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明けましておめでとうございます。Legeroでございます。
大遅刻でございます、申し訳ありません。単純に多忙とスランプが重なってしまいました・・・。
今回のお話は今後を考えると地味に大事なお話です。まあ覚えておく必要はないのですが。
3/4の18時から日毎投稿、全5話です。
2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの記法を変更
大陸にて使われる薬草の一つに、ゼールという草がある。以前ゼロが、灰豆を食べて中毒を起こしたルーに飲ませた代物であるが、実際のところ、この草は存外に危険な代物である。
魔族の言葉で『魔術師殺し』と呼ばれるこの草には、その名の通り、周辺から何らかの方法で魔力を奪い取る性質をもつことが知られている。これだけでも、ゼールが生えている場所では魔術を使いにくく、あるいは使うことができなくなる、という極めて厄介な効果を発揮するわけなのだが。さらにもう一つ大切な前提として、この世界に暮らす、魔力なしを除く人間は皆、多かれ少なかれ魔力を体に流した状態で生活している、というものがある。
つまり、魔力を持つ人間がこの草が大量に生えた場所に赴いたり、この草を摂取したりすることで、体内魔力の欠乏を引き起こしてしまうのだ。すると、魔力なしが灰豆を食べたときのように、体調に不調をきたすことになる。幸いその毒性は灰豆より弱く、少量であれば倦怠感を覚える程度で済み、大量に摂取してもそれに吐き気が加わる程度。結局魔力を奪うだけのこの草により、死人が出た事例はないと言われている。
逆に、魔力を持たない人間にとってゼールはただちょっと価値のある草程度の存在であるといえる。大量に生えている場所をうろつこうが、誤って食べてしまおうが、魔力がないなら問題がない。この草もまた、灰豆ほどではないが強い植物であるので、栽培にかかる苦労も少ない。
しかも、ただ育てやすいだけでなく、この草には需要もある。有象無象の魔術師であればこれ一つで完封することすらできる、というのは、特に国軍や傭兵にとっては魅力的だ。実際この草は、魔術師に対抗するための手段として、粉末を袋に入れ炸裂させる投擲武器として大陸に広まっており、魔術師だけでなく、ゼロのように体術に魔術を組み込んだ使い手にとっても、自身が使えば有用、使われれば脅威、という扱いをされている。
そんな性質がある以上、ゼールを主要な産物とする国が現れること、そして、その中で最も有名なのが、大陸中央部に位置するガザレイド小国連合の構成国が一つ、魔力なしが集い魔力なしのために作られた国ザザルである、ということもまた道理といえよう。
さて、そんなザザルの国土は、決して広くないが平坦であり、夏になっても程よい暖かさで、過ごしやすい。代わりに夜と、そして冬はしっかり冷え込むものの、それでもイオニアの冬に比べれば大したことはない。
そんな、ゼールの栽培にも向いたかの地はようやく春を迎えた。厳しい寒さを超え、ようやく訪れた春の陽気。それを待ち構えていたかのように―実際待っていたのだが―畑に繰り出した人々が、己の管理する区域に次々とゼールの種を落として回る。かがんだ姿勢から時折立ち上がり、思い切り上体をそらして、それを互いに笑いあいながら、淡々と、地道に。魔力を持たず、腕っぷしの強さも体力も魔力ありの人間に圧倒的に劣る、とされる彼らであるが、それでも、暖かくなってきた日当たりのよい大地の上で、額に汗を浮かばせながら、己の食い扶持を稼ぐため精力的に働いている。
そんな光景は、ザザル郊外の名もなき小さな村においても例外ではない。ザザルの首都ザザルと違う点といえば、あちらには存在する堅牢な二重構造の城壁が、郊外では木製の粗末な柵に置き換わっていることくらいであろうか。
小さな村では全員が労働力であるがゆえに、外れに建てられたゼールの加工、保管場には力で劣る女子供の姿も多い。彼らの仕事は、力が大して必要ない、あるいは便利な道具が存在する仕事、つまり、ゼールの保管、管理、加工が主である。それに加えて飯炊きや水汲みなどの仕事も任されており、その中には数少ない来客への対応もまた含まれる。
「大丈夫? 落ち着いた?」
時刻はやや遅く、天頂の光がやや傾き、あと数刻もすれば暗闇がやってくるであろうころ。土を塗り固めただけに見える、小さな水路の傍らに、一件の小屋が建っている。存外がっしりしたつくりの、木製のそれの下で。傭兵ゼロの大きな体を日よけにしながら少女が座っている。ほほを赤らめた彼女、ルーは、ゼロの隣から声をかけてきた少女に微笑みかけ、小さく薄いグラスを手渡した。内外に小さな水滴がついている以外に、そのグラスにはもう何も入っていない。
「ありがとー。フィー姉。」
フィーと呼ばれた女は、グラスを受け取るや否や気まずそうにルーから目をそらし、もう一人、暑そうな黒装束の男に向きなおる。彼女もまたほほを赤らめていたが、おそらくルーのそれとは違う理由からだろう。
「あたしはフィルテよ、まったく。それで……ゼロ、だったかしら。ちゃんと水飲ませないとだめじゃない。あんたは慣れてるのかもしれないけど、この子はまだこんなに小さいんだから。」
怒りからか気恥ずかしさからか、まなじりを吊り上げた彼女の顔は、生来の気が強そうな顔立ちも相まってなかなかに迫力がある。とはいえ、彼女に詰め寄られたゼロが殊勝にしているのは、おそらく彼女の顔立ちが原因ではないだろう。
「……世話になった。感謝する。」
感謝を述べながらゼロがすっと差し出した金を、フィルテは力強く押し戻す。
「お金なんかいらないわよ、お水くらいで。そんなことより、次はないようにね! 最近あったかくなってきたんだから、油断するとまた倒れちゃうわよ!」
口調こそ荒いが、水を汲むというのはこのくらいの年ごろの少女にとってそれなりに重労働のはずである。この少女、態度と顔立ちのきつさに寄らずなかなかなお人好しである。
つかの間、所在無さげに金を持つ手を宙にあそばせたゼロであったが、フィルテのような人間と出会うのは初めてでもないようである。金を懐にしまいなおすと、広い帽子のつばをつかみ頭をわずかに下げる。
「……善処しよう。貴様には世話になった。ゆくぞ、ルー。」
「うん。またね、フィー姉。」
要するに、ルー以外に子どもの面倒を見ることなどまったくなかったために、ゼロの行動は何かと子供にやさしくないのである。今回も、子供どころか旅慣れた大人にとっても苦しいハイペースな移動のせいで、休息所とされた村に着くころにはルーがすっかりへばってしまっていた、というのが顛末である。
村の中心に向きなおった二人に、フィルテが言ったのは別れの言葉ではなかった。
「ええ、またいつか……と言うところなんだろうけど。あんた、こんな時間に来たってことはここに泊っていくんでしょ? 宿の一階は酒場だから、後でもう一回は会うことになるわ。」
少女の言葉に対する両者の反応はまさに両極端であった。ルーだけが、ゼロに左手をつながれたままフィルテのほうに顔を向ける。
「……そうか。」
「さか、ば?」
まったく興味なさげなゼロ、興味は抱いていそうだが始めから躓いているルー。とはいえ、ルーの生い立ちを考えると、彼女が酒場の意味に限って知っているなどというのは、それはそれで不可解である。
やはり親切な彼女は、片目を高飛車につむりながらも、しかし丁寧に、ルーのほうに視線を向け問いに答える。
「そう、酒場。お酒と料理が出てくるところ。どうせそこの傭兵に何度か連れて行かれてるはずよ。まあ私はほとんど行かないけど。」
何気なかったであろうその一言に、どうやらゼロは興味を抱いたようで。彼はわざわざ振り返り、少女に問いかける。
「……ほう、この小さな村で、酒場に足を運ばん者がいるとはな。」
「小さな村で悪かったわね。あんまり好きじゃないのよ、にぎやかなところって。だから仕事も倉庫番。夜になったらあっちで寝るだけよ。あいつらみたいに騒いだりしない。」
そういって彼女が指さした場所には、彼らの傍らに建つ小屋より一回り小さい、やはり床の高い建物があった。その大きさからみるに、彼女は本当に、この郊外の村のさらにはずれに、一人で暮らしているらしい。旅人二人がそちらに目を向けているうちも、彼女は滔々と聞かれてもいないことを話し続けている。
「今日に限ってラルフのおじさんに誘われたのよ、本当はすぐ寝ようと思ってたのに。まあ夜ご飯の用意はなかったし、別に都合が悪かったわけでもないからいいんだけど。おじさんならシシおばさんと一緒にいつも酒場に入り浸ってるし、ついて行ってもいいかなって。」
「……そういうことにしておこう。私はこれで失礼する。」
ゼロとしても、本当に単なる興味本位だったのだろう。フィルテの話にこの上なく適当な相槌を打ち、フィルテに背を向ける。相変わらず理解が追い付いていない様子のルーが、ゼロに手を引かれどんどんと離れてゆく。
「……何よ、その含みのある言い方。別に怖くなんかないわ。これっぽっちも。」
二人の後ろ姿を不満げに見つめながら、フィルテはポツリと、誰ともなしにつぶやいた。