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瞬撃の魔剣士  作者: Legero
贄の微笑み篇
4/46

3.

2021/8/1~2 細かい修正

2023/1/1 矛盾点を解消

2023/10/15 いろいろ修正。小説全体のお話の流れに変化はありませんが、贄の微笑み篇の内容はわりと変わりました。

2024/5/12 数字を漢数字に変更、三点リーダの書き方を修正

 イオニア帝国の帝都ドゥーラ。傭兵ゼロがふらりと立ち寄ったその都市は、イオニア帝国全土どころか、大陸全体で見ても屈指の発展を遂げた大都市である。大陸最大勢力とされる帝国の帝都ともなれば、その繁栄度合はある種当たり前といえるものであるだろうが、それでも、その事実自体はドゥーラの品位を貶める材料とはなりえない。


 しかし、どれだけ発展した大都市にでも、日の当たらない場所というものはある。むしろ、巨木のふもとに光が当たらぬように、ドゥーラにて人知れず貧困にあえぐ者は相当数存在している。そういった者たちは、物乞い、盗人、使い捨ての殺し屋……とにかく、己の命だけを賭け明日を生きる、文字通り、誰にとっても危険な存在となり果てるよりほかにない。


 ドゥーラの裏通りに足を踏み入れたゼロ。懐に先の封筒を抱え、外套をなびかせ立ち尽くす彼の足元には、無残にも両断された、かつて人だったものがぞんざいに転がされている。通行の邪魔だと言わんばかりに、血の一滴も流れないそれを道の端に蹴り飛ばす、血も涙もない無慈悲な傭兵。物陰に潜むいくつもの目が揺れ、ざわめき、そしてゼロの一瞥で静かになった。


「騒ぎがあった、とんでもない奴が入ってきた。そう聞いてきてみたけど……あんたもしかして、傭兵ゼロか?」


 ゼロが声のほうを振り返る。建物の影から現れたのは、平凡な、小奇麗な身なりをした青年だ。茶髪に緑色の目、それなりに鍛えられた身体……どこまでも、平凡を形にしたような青年だった。


「……だとしたら。」


 ゼロの鋭い視線に射抜かれた青年は小さく身をすくめる。しかしそれも一瞬で、青年は大きく息を吸い、覚悟のにじみ出る表情で言の葉を紡ぐ。


「あんたの腕を見込んで、頼みたいことがある。二日後の結婚式の話は知っているか?」


「……ああ。ありふれた悲劇だ。」


 青年は、ゼロの言葉に過剰な反応を見せる。その表情に赫怒と憎悪が宿り、あたりの空気が魔力でわずかに揺れる。


「ありふれただと!? ふざけるな! あいつは、あいつは、俺たちの幸せをぶち壊しにしたんだぞ! そんな実感の湧かない言葉でまとめるんじゃねえ!」


 青年は、婚約者を奪われた幼馴染その人だった。悲しむ期間はとっくに過ぎ、今は怒りに身を焦がす青年。


「俺達に話を持ち掛けてきた時、あいつは、ムカつく顔でへらへら笑ってやがったんだ。笑って金を置いて、彼女のことは諦めてくれって……馬鹿にしやがって! 生まれたころから大事に育てられたあいつは、奪われる痛みっていうのを知らないんだ! あいつに、彼女と結婚する権利なんてない! あってたまるか!!!」


 しかし辛うじてか、その瞳には理性が残っていた。


「……だからこそ、あんたに頼みたい。……あのクソったれの皇子サマの結婚式を、ぶち壊しにしてくれ!」


 青年は、自分では何もできないことを分かっていて……しかし、それでもあきらめきれないほど、彼の愛は深かったのだろう。だから彼は、使えそうなものを探して裏に潜った。その瞳には、使える物はすべて使うという覚悟が宿っていた。何があっても、自らの婚約者を取り戻して見せるという、強い意志が。


「……貴様の事情は理解した。」


 その決心は実を結んだのだろう。


「……私も、此度の騒動には思うところがある。」


 大陸最強の傭兵が、力を貸す約束(・・・・・・)をしてくれた(・・・・・・)のだから。


「本当か! ありがとう! 最強の傭兵が味方に付くなんて百人力だ!」


 青年の喜びにあふれた顔とは対照的に、ゼロの顔は夜の湖を思わせる冷たい静寂を保っていた。

 ~~~~~~~~~~








 ~~~~~~~~~~

 ところ変わって、城下町の隅にひっそりと存在する小さな廃屋。人が住まなくなって久しいその場所は、今や様々な用途―後ろ暗い内容ばかりなのは言うまでもない―に使われる集会場のような役割を果たしていた。

 大人が十人以上は入れそうなその家屋にて、青年とゼロは顔を突き合わせていた。ガタガタの椅子に腰かけ足を組むゼロに、緊張した面持ちの青年が向き合う。


「……では、貴様の計画とやらを話してもらおう。」


「ああ、もちろんだ。俺が自分で考えた、あのクソったれに一泡吹かせる大計画、その名も、『公開処刑』だ!」


 出だしから不安になる語りだし。ゼロの眉間にしわが寄るが、青年はそれに気づかずに話をつづけた。


 それから数刻。青年は長々と語っていたが、要約すると以下のようになる。


 青年は第三皇子と娘が城から現れたタイミングで、皇帝の目の前で、第三皇子の非道を暴く。ゼロにはその間、城の兵士に邪魔されないように自分を守ってほしい……言うまでもないが、第三皇子の非道など今や帝都で知らない者などいない。この作戦に本当に意味があるのか、まともな人間なら疑問を呈しただろうが生憎ここにそんな人はいない。ゼロの反応は、単に理解を示すだけにとどまった。


「……概ねは理解した。」


「どうだ、これで大丈夫そうか?」


「……一つ確認させてもらおう。貴様はその女に、誓いの証を渡したか。」


 そのゼロの言葉に青年は露骨に不安そうな顔を見せた。


 誓いの証……婚約をした男女が、互いに互いから送られ身に着けるアクセサリーのことだ。髪飾りでも腕輪でも指輪でも何でも構わない。婚約相手の色を取り込んだ小さなアクセサリーを身に着けるということは、婚約済みであるという証であるということと同時に、その婚約に同意しているということの証となる。イオニア帝国の伝統の一つでありながら平民にも通りのいい事例の一つであり、中には証を受け取ることを生涯の喜びと例えるものまでいるほど……平民にとっては一生に一回の特大の贅沢と言ったところである。


 それはともかくとして、青年の不安げな表情から何かを読み取ったのか、ゼロが小さくつぶやく。


「……貴様は女に、誓いの証を渡してはいないのだな。」


「うっ……し、仕方ないじゃないか。なかなかいいのが見つからなかったんだよ。」


「……用意は。」


「それはもちろん、本当はあの日に渡すつもりだったんだ! ほら、これだよ。」


 青年が懐から取り出したのは、きれいなサファイアがあしらわれた指輪。綺麗な箱に詰められ、薄暗い家屋の中でもわずかな光できらりときらめく。そうとうに高価な品のようだ。

 それを見て、ゼロは小さく鼻を鳴らす。


「……なれば良い。当日はそれを携えて行け。女を皇子から取り返した暁には、奴の目の前で女にそれを手渡すのだ……よい宣伝となるだろう。」


「な、なるほど! さすがは傭兵ゼロ!」


「……。」


 疑いを知らない純粋な目がゼロを射抜いた。それに対して、彼は特に何も思わなかったのかわずかに目を細めるだけにとどめる。そのころには、青年はいそいそと来たるべき日の準備を行っていた。




 青年からは見えない場所で、皇太子に渡された封筒の中から、ゼロは招待状を取り出す。表面を見、裏面を見、最後に青年の方を見て……


「……つくづく、悪趣味だ。」


 そう、乱雑に吐き捨てた。




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