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瞬撃の魔剣士  作者: Legero
親愛なる魔術師篇
43/46

3.

2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの記法を変更

 翌朝。ようやく白み始めた空に映える、薄汚れた例の酒場。時が止まってしまったかのような寂しさを感じさせるその風貌に違わず、その内部はしん、と静まり返っていた。昨晩の宴の時ほどではないが、それなりの数の人々が一堂に会し、険しい表情で互いに顔を見合わせたり、扉のほうに目を向けたり……何も生み出すことのない光景、労働力を遊ばせておく余裕などないはずの村に訪れた、そんな異質な光景。


 はたしてその光景は、昨晩の空気を読めない(・・・・・・・)小娘の癇癪(・・・・・)を原因としたものではない。酒場に集まっている者のほとんどが年長者。彼らに呆れ、怒る様子はなく、むしろ焦燥や狼狽、あるいは困惑の様子が強い。


 そんなどうにも落ち着かない酒場に向けて、遠くから女の声が近づいてくる。年、性別とはやや似つかない、芯がある低めの声に、人々はようやく当事者がやってきたことを悟る。


 果たして彼らの予想通り、大きな音とともに扉が開かれ、遣いに出していた青年が現れる。後ろでは、腕をつかまれ、少し痛そうに顔をゆがめた少女が、必死に足を踏ん張っている。


「村長! 連れてきました!」


「放しなさいよっ、放して! うわっ!?」


 壁をつかんで抵抗していた少女が、酒場の中に引きずり込まれる。彼女は何とかその場で踏みとどまるが、壁にこすりでもしたのだろうか、痛そうに手のひらを押さえ、敵意に満ちた表情で村長と呼ばれたガタイの良い男をにらみつける。


「……ご苦労! 下がっていいぞ、畑行ってこい!」


 口調こそ取り繕っているものの、言葉にするまでに無視できないほど空白の時間があった。フィルテを連れてきた、少し具合の悪そうな男をすぐに帰したのは、彼なりの気遣いか。


 青年は促された通りに酒場を去り、扉が閉じる音とともに静寂が戻る。残ったのはフィルテと、彼女が苦手なガタイの良い男たち。年がいっていることもあり、多少体が衰えているようだが、フィルテにとってそんなことは関係ない。男たちに囲まれ、太めの眉がわずかに下がる。


「な、なによ……私は何もしてないわ!」


 おそらくそれは、とっさに出た一言であり、深い意味もなかったのだろう。しかしその言葉を聞いて、男たちの表情が一気に険しくなる。状況がよくわからないなりに、自分が何か下手を打ったことに気が付いたのだろう。いよいよ不安を隠せずに、挙動不審はますますひどくなる。


「本当か?」


「本当よ! 何があったのかも知らないし、何を疑われてるのかもわからない!」


 後ずさりをするフィルテ。とん、と小さな音を立て、彼女の背中が壁に着く。行き場をなくして蒼白になるも、どうやら彼女の背後にあったのは単なる壁ではなかったようで。一縷の望みを見つけ表情を明るくさせたフィルテ。酒場の扉が開くと同時に、薄暗かった酒場に陽の光が差す。


「も、もういいでしょ! か、帰るっ!」


「っ、待て!」


「きゃっ!?」


 ただでさえ小柄なフィルテでは、男の力には逆らえない。とっさに手をつかまれた衝撃に耐えられずしりもちをついて、(くずお)れた姿勢で王子に手を取られる姫のように、しかし顔にはありったけの恐怖を張り付けて。


 フィルテのただならぬ様子に、男たちはいよいよ彼女が犯人(・・)であるとの確信を強めたようだった。いよいよ表情を険しくする男たちと対照的に、逆光に落ちる彼女の顔は可哀そうなほどくちゃくちゃになっている。


「い、いやっ! 違う! 私は何もやってない!!」


「おい! いい加減にしないか! お前、自分が何をやったのかわかってるのか!」


「違う違う違う! たすっ、助けて……!」


「くそっ、このままではらちが明かないな……仕方ない、落ち着くまでとりあえずあっちの部屋に押し込んどけ!」


 男たちに引き立てられ、言葉にならない悲鳴を上げ泣きわめくフィルテ。客観的に見れば男たちになぶられ連れ去られる少女の図でしかなかったが、彼女への疑いを強める男たちにそれがわかる冷静さは残っていない。


 哀れフィルテは三人がかりでずるずると引きずられ、ガタガタと卓やいすをひっくり返しながらも、抵抗もむなしく酒場の奥に押し込まれようとする。


 そのとき、階上からとてとてと軽い足音が下りてきた。


「……フィー姉?」


 下りてきた少女、ルーの後ろから、黒く大きな影が音もなく現れる。男、ゼロは酒場の惨状にわずかに眉を顰め、あまり褒められない行為に及んでいるように見える(・・・・・・)男たちのほうを睨みつける。


 睨みつけるといっても、おそらく彼にそのようなつもりはない。しかし、ゼロの鋭い眼光に射抜かれる……要するに、目つきの悪いゼロに見据えられるのは睨まれるのとさほど変わりはない。彼の視線に男たちがたじろぐ。


「……騒がしいと思えば、お盛んなことだ……捨ておいてもよい、が。」


 ゼロが腰の刀に手を置く。彼の視線はますます鋭くなり、無言の圧が酒場を制圧する。


「その娘には借りがある……申し開きを聞こう。貴様らに理性はあるか?」


 階段の踊り場に立つ黒い影に、すっかりおびえる側に回った男たち。矜持があるのだろうか、唯一村長だけは背筋を伸ばしゼロに相対する。しかしその額には、これまでの多くの者と同じように、冷や汗が流れている。


「待ってくれ、傭兵ゼロ。俺たちはそんなつもりじゃ……。」


 しかし、村長の言葉は最後まで続かなかった。男たちの拘束が緩んだ瞬間を逃さず、フィルテが彼らの手を振り払い、一直線に酒場の出口……ではなく、二階へと続く階段に走り寄る。


「った、助けて! 私、何もやってないのに、なんか、何も、やってないの、ないっのに……!」


 階段のふもと、無様に四つん這いで縋り寄るフィルテ。一段高い場所に立っていたルーがフィルテの頭を抱き、なでる。


 そんな彼女の様子を見て、どうやら己が当初想定していた状況とは少し違うことがゼロにも分かったようだった。


「……事情を聴こう。」


 ゼロは殺気を振りまくことをやめ、低いため息とともにそう言った。

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

 ところ変わらず、酒場の中で。先の騒動でひっくり返っていた卓や椅子を乱雑に並べ、足を組み肘をついて、偉そうに座るゼロ。フィルテを襲った男たちの話を聞き、難しそうな顔で眉をひそめる。


「……中毒だろうな。」


「ああ、おそらく。」


 それは、フィルテが酒場を去った直後のことであったという。


 少女の剣幕にすっかり興を削がれた酒場、その雰囲気はまさに最悪であった。つい直前までの盛り上がりは鳴りを潜め、誰もが何かを言いたそうに、しかし何も言い出せない微妙な時間が訪れる。


 信念をもってここまで確かな足取りで歩んできたキーラにとって、救うべき対象にあれほどの怒りをぶつけられるなど、初めてのことだったのだろう。あるいは、そのふるまいには、理不尽な仕打ちに対するある種の怒りすらも含まれていたのかもしれない……いずれにせよ、彼女は彼女らしからぬ乱暴な仕草で、手につかんだグラスの中身を一気に(あお)ったのだという。そして中身の残ったグラスがネルに押し付けられた。


 グラスの残りは大した量ではなかったようだ。受け取ったネルもまた、キーラの真似をするように残りを飲み干し、カウンターに飲み物を戻しに足を踏み出す。


 次の瞬間、唐突にネルが倒れた。大きな音に振り返り、驚きを顔に張り付けネルの傍らにかがみこんだキーラも、ほどなくして突然息を乱し、胸を押さえ、異常事態に何事かと寄ってきた村人に見守られながら、その場に倒れ伏したという。


 立て続けに二人も倒れたことで却って動けるようになった村人たちが、慌てて二人の介抱を始めるも、残念なことにネルのほうは助からなかった、ということであった。キーラだけでも助かったことは、まさに不幸中の幸いである。


「……状況は理解した。しかし……その顛末であるならば、下手人は必ずしもこの娘ではないはずだ。」


 そう、その内容だけならば、フィルテが彼らに毒を盛ったという結論はおろか、そもそも毒殺である、という確信すらもない。男たちがフィルテに疑いの目を向けた理由が、ほかに何かあるはずなのである。


 しかしその問いに、村長たちはそろって首を横に振る。ゼロは名の知れた傭兵ではあるが、全能でも万能ではない。見ていない、聞いていないことまでは知りえない。


「いや、俺たちだって最初からフィルテを疑ってたわけじゃないさ。ただ、昨日の夜フィルテが二人に食って掛かってただろ?」


「……知らんが。」


 昨晩フィルテが暴れたのはゼロが客室に引っ込んだ後である。村長が気まずそうに頭をかく。


「……食って掛かってたんだ。だから、まあよっぽどありえないだろうが一応、話を聞こうと思っていただけなんだよ。」


 要するに、フィルテが毒を盛ったという証拠があったわけではなく、それどころか彼らにフィルテを断罪するつもりはなかったということである。言ってしまえば、今回の騒動が無駄に騒がしくなったのは、フィルテが勝手におびえて勝手にことを大きくしたからに他ならない。ゼロの冷たい視線がフィルテに向く。


「だって……いきなり、何も言われず、連れてこられて、囲まれて……。」


 鼻をすすりながらの涙声の釈明に、彼女を勘違いで追い詰めた男たちが申し訳なさそうな表情を見せる。


「……いずれにせよ、勇み足であったということか。時間を無駄にした。」


 ゼロはため息をつき、音もなく椅子を引き立ち上がる。カウンターの椅子をガタガタ揺らして遊んでいたルーが、目ざとくそれに気が付きゼロのほうを見やる。


「……待って。」


 ゼロの真っ黒な外套の裾をつかんだのはルーではない。椅子に座った彼女は弱り切った上目遣いで、ささやくように懇願した。


「私、本当に、何もやってないの……。」


 多くの人でごった返していた酒場、死因は毒殺が濃厚ではあるが、確信はない。被害者は恨みを買うような人柄でもなく、唯一動機がありそうなのはフィルテのみ。


「でも、お願い。助けて……!」


 であるならば、フィルテによる依頼はそれすなわち、遂行不可能な無理難題を出題されたことと同義なのである。


「……承知した。」


 それでも、ゼロに動揺する様子はなかった。堂々とした姿に安心を覚えたか、フィルテはうっすらと、薄幸そうな、その日初めての笑顔を浮かべた。

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