恩。それに加え、これだけ無慈悲な策を立てる第三皇子、しかも奴は天才と言われている。逆らうことは難しいだろう。奴はこれから、自分に都合のいいようにさまざまな口出しをするだろうな。自分が得をするようにこの国を作り替えるのだ……そして、いざとなったら第一皇子を切り捨てればよい。表向き、第三皇子は何もしていないのだからな。」
「こうなってしまえば、第三皇子の命の保証も簡単だ。自分が吸いあげる蜜を、奴についた貴族どもにも分けてやればよい。恩を売ったのはあくまでも第三皇子だ。奴が死ねば、貴族どもは甘い蜜を吸うことが出来なくなる……死ぬ気で、守り通すだろうな。」
「……そんな、そんなことのために、罪のない民間人を殺したのか!?」
「だから言ったのだ。奴は優秀すぎたのだと……優秀すぎるがゆえに、他人を使うことで生じる哀しみすらも利用して見せた、ということになる。」
ゼロは語りを休み、酒を喉に流し込む。あっさりと残りの酒は飲み干され、グラスは空になった。
「いずれにせよ、奴は皇帝の器ではなかった……そして、奴自身もそのことは分かっていたのだろうな。」
恐怖に震えるマスターを置いて、ゼロは席を立ち、酒場を去っていった。
カウンターには、きれいに磨き上げられた金貨が―初代皇帝の横顔が書かれた、イオニアで流通する金貨が、ぽつりと置かれていた。
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ゼロは、追い出されるように帝都を後にしていた。無理もない。今や彼は、第三皇子の味方として扱われているのだから。ゼロに堪えた様子はなかったが、それでも己への敵意に満ちた場所にわざわざ長居する程暇でもなかったのである。
しばらく歩いたゼロは、林のすぐ近くにまで来ていた。第三皇子の隠居先である屋敷を囲むように存在している、皇族が所有する大樹林は、上は樹木の枝葉、下は生い茂る草に隠されその内部を一切外にのぞかせない。その周りは魔術でできた頑丈な柵で囲まれており、無断で入ることは当然できないようになっている。
しばらく歩いたのち、ゼロは立ち止った。俯きがちの顔をあげ、林の方向をねめつける。
「……そろそろ出てきてはどうだ。」
「……気が付いていらしたのですね。」
林の奥から草を揺らして出てきたのは、つい先日第三皇子と結婚させられた少女。仕立ての良い衣に身を包み、胸元に金の薔薇のブローチをつけている。その瞳は、表情は、自らの身に降りかかった悲劇を嘆くかのように色を失っていた。
「傭兵ゼロ……どうして、彼を殺したのですか。彼は、ただ、私のために……。」
泣き崩れる少女を目の前にしても、ゼロの表情は変わらない……むしろ、少女を見下すような視線を隠そうともしていない。少女の涙を無視して、彼は口を開く。
「……私は貴様を問い詰めに来たのだ……どうだ。運命に強いられた第三皇子妃としての生活は。」
「ええ……それはもちろん……
……もちろん、最高よ。」
あげられた顔は美しく彩られ、そこには聖女と見まごうごとき微笑みが浮かんでいた。
「ふかふかのベッド、豪勢な食事! しかも夫は隠居してるもんだから仕事もなし! あんなに豪華な家だから、出られないことも全然苦になんかならないし、これが最高でなくて何と言うの? ああ、苦労した甲斐があったわ……! それにしてもあいつ、まるで私と相思相愛ですよーみたいなドヤ顔で演説かましてくれちゃって、私は前からあんたのことは殺してやりたいくらい大嫌いでしたよーだ。」
狂喜を顔に浮かべ、民が聞いたら失神しそうなことを平気で宣う彼女を見ても、ゼロの表情は変わらなかった。それに気が付いた少女はキョトンとしたかわいらしい―ガワだけはかわいらしい―表情を浮かべる。
「……あら、驚かないのね。」
「……貴様が第三皇子との結婚を苦に思っていないことは分かっていた。何か裏があるとは思っていたが……想像以上の傑作だな、貴様は。」
「あら、悪名名高い『瞬撃の魔剣士』様に褒められるなんて光栄ね。」
「……ふん。」
ゼロが不機嫌そうに鼻を鳴らす。少女は変わらずニコニコとしたままだ。
「にしても……どうして、私が結婚を苦に思ってないって気が付いたの? 完璧に隠し通せたと思ったんだけどなぁ……。」
本気で分からないといった様子の少女に、ゼロの指摘が飛ぶ。
「……誓いの証……ブローチだ。」
「え?」
「貴様も、第三皇子も生まれながらのイオニア人。貴様らは善性を捨て、人を欺き、自らの企てを完璧に隠しながらも……伝統だけは、破れなかったのだ。」
それを聞いた少女は得心したように頷く。その胸元には、変わらず金の薔薇のブローチがきらめいている。
「なるほど、うっかりしてたわ。気が付かれなくて本当によかった。」
「……それほどまでに、貴様の演技が堂に入っていたというわけだ。」
「なるほどね……で、このこと、ばらすのかしら?」
そう言いながらも少女の顔には余裕が張り付いている。ゼロの顔には変わらぬ嫌悪感が張り付いてはいるが、それでも彼は静かに首を横に振り、一言。
「……信じられると思うか? この私の言葉が。」
「そうよね。」
あっけらかんと認める少女からは、そこまで計算していたのであろうことが容易に読み取れる。その笑みは、顔を儚く見せる彼女の笑みは、タネが分かってみてしまえば邪悪な蛇か何かにしか見えない。
ゼロが背を向ける。柵越しの会話は終わりを告げる。これから先、ゼロはこのことを誰にも言わないだろうし、少女は永遠に籠の鳥だ。もう会うこともないのだろう。
「……実家の店は、繁盛していたぞ。」
「……そこまで気が付いていたのね。流石だわ。」
「……看板娘か……とんだ悪女だ。」
「そうかもしれないわね。でも、仕方がないでしょう?」
ゼロには見えない位置で、柵越しの彼女が浮かべた微笑みは。
「女の子は誰だって、プリンセスにあこがれるものなのよ。」
これから先の人生を逃れえぬ籠の中で過ごす者の。
狂気に満ちた、生贄の微笑みだった。
瞬撃の魔剣士ー贄の微笑み篇ー
完
全国のプリンセスにあこがれる女の子の皆さん、ごめんなさい。
構想の段階ではここまでやばいやつにする予定じゃなかったんや・・・。